09
目を覚まし身体を起こすと、よく知る男と、知り合いに似ているような女の子が親しげに話していた。
残念ながら、それに嫉妬するセレスではない。
意識を失う前に見た、机で眠る少女はもういない。辺りをふわふわと漂う幽霊の少女もいない。
セレスの目の前にいる少女は車椅子に乗っていた。
髪は漆黒で、車椅子に座っているためか床についてしまっているほど長い。肌は透き通るほど白く、あまり血の気が感じられない。栄養が足りていないことをうかがわせる。
目はぱっちりとした二重で、真ん丸の瞳だ。髪と同じくらい真っ黒な眼をしているが、眼の中に星でも入っているのか、キラキラと輝いていた。
そんな車椅子の少女は、起き上がったセレスを見るなり表情を輝かせた。そして、とても慣れない手付きで車椅子を動かし、近寄ろうとする。
その仕草があまりにも不格好で、見ていて不安になるものだったため、隣にいたチェルカが手を貸して、セレスのもとまで押してやった。
「セレスーー」少女は言う。記憶の中にある声よりも少し大人びた声で。「ありがとうっ!」
少女ーーフィカイアは、車椅子から身をのりだし、車椅子からほぼ落ちてセレスに全体重をかけるような形でセレスに抱きついた。
その重さと、その体温で、セレスはようやくフィカイアの呪いを解くことが出来たのだと実感する。触れられる。幽霊ではない。彼女は本物である。その証明がやっと果たせた。
「セレスと、チェルカに会えてよかったのじゃ。まさかーーまさか、本当に、元に戻れるなんてーー」
涙腺が緩みそうになりながらフィカイアはセレスとチェルカに感謝を伝えようとする。が、セレスはそれを優しく微笑みながら首をふって否定した。
「ちがうよ」
どうやら、精神世界にはフィカイアの肉体はあったものの、フィカイアの精神は無かったようだ。知らないならば、きちんと伝えなければならない。
倒れたフィカイアの身体をチェルカと一緒に起こす。そして、服からリオにもらった水晶を取り出すと、フィカイアの手の上に置いた。
「フィカイアを助けたのは、私じゃない。フィカイアを助けてくれたのはそれだよ」
「これ? は……」
首をかしげながらフィカイアは手のひらの上の小さな水晶をまじまじと見つめた。すると、段々と表情が変わっていく。
「……ッ、これ、リオの……!」
「うん。そうだよ。フィカイアが私と初めて会ったときに『返して』って言ったのも、これのことだったんじゃないの?」
まぶたを閉じればすぐに記憶が蘇る。そう、初めて会ったとき、フィカイアはセレスを呪い殺す勢いで襲ってきたのだ。今だったらその理由も何となくわかる。これは、リオと、フィカイアが犠牲を払ってまで守ろうとした洞窟の水晶なのだから。そして、リオとフィカイアの絆の象徴でもあるのだから。
「この水晶が呪いを全部跳ね返してくれたんだよ。フィカイアの呪いも、これがとかしてくれたの。だから、私じゃなくて、リオがフィカイアを助けたんだよ」
その言葉を聞いて、フィカイアは言葉を紡ぐことが出来なくなったのか、口元を両手でおさえ、小さく震えるのだった。その姿を見て、やっとセレスは自分の目的が半分達成できたことを知る。リオとフィカイアを助けること。リオの記憶を奪った代わりを、やっと半分払うことができた。
「……でも」そんなセレスの想いなど露知らず、未だ声が震えているものの落ち着きを取り戻したフィカイアが口を開く。「セレスにも、チェルカにも、ありがとうなのじゃ」
「確かに、リオが私のことを助けてくれたのかもしれないのじゃ。でも、それを私まで届けてくれたのは、セレスとチェルカだから……」
顔から手を離して、フィカイアはとびきりの笑顔を見せていった。その瞳に涙が浮かんでいようが、今は関係ない。
「リオの想いと記憶を届けてくれて、ありがとうなのじゃ」




