06
食堂を出るとチェルカはふと思い付いたように気になっていたことをセレスに問うた。
「ねえ、君はあの場所で何をしようとしてたんだい?」
「あの場所?」セレスはチェルカが指す場所がわからず首をかしげさせた。「どこの話?」
「森だよ。あの盛大に狼を蹴散らした場所で、何をしようとしてたんだい?」
どうやら、今夜寝る場所を探していたなんて思ってもいないチェルカはずっと不思議に思っていたようだ。場所がわかったことでひとつ頷いてから「寝れそうな場所を探してたんだよ」とあっさりと答えたセレスをチェルカは信じられないものを見るような目で見た。
「寝る場所? え、それって野宿ってこと!?」
「そうだよ? 私いつもそうだし……」
「つくづく君ってバカなんじゃないのかい!?」
女の子だよねぇ!? と心の底から驚いたような声を出すチェルカをセレスは理解できない。どうしてこの男はこんなにも驚いていて、自分を叱る勢いなのだろうか。何がいけないのだろうか、と現状に理不尽さすら感じている。
「私が女で、何か関係がある?」
「あのねぇ…………まったく、よく今まで襲われなかったね……」
「? 襲ってきた輩は返り討ちにしてきたから問題なかったよ?」
「ああ、そうかい……」
キョトンとした顔をするセレスに、チェルカは頭痛がするのか頭をおさえた。呆れてものが言えなさそうだ。
「……君は、もう少し人間的な生活をするべきだよ」
深いため息をついてからチェルカは真剣な表情で言った。その『人間的な生活』がどういう意味なのかよくわからないセレスは黙ってチェルカの言葉の続きを待つ。
「絶食、野宿なんて普通の人間が日常的にすることじゃないだろう? 常識的に考えてみて、さ。いいかい、君は確かに中身は不老不死の凄い奴かもしれない。でも、大元は普通の人間なんだ。普通の人間が日常とすることを行うのが、一番生きやすい筈なんだよ。……『それが何?』って言いたそうな顔してるね。分かったよ、君のために効率的な言い方をしてあげる。君の身体の根本は一般的な人間のそれで、どういうわけか記憶を使って無理矢理補強してる状態だ。それを、君は更に酷使している。その酷使をやめれば身体の物持ちがよくなって、記憶の消費量も抑えられるようになるだろうね。この場合、酷使をやめるっていうのは、普通の人間の生活を営むってことだ。オーケイ?」
最後までしっかりと聞いて、数拍ほどおくとセレスは納得したようにこっくりと頷いた。チェルカの言うことは殆どが推測であったが、セレス自身納得できる部分が大きかったのだろう。
それから、チェルカは「問題は宿だね」なんて言って歩き出す。その足取りに宿を選ぶような素振りは見られず、目的の宿があるように見えた。
「もう宿は決まってるの?」
「決まってるには決まってる。というか、俺が既に一部屋押さえてあるんだよ。ただ……もう一部屋とれるかどうか」
最悪一緒の部屋になるんだけど、とチェルカはやや気まずそうに言った。だが百年単位で人と関わらなかったセレスにはその気まずさが伝わらないらしく、セレスはただ首をかしげて「一緒の部屋でもいいよ?」なんて言うのだった。木の上で寝ようとしていたに相応しく「私は眠れる場所さえあればどこでもいいよ」なんて頭を抱えたくなるような発言を付け加えて。
案の定他の部屋は取れず、二人は同じ部屋に泊まることになった。
「凄い……! ふかふかだよ!!」
百年単位で人と触れ合わなかったセレスには男女の壁と言うものが存在しないらしく、出会ったばかりの男女があまり広くもない部屋で一夜を過ごすという状況に全く物怖じせず、いつぶりかも分からないベッドの感触を楽しんでいた。一方である程度常識のあるチェルカはこんな現状に頭を抱えているわけで。
「……もっと自覚を持つべきだよなぁ。無理だろうけど」
と、なんとも言えぬ表情でベッドを堪能しているセレスを見つめるのだった。
「あー、俺はソファーで寝るからそのベッド好きにしていいよ。あ、寝る前にさっさとシャワー浴びてきてくれる? 俺も浴びたいんだよね」
「しゃわー……」
ぽけーっとした顔で復唱するセレスにまさか、と嫌な予感がする。「まさか知らないわけ無いよね」とチェルカは馬鹿にするように言ったが、本当に知らないかもしれないという考えが拭いきれず声が震えた。
「さ、流石に知ってるよ。ただ、シャワーって何年ぶりかなぁって……」
「じゃあ今までどうしてたんだい? まさか身体も洗わず……!?」
「それも流石に無いよ。ちゃんと川とかで水浴びしてたよ。服も洗ってたし」
「案の定と言えば案の定だけど、原始的すぎる……」
本当に女の子だよね? と確認せざるを得ないセレスの回答に、チェルカはより一層生活の改善をさせようと決心するのだった。出会って数時間しか経っていないというのに、最早セレスの保護者である。
「……まあ、なんでもいいから浴びてきなよ。それとも何? また何か理由でもつけて『シャワーなんて浴びる必要ある?』とか言っちゃったりする? そんなこと言い出したら、俺が君の服を無理矢理脱がせて全っ裸にして、無理矢理シャワーを浴びせるっていう暴挙に出るけど」
「変態」
冗談めかしたチェルカの言葉にセレスは最上級の侮蔑の視線と声を返し、つかつかとシャワールームへ向かって丁寧に脱衣所の鍵まで閉めたのだった。
そんなセレスの反応に、チェルカは「一応そういう概念はあるんだ」と脱力したように笑った。その笑みには安堵が隠しきれていなかった。