05
「いやぁ」爽やかな笑みを浮かべたままチェルカは言う。「まさか近所の性悪おにーさんに教わったことが生きるなんてね」
その顔はどこか昔を懐かしんでいるように見えて、意図せずして微笑みが漏れてしまっているようだった。彼にとっての温かな記憶なのだろうか。
チェルカのそんな表情を見たこともなかったセレスは、朦朧とする意識の中で、その記憶を見てみたいと漠然と考えるのだった。
「まあ、ずっと備えはしてあったけどね」
眉を下げて笑うと、チェルカは何処からかもう一丁の拳銃を取り出す。これで二丁。その両方を梛に向けると、有無を言わさずに撃った。
「突然ですね……私でなければ死んでましたよ」
「大丈夫、君程度でも死なないですむってことだよ」
二発の弾を刀で弾いた梛にチェルカは「ほら」と言う。見てみれば、刀は弾が当たった箇所を中心に凍ったり、石化したりしていた。
「魔術をたっぷり練り込んだ特別な弾丸だからね。死にはしないよ。ただまあ、生きてもいないかもしれないけど」
言っている間に梛の刀は、氷と石でできた刀を模したものになっており、本来の使い方は出来そうになかった。
「……一応、鈍器としてならまだ使えますかね?」
刃がダメになってしまったので、斬ることは諦めた方が良さそうだと判断した梛は頭を捻る。が、結論が出る前に刀は砕けて散った。
「深く考えなくて良いよ。もう使い物にならないからさ」
見てみればチェルカの右手にはまた違う銃が握られている。今度はさっきの二丁とは違い、魔術を練った弾ではなさそうだ。
ゴム弾。殺傷能力は低い分、打撃としての強烈な力がある。それを砕けやすい氷と石……さらにその狭間に撃ち込めば、当然割れてしまうだろう。
「俺の能力でリロードも武器替えもし放題。しかも相手に悟られることはないおまけ付きさ。これが、君が相手取ろうとした力の一部だよ」
「……笑えますねぇ、本当に」
言いながら梛は逃げる。逃げる。逃げる。駆ける。一度でも足が止まれば弾に練り込まれた魔術に捕らわれてしまうだろう。そうならないためにも逃げる。そして、折られた刀の代わりを取りに行く。
そんな梛の思考を読んでいるのかいないのか、チェルカはひたすら銃を乱射する。リロードの心配が無いのをいいことに撃ち放題だ。
不意に、喧しいほど響いていた銃声が止む。だが弾丸は止まらない。それはチェルカが銃にサイレンサーを取り付けたからなのだが、一瞬で変わった間違い探しみたいなことを逃げている梛ができるわけもない。全く、時間操作と言うのは本当に卑怯だ。相手に対する操作には制約がかかるが、自分のすることに関しては全く制約がないと言うのだから尚更である。
飛び交う弾をなんとか凌いだ梛は、漸く武器にありつく。といっても、使い慣れた刀ではない。ちょっとした遊びのために用意しておいたクナイだった。
クナイを掴むと腕を横に振り回して投げる。狙いを定めている余裕なんてない。だが、梛にとって幸運なことに一本のクナイがチェルカの右手にあるハンドガンに突き刺さった。これで一丁、銃が使えない。その銃に込められていたのが氷結の弾丸だったのか、それとも石化の弾丸だったのか、はたまた只のゴム弾だったのかはわからないが、驚異がひとつ去ったのは確かである。
なんて考えは甘かった。
「銃って高いから壊されると困るんだよね」
言ってチェルカはクナイが刺さったハンドガンを捨てた。ついでに左手に持っていたハンドガンを仕舞い、替わりにどこからかマシンピストルを取り出した。これが、梛の不幸の始まりである。チェルカはマシンピストルを構えるなりそれを乱射し始めたのだ。先程とは桁違いの弾数に、梛はチェルカの動きを見ることも諦めて背を向けて走り出す。ここでライフルなどの長距離用の銃が出てきたら一貫の終わりだった。
見てみれば近くにはもうセレスもフィカイアも居ない。身内の安全を確かめてから、チェルカはマシンピストルを乱射し始めたのだ。梛とは打って変わって余裕たっぷりである。
「君のために教えておいてあげよう。このマシンピストルの弾は混合だ。普通の弾丸も混じってるし、魔術を練り込んだものも、ゴム弾も、麻酔弾もある。ランダムで出てくるし数が多いから俺も把握できてない。今、大人しく降参すれば実弾をぶちこまれて無様に死んでいくのだけは回避させてあげるけどどうする?」
「っ、性悪偏屈爺が上からなにか言ってますが」
あくまでも梛は屈しない。
「貴方はこの痛みを忘れたのですか?」
走っていた勢いを利用して梛は目の前にある壁を蹴り中を舞う。チェルカの頭上を通り越し、空中で回転しながらチェルカの背後に着地した。マシンピストルを撃っていたチェルカはそのとっさの行動に対応できず、まさか自分の頭上まで撃つわけにもいかず、対応しきれなかった。後ろを振り返ったときには梛が投げたナイフが肩と脚に刺さっており、一瞬置いた後それらは爆発する。
「ぐあぁッ!?」
痛みにうめく。だが、爆発の反動で指が引き金を引いてしまったらしく偶然放たれた一発が仕返しとばかりに梛の右足を撃ち抜いた。そして、撃ち抜かれた箇所を中心に、梛の足はみるみるうちに凍っていく。
「ーーっは、俺のかち」
はっはっと荒い呼吸を繰り返しながらチェルカは銃口を動けなくなった梛の額に突きつける。
その顔は笑っているようだったが、よく見ればどこまでも冷たい無表情だった。




