05
行動を共にすることになったチェルカは、まずセレスを夕飯に誘うことにした。まだこれから夜だ。夕飯を食べていないだろうと考えたのだろう。しかし、セレスから返ってきた答えは思いもよらぬものだった。
「ごはん、って、食べる必要ある?」
首をかしげるセレスの瞳はとても純粋で、冗談を言っているわけでも見栄を張っているわけでもなく、本当にその必要性を問うていた。
「生きるための栄養素のために食べるっていうのは分かるよ? でも、私はそんなことしなくても生きてるし……」
まさか貴方は食べているの? と逆にセレスはチェルカを信じられないものを見るような目で見た。その目を向けられるのはセレスの方だとチェルカは声を大にして言いたいところだろう。
「じゃあ、君は全くものを食べないのかい?」
「うん、食べてないよ」
「バカじゃないのかい?」
一刀両断。バッサリと切り捨てて、さらにチェルカはセレスに手刀をお見舞いした。そして、突然セレスをお姫様だっこすると、ズンズンと町の方へ歩き出す。
「え……!? ちょ、ちょっと待ってよ! 私歩けるし! その前に叩かれた理由も分かんないし!」
「つべこべ言わない。これから夕飯食べに行くから」
「で、でも私いらない……」
「だまらっしゃい」
セレスの意見は一切聞き入れず、チェルカはそのまま歩き続ける。しかし、お姫様だっこされたまま町に入るというのはとんでもなく屈辱だ。なんとか人目につく場所に出る前にセレスは現状を何とかしなければならない。
「わかった、食べる! 食べるから下ろしてよ!!」
叫びながらセレスはチェルカの腕の中でつられた魚のように暴れまくった。そして、チェルカの腕の力が緩んだ隙に腕から飛び降りる。なんとも強引な打破の仕方だった。
それから二人は暫く無言で歩き、町にある適当な食堂へ(チェルカの案内で)入っていった。
食堂はそれなりに賑わっており、既に顔を赤くして上機嫌な酔っ払いや、家族で和気藹々としている団体など様々な客の姿が見られる。チェルカとセレスはそんな中、ポツンと空けられた二人用の席へ通された。待たされること無く通されたのは幸運だったと言えよう。
「さて……どうしようか。どうせ君、ずっと食べてなかったんだからほとんど食べれないよね。ミネストローネでいい?」
「別に、私は……」
「食べるって言ったよね?」
要らない、とセレスの口が動きかけたところを遮ってチェルカは言う。その顔はニコニコと笑っていたがかなりの圧力を放っていた。その圧力に負けたのか、セレスは仕方なく「ミネストローネでいい」と首を縦に振る。
そんなセレスの反応に満足すると、チェルカは店員を呼びミネストローネと、その他の料理をいくつか注文し、料理がくるまで二人は他愛もない話をすることになった。とは言え今日が初対面の二人。主にセレスが話さず仏頂面であるため、話は全くといっていいほど弾まなかった。
料理が運ばれてくると、セレスは助かったと安堵の表情を浮かべた。自分が原因なのだが、たまに流れる微妙な沈黙にそろそろ限界を感じていたのだ。どうやらチェルカはそんなときのセレスの反応を見て楽しんでいたようだけれど。
目の前におかれた具沢山のミネストローネをセレスはじっと見つめる。最後に食事をとったのは何時だっただろうか、なんて考えてみたものの思い出せそうになかった。少なくとも、一人で生きていくようになってからは食べていないので、百年は軽く前の話になるのだが。
すっかり不馴れになってしまった手つきでスプーンを持ち、スープを掬い、口へ運ぶ。何でもない筈の動作だが、それはとてもぎこちない動きで、幼い子供が一人で食事をする方が上手なのではないかと思えるほどだ。
それから、恐る恐るスープを飲むとセレスは一瞬顔を歪めた。涙目になり、スープを口から遠ざけている。どうやら熱かったらしい。
「あはははははっ!!」
そこまで見届けると、チェルカはとうとう堪えきれなくなったのか声をあげて笑い始めた。当然セレスはそんなチェルカをキッと睨み怒り出す。
「わ、笑わないでよ! 熱かったんだから仕方無いんだよ!」
「ははっ、あははっ! ……はぁ、いやぁ、ごめんごめん。あまりにも面白かったもんでつい、ね。どうする? そんなに慣れないのなら、俺が食べさせてあげてもいいけど?」
「結構! です!」
叫ぶように言って、セレスは一人で食べられることをアピールするためか再びスープに向かった。今度は口にいれる前にしっかりと冷ます。一口、二口、三口……とてもゆっくりではあるが仏頂面のままセレスはスープを飲んでいく。そしてポツリと漏らすように言った。
「…………おいしい」
心なしか、その仏頂面が少しだけ和らいでるようにも見える。チェルカはその表情を見て「それは良かった」と、とても優しく微笑んだ。
「確かに、俺たちは食べなくとも生きていける。でも、生物である以上食べることは生きることに繋がってるんだよ。生き続けるために、君は記憶を消費してるんだろ? だったら、食べてその消費を少しでも抑えたらいいんじゃないかな」
なんて言ってチェルカはバーニャカウダに手をつけ始める。セレスは無言だったが、チェルカの言葉に納得はしたようだった。
それから二人は特に会話をすることもなく、食事を続けた。セレスが食べたのはミネストローネだけで、食べる速度はとてもゆっくりだったが、それでもしっかりと完食した。