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ラブラドライト  作者: 影都 千虎
記憶は失うもの
53/77

07

 梛の記憶を無事に奪った後、チェルカは意識を失った梛の氷を割り、梛を解放してからその場を去った。勿論放置である。スイレンと椿については、探すのも面倒であったためなにもしないことにした。そんなことをやっているよりは、さっさとここを離れてしまった方が良いだろうと判断したのだ。

 まだ足元が覚束無いセレスを抱き抱えると、チェルカは飛行船に向かって歩き出す。

「……そうだ、セレス。君なにか食べたいものは無いかい?」

「食べたいもの?」

 首をかしげるセレス。よく考えてみれば、セレスは二日前にミックスジュースを口にしたきりなのである。物を食べたのは三日前の夏の町での冷麺だが、熱中症になったセレスはそれをほとんど食べていない。唐突にその事実に気づいたチェルカは、一先ずセレスに何かを食べさせることにしようと考え至ったのだ。出来れば、拉致され拷問された記憶からなるべく目を離させるように。

「……特に無い、けど」

「けど?」

「チーズが食べたい」

 少し考えてからセレスの口から出たリクエストはそれだった。相当チーズがお気に召したようだ。

「分かった。チーズだね」

 さて、食糧庫に何があったかな、と微笑んでチェルカはセレスを抱えたまま飛行船に乗り込んだ。


「寝ててもいいと言われたのに寝ないんじゃな」

 チェルカがキッチンスペースに消えたあともずっと起きているセレスに、フィカイアがやや心配そうな面持ちでそう話しかけた。

「再会が三日後とも思わなかったが、まさかこんな形になるとはの……災難じゃったな」

「そうだね……しばらく会えない、みたいな雰囲気だったのに」

 眉を下げるフィカイアに対して、セレスはくすりと笑った。なんだか気恥ずかしくて仕方無いのだ。この世に存在さえしていれば、悲しむほどの別れはそうやってこないのかもしれないと、そう教えられた気がした。

「ねえ、なんでフィカイアが居るの?」

 こんなにすぐフィカイアが会いに来るのなら、フィカイアだって予防線を張る必用は無かった筈だ。あの約束を破るつもりはないのだけれど、それでも不思議である。

「ああ、それはの……チェルカに、呼び出されたのじゃ」

 困ったようにフィカイアは笑った。もしかしたら、思い出し笑いかもしれない。一体その時なにがあったと言うのか。

「彼も中々機転が利くの。まさか周囲にいるであろう霊という霊に、私をつれてくるように言ったのじゃからな」

「……呼び出したってそういう……」

「面白いじゃろ? 召喚とか、口寄せとかじゃなくて、人づてで呼び出すんじゃから」

 霊相手だからもう人ではないがの、とフィカイアはカラカラと笑った。確かに面白い。それは逆に言えば、チェルカは時間を操ることはできても他のことはできないと言っているようなものなのだが、それにしたって無茶苦茶な手段である。

 強行突破し過ぎだ。

 梛はセレスを誘拐したときに、それを追い掛けられるよう何らかのメッセージをチェルカに残した筈なのだが、それすら無視してしまっている。もしかしたら、そのメッセージが謎解きの要素を含んでいて、それが解けなかったから、というのもありそうだが、どっちにせよ笑える話である。

「でもまあ、必死じゃったぞ、彼。それだけはわかってやってほしいの……とにかく、お主を助けたかったんじゃ」

 戦ってる姿はあんまり見せたくないがのう、とまたフィカイアは笑う。一体どんな戦い方をしていたのだろうか。生い茂る木々を消し飛ばし、森を荒野にする戦い方。森の時間をすべて奪い取ったのだろうか。

「……なんにせよ、安心していいのじゃ、セレス」

「安心」

「そうじゃ。セレスは一人じゃない。愛されてないなんてこともない。安心していいのじゃ」

「…………」

 セレスはまず、自分でも自覚できていなかったような奥底の闇をフィカイアに悟られていたことに驚いた。しかし、フィカイアが知っているのも無理はない。セレスは自分のすべてをフィカイアに見せたのだから、奥底の闇だって当然知られているわけなのである。

 そのことに気付いたかどうかは分からない。セレスは、頭のなかで何度かフィカイアの言葉を繰り返すと、やっと飲み込むことができたのか、いまにも泣きそうな顔で辛うじて微笑んだのだった。

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