09
時刻は回って深夜。
とっくに寝静まっていてもいい頃だというのにチェルカはまだ起きており、それどころかセレスのベッドに腰掛けて、セレスの髪をゆっくりと撫でていた。
「何をしておるのじゃ、この不審者」
幽霊は勿論眠らないため、何処からか戻ってきたフィカイアが小声でチェルカに話しかけた。その目はチェルカを軽蔑するような視線も含まれており、思わず苦笑してしまった。
「冤罪だよ」
「どう見ても疑わしいのじゃが?」
セレスの寝込みを襲おうとしている。フィカイアの目にはそう映ったようだ。
流石にそんな事はしないよ、と言ってチェルカは自分の側へフィカイアを招いた。そして、セレスと自分の間を見せる。
「……おや」
それを見てフィカイアは一瞬で納得したようで、先程までの冷たい表情から一変、ニヤニヤと微笑ましそうに顔を綻ばせた。
「それはもうどうしようもないの」
「うん。流石にうわ言で『行かないで』って念を押されれば余計にね」
頭を撫でるのをやめて、自分のシャツの裾を握るセレスの手をそっと撫でながら、チェルカは言うのだった。そのなかには若干の心配も込められている。
チェルカは記憶を読むことはできない。だからせめて、頭を撫でることによってセレスに出来るだけの安心を与え、悪夢から護れるよう祈るしかなかった。
「まったく、こんなに好かれて……嬉しそうじゃの?」
「嬉しいさ。女の子にこうされて喜ばない男はいないよ」
からかうように言うフィカイアの言葉にチェルカはあっさりと、調子を乱すわけでもなく答える。少し慌てるか何かしらのアクションを見せることを期待していたフィカイアは、これは予想外といった風に目を丸くしながら、もっとストレートな言葉を吐くことにした。
「ほう? セレスのこと、好きなのかの?」
「好きだよ」
これもまた、チェルカは調子を変えずに答えた。むしろ、当たり前だと言わんばかりに、堂々と。
「ずっと前から好きだよ」
もう一度、今度はフィカイアの顔をしっかりと見ながらチェルカは言う。その表情はとても真剣で、逆にフィカイアが恥ずかしくなってくるのであった。
「好きじゃなきゃ行動を一緒にするなんて言い出さないさ」
「……それは、初めて会ったときのことかの?」
しみじみと言うチェルカに、セレスの記憶を持っているフィカイアはやや控え気味に訊ねる。
「セレスにとっては初めてだろうけど、俺にとっては初めてじゃないんだよね。前から知ってて、追い掛けてたんだよ」
「で、話し掛けたと」
「そ。やっと捕まったんだ」
屋根を走ってたり噂で存在を聞いたりするぐらいがほとんどだったからね、とチェルカは笑った。どうやら姿を発見すること自体が難しく、見つけても話し掛けられるような状態ではなかったらしい。目に浮かぶような光景だ。
「セレスから見れば『なんだこのレインボー』って印象だったみたいだがの」
「それは酷いなぁ」
言いながらも特に酷いとは思ってないようで、カラカラとチェルカは笑った。そして、懐かしむようにセレスを見る。
ちゃんと話すようになってからの時間は短い。何百年と生きた人生のなかではまだまだほんの一瞬の出来事だ。それなのに、脳裏にこびりついて離れないような濃い記憶になった。きっと、これまでの何百年とは比べ物にならないだろう。
「……振り向いてもらえてよかったの」
「さあ? そうだといいけどね」
そうじゃなくてもいいさ。と微笑みながらセレスの頬を撫でる。一緒にいられるだけで幸せだと言わんばかりの表情で。




