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ラブラドライト  作者: 影都 千虎
記憶は甦るもの
63/77

07

 ここが精神世界だということはすぐにわかった。

 真っ暗だけど真っ白な世界。

 セレスがまず感じたのはそんな印象だった。そして、次に不思議と自由に手足を動かすことができることを知った。もしかしたら、ここで負った傷は現実世界の肉体でも負うことになるかもしれない。昔、何処かでそんな話を聞いたことがあったような気がした。

 なんて、この場所に関することはどうだっていい。

 肝心なのは、干渉してきたものを即座にこの世界へ引きずり込めるほどの力をもった呪いが相手であるということ。そして、この呪いを何とかしてここで解くことができなければ、セレスもこの世界へ飲み込まれ、フィカイアと同じように魂と肉体が分離してしまうということだ。

『……フィカイア』

 声も出せる。だが、不思議な聞こえかたをする。耳から聞こえるのではなく、脳に直接響くような、そんな感じ。

 なんて感覚ばかり気にしてる場合ではない。セレスは、目の前に現れた眠るフィカイアの身体と、それに巻き付くように取り憑く黒い影のようなものと正面から向き合った。きっと、あの黒い影のようなものが呪いの正体だ。

 セレスに気付くと、黒い影のようなものは形を変え、一人の少女になった。

 肌が真っ黒で髪が真っ白。着ているキャミワンピも真っ白で、手には真っ黒な分厚い本を持っている。真っ白な髪は長く、前髪もそこそこ長い。その、前髪の影からちらりと覗く真っ赤な瞳がなんだかとても不気味だった。

 三日月のように見えるくらい口角がつり上がった口は、歪んだ笑顔を表している。そして、その口から人間の言葉が放たれることはない。代わりに、何やら呪文のようなものを呟いた。

 すると、少女の周りに黒い塊が幾つも現れる。

 ぎょろりと少女の真っ赤な瞳がセレスを向いた。

 ぞくりと寒気がしてセレスは勢いよく走り出した。なんでもいい。ただただ動き回って、きちんと狙いを定められないように出来ればそれでいい。その一心でセレスは走る。

 その背中を、少女の周りにあった黒い塊が追い掛けるように幾つも降り注いだ。何処が地面か分からないこの空間の中で、ドカドカと激しい音がする。一体どこに当たっているというのか。

 やがて、魔法の持続時間が切れたのか、激しい黒い塊の雨が止む。ここでようやく、セレスは足を止めることができた。どのくらい走り続けていたのだろうか。流石に息が上がっている。

 さて、どう攻撃したものかーーなんて思っていれば、少女が自らの右腕を禍々しい煙のような、腕のような、液体のような、刃物のような何かに変形させて、物凄いスピードでセレスめがけて突っ込んでくる。

『ッ!!』

 走るのでは間に合わない。だからセレスはギリギリのところで横に飛び込みでもするかのように跳んで避けた。そしてそのまま、地面と思わしきところに両手をついて、跳んだ勢いを利用して前転をしながら体勢を整える。

 少女に直接触れるのは、呪いに取り込まれる危険性があるため避けたい。そのため肉弾戦に持ち込むことはできない。精神世界で肉弾戦というのもおかしな話ではあるのだが。

 魔法の一つでも使えればよかったのだが、セレスは記憶以外の魔法を使うことができない。記憶の塊なら目の前にいるが、触れることが出来ない以上、相手の記憶を使うことは出来ない。厄介だ。

 彼女がこうして襲ってくる以上、呪いを解くには彼女を倒すことが必要不可欠な筈なのに、その手段が分からない。指輪のなかに溜め込んでいた記憶さえあれば違ったのだろうが、今はその指輪すらない。チェルカに記憶を貰って自分の記憶を失うことを防いでる状態なのに、誰かの記憶をここで使えるほどの余裕があるはずがなかった。

『……いや、記憶は、あるね』

  ポツリと呟き、セレスは苦々しい笑みをこぼした。冷や汗が垂れる。一つ思い付いたはいいものの、とんでもなく大きな賭けだった。

 少女の後ろにあるフィカイアの身体。あれに触れることが出来れば、きっとフィカイアの記憶を使うことはできるだろう。しかし、フィカイアの記憶のなかに魔法やこの場であの少女を倒す手段があるとは限らない。それに、フィカイアに触れられるかどうか、記憶をもらうことができるかどうかもわからない。

 一発勝負の大きな賭け。しくじればきっとセレスは呪いに取り込まれる。

『……行くしか、無いよね』

 怖じ気付いてる場合ではない。意を決してセレスは少女の背後へ回り込むようにして駆け出した。当然、それを少女は追う。それも、セレスとは比べ物にならないほどのとてつもないスピードで。

 自分めがけて突っ込んでくる少女を、セレスは跳んで上に逃げることでなんとかやり過ごす。少女が止まるのに時間がかかるような速度でいることが幸いした。そうでなければ、無防備な空中にいる時間の間に捕まってしまっていただろう。

 空中で一回転すると、セレスは少女の背後に着地し、そのまま少女に背を向けてフィカイアの方へ一直線に走る。

 手が届いた。

 触れることもできたし、少し記憶が流れ込んでくるのも分かった。

 あとは記憶を引っ張り出すだけ。

 半分以上賭けに勝った。

 そう、思っていたのに、記憶を引っ張り出す間もなく、いつの間にか人型から煙へと変形した少女に、セレスはいつの間にか取り込まれていた。

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