02
二人は長い間落下しているような感覚だったが、一向に最下層に辿り着く気配はなかった。
床が見えない。底が見えない。
ただただ真っ暗な空間が広がっている。
筒状の内部はどこもかしこも本棚で、全く景色が変わらない。落ちている感覚はあるが、実際には同じところに留まっていると言われても納得ができそうだ。
これが、図書館の入り口が山の天辺で、そこから入ってきたのであれば、山の高さ分落ちているということで、この長い長いバンジーも納得が出来るというものだが、別にそうではない。普通に平地に降りて、平地を歩き、平地から中に入った。海抜零メートル。海の中に入っていったと言う方が正しい。
「……セレス、ちょっとごめんね」
落下時間が長すぎて冷静になったチェルカは、突然そう言うとセレスの腰に手を伸ばし、つかまえると、ぐいっと自分の方に引いた。
「えっ、あっ!?」
良いも悪いも言ってなかったどころか、こんなことをされると予想だにしていなかったセレスは一気に冷静さを失う。突然チェルカと密着状態になり、チェルカの顔が目の前に現れ、体温が急上昇する。それでも嫌とは言えず、嫌でもなく、抵抗をすることもなかったのだが。出会った頃を考えれば目覚ましい変化である。
セレスがそんな軽いパニック状態に陥っている間に、二人の落下速度は急に遅くなる。それは勿論チェルカの時間操作によるもので、これにより落下した衝撃で図書館の床を二人の血で染めることはなくなった。
二人だって不老不死と言えど身体は人間だ。こんな高さ(実際どのくらいなのか分からないが)から落ちれば卵のように潰れるだろう。
「……まだまだ下みたいだね。一体何処が最下層なのかな」
「さ、さあ? よくわかんないよ……フィカイアも居ないし」
落ちてからと言うものの、フィカイアの姿をずっと見ていない。幽霊だから落下することはなく、それ故に重力に従い落ちていく二人の速度に追い付けなかったのかもしれないが、それにしたって気配がまるっきりない。追いかけてきている様子も無さそうだ。
「ちなみにこれ、帰るときはどうするんだろうね。俺たち二人とも空飛べないし」
「うっ……出られなかったらどうしよう」
「流石に本棚だから壁を蹴ってくことも出来ないね」
困り果てる二人。少しまてまでならセレスが指輪の中にある誰かの記憶を使ってどうにかすることも出来たかもしれないが、今はその指輪すらない。ここには大量の本があり、当然魔導書のようなものもあるはずだから、そこに記されている魔術を使えば空を飛ぶことは出来るのかもしれない。しかし、それはこの二人には不可能だ。本に書かれている物にも確かに記憶はあるが、それは再生するものではなく実践するものだし、時間を操作してどうにかなるものでもない。特殊すぎる体質故に基本的な魔術を使えない二人には致命的すぎる問題だった。
「うー……なんとかしてフィカイアの所へ行けないかな……」
唸るセレス。若干の現実逃避が入っている。しかしそんなことを適当に願ったところで叶うわけがない。
と、思っていたしセレスも自覚していた筈だったのだが。
セレスが嘆いたのとほぼ同時だった。
「ッ!?」
突然二人の真下ーー闇の中から突風が吹き、二人はそれに煽られ簡単に飛ばされた。
あまりの風の強さにチェルカの手も離れてしまい、二人はバラバラになってしまう。
風は暫く止まない。ぐるぐると回る景色に酔いそうになり思わず目をつぶったが、身体がぐるぐると回されているのであまり関係がなさそうだった。何処が上で何処が下か。何が何で自分がどう動いていて何が起きているのかさっぱり分からない。
漸く風が止んで落ち着いた頃には、セレスの身体はぴったりと壁にくっついていた。
否、壁ではない。床だ。
セレスはいつの間にか床に寝転がっていた。どうやら一番下に辿り着いたらしい。
「……フィカ……イア?」
ゆっくりと起き上がり辺りを見回すと、セレスの身体の正面にポツンとおかれた机があるのが見えた。そこには眠っている様子のフィカイアが座っている。
だが、そのフィカイアは少し見ない間に随分と成長したように見えた。




