06
銃口を額に向けたまま、チェルカは一歩、梛に近付いた。
じわじわと巻き戻っていく傷口は何度見ても慣れないし、なんど経験しても慣れない感覚だが、死なない身体と言うのは、誰かを守るとき随分と便利だと痛みに耐えながらチェルカはそんなことを思った。そして、これを当たり前だと捉えるようになってしまえば、自分の身体を簡単に捨てるような行為だって出来てしまうのだろうと納得した。
生き返るから、死んでもいい。
死なないから、傷付いてもいい。
チェルカは既に自分のことをそう扱っていた。だが、同じ死なない身体を持っているセレスをそう扱うことはできないし、そうされることは酷く許せない。
その違いはなんなのか。自分か他人かの違いなのか。否、そうじゃない。
「自覚しちゃってるんだよねぇ……」
しみじみと呟きながらチェルカは目を細めた。そして無表情を崩して笑みを漏らす。温かく笑う。
そんな表情とは対照的に、チェルカは冷たく凍てつく弾丸を止めとばかりに梛に撃ち込んだ。これで下半身がすべて凍り、全身が凍るのも時間の問題となった。
「さて。どうしようかって話なんだけど」
「早く殺したらどうですか?」
梛の唇は寒さのせいか紫色だ。凍らされたお陰で体温がどんどん低下しているらしい。
「いいや、殺しはしないよ」眉を下げて笑いながらチェルカは明るい声で言った。「そんなつまらないことしたら君みたいなのと同族じゃないか」
明るすぎてその真意は読み取れない。それがとても不気味で、梛は口をつぐんだ。
「まあ、とりあえずお休みよ」
チェルカは笑ったまま違う銃を取り出して、笑ったままその引き金を引いて、全く笑っていない梛の肩を撃った。
びすっという音がして、弾丸は梛の身体へ撃ち込まれる。だが血が出ることはなく、梛に大した痛みを与えることもなかった。その謎の弾丸に梛は首を傾げようとして、そこで突然糸が切れたように力を失った。
がくんと頭を垂れて動かなくなる。
それが、チェルカが撃った麻酔のせいだと梛が気付いたのかは定かではない。
「セレス、フィカイア。近くにいるなら俺のところまで来てくれるかな? 大丈夫、変態は寝てるから」
何回か梛を叩いて起きないのを確認してから、チェルカは少し声を張り上げて何処かに避難したセレスとフィカイアを呼んだ。まだこの周辺にはスイレンと椿がいるはずだが、そこに警戒する気は無いようだ。親玉を潰したため、もう脅威ではないと捉えたらしい。
「無事終わったのじゃな。呼ぶのはよいが、出来れば迎えに来てくれるとありがたかったのう」
ややあって、最初にチェルカが開けた穴からフィカイアとセレスが顔を出した。フィカイアは文句をいいながらチェルカの側によったが、セレスはそこから動こうとはしない。
「あれ? どうしてこっちに来ないのかい?」
首をかしげつつ、セレスの方へ一歩踏み出すチェルカ。もしかしたら、体調がすこぶる悪くて歩けないのかもしれない、なんて心配をしての行動だったのだが、「来ないで!」と痛いほどに空気を震わせて叫ばれたので足を止めた。
「あー……チェルカ、上着を貸してくれんかの?」
「上着? いいけど……」
なにかを察した表情のフィカイアがそう言ってチェルカの上着を動かし、セレスの方へやった。
上着が壁の向こう側に消えてからすぐ、チェルカの上着を着たセレスが出てくる。上着は前までしっかり閉めていて、裾から赤く染まったワンピースが出ていてなんだかアンバランスだ。
「急にどうしたんだい?」
「ちょっと変態にやられてあられもない姿になってたのじゃ。見なくてよかったの。記憶を消されるところだったと思うのじゃ」
そう、セレスは肺ーーつまり胸を貫かれていたため、そこにぽっかりと穴が開いて肌が露出していたのだ。そんな状況で異性であるチェルカの前に出てこれるわけがない。フィカイア相手でも必死に隠していたのだから。
「まあ、気を取り直して」セレスの手を取って梛の近くへ誘導しながらチェルカは言った。「ひとつ、頼み事をしたいんだ」
「頼み事?」
「そう。君にしか出来ないことなんだ。ちょっと、この変態から俺と君に関する記憶を綺麗さっぱり全部消してほしくてねーーああ、最初の約束を気にするんだったら、今だけは無かったことにしていいよ」
最初の約束。それはチェルカとセレスが出会った時にチェルカが一方的に取り付けた、『チェルカの記憶を貰う代わりに、他人から記憶を奪わない』というものだ。一度、リオの時にその約束は破られているが、その後はなんだかんだセレスはしっかりと約束を守っている。
「やくそく?」
だが、セレスは何のことやらと言いたげな表情で首をかしげるのだった。
そんなものは記憶にないと言わんばかりに。
否、そうではない。実際にセレスの記憶にはそんな約束などもう残っていないのだ。約束だけではない。チェルカと初めて出会った時の記憶を、セレスは自分の命と引き換えに失ってしまったのだった。
チェルカと話が噛み合わないことから、セレスはその事実に気付いてしまう。
「あーー」
失いたくなかったはずなのに、また記憶を失った。一番失いたくない記憶だったのに。その喪失感がセレスを襲う。
「……気にしなくていいんだよ」
セレスの反応を見て事実に気づいたチェルカは、優しい声色でそう言い、そっとセレスを抱き締めた。そして、優しく頭を撫でる。
「俺のことを忘れてないんだから、それで十分だよ」
待たせてごめん、とチェルカが囁くと一粒の雫がセレスから零れた。
生憎それは、チェルカにもフィカイアにも見えていなかったが。




