02
この指輪が完全に砕けたら次は自分の記憶の番だ。
痛みのなかでセレスはそれをしっかりと感じ取っていた。忘れていれば、あるいは、痛みで何もかも考えられなくなっていれば幸せだったのかもしれない。しかし、痛みは麻痺する。次第に、思考する程度の余裕が芽生えてくる。
なんてことを考えている間にも指輪が割れている。物凄い勢いで指輪の中の記憶がセレスの命に変えられているのだろう。その激しさに指輪が耐えきれて居ないのだ。
「ふむ。余裕が出てきたようですね?」
楽しそうな声が降ってくる。セレスの声がやんだことからそう結論を出したようだ。
思考する程度の余裕を得たところで、まだ会話に興じるほどの気力のないセレスはその言葉を無視した。気力があったって、梛とは会話をしたくなかった。こいつは気持ち悪い。
「じゃあ、いろいろと考えてもらいましょうか」そんなセレスに気を害した風もなく、梛は楽しそうにしたまま続けた。「例えば、貴方が不老不死になったきっかけとか」
きっかけ。
そんなの知るわけもない。いつから不老不死になったかなんて分かるわけもない。セレスは思考を放棄しようとした。大方、生まれたときからそうだったか、命としてその記憶が消されてしまったかのどちらかだろう。そんな風に考えていた。
だが、そんな軽さに反して、セレスの身体は異変を始める。
「っぐ……!?」
突然、肩の辺りが熱くなった。何がどうしてどうなったのか分からないが痛い。とにかく痛い。何をされたわけでもないのに、梛に貫かれている胸と同じぐらいで、範囲の狭い痛みが肩に広がっていく。
「おや? 肩が痛むようですねぇ」
ニヤニヤと梛が言うが、そんなの気に止めていられない。
暫くすると、同じような痛みが脚にも来た。腕。手のひら。腹。痛みはどんどん増えていく。それと同時にぐらぐらと目眩のようなものがし、体温が更に冷たくなっていくのを感じた。それが、記憶が再生されているせいだとはセレスは気付かない。
「へぇ……貴方は撃たれて死んだのですね。しかも全身の至るところを」
「うた……れ、て……」
梛の言葉を復唱する。思い当たる節はない。しかし、身体は何かを訴えている。
「脚からってことは動けなくするためでしょうね……ふふ、痛みのなか、逃げられなくなってから殺される恐怖はいかがでしたか?」
柔らかく微笑んで梛は言う。まるで悪魔だ。
「ころ……され……ッ!!」
激しい痛みが頭に走った。何かを無理矢理思い出させられている感覚がして、脳がそれを拒んでいるようだ。しかし、脳に拒否権など無いようで、記憶は引きずり出されていく。
「どうですか? 今、少し思うところはありませんか?」
何かに対して抵抗するセレスに、梛は意味深なことを訊ねる。どうやらセレスに起こっていることもしっかり把握しているようだ。つまり、全て梛の仕業と言うことである。
「……梛、そろそろ一回抜かないと、この子の記憶が消えてくわ」
「おや、もうそんなに死んでしまったんですか。それでは仕方ありませんね。こっちは抜いておきましょう」
言ってセレスに突き刺したものに手をかける梛。ずるりと嫌な音を出しながら、それらゆっくりと抜かれていく。わざと、焦らすように。
「う、あ、ああぁっ……」
刺されているのとはまた別の激痛がセレスを襲う。刺されたままの状態よりも、こうしてゆっくりと抜かれている方が痛みが強いような気がした。すっかり麻痺して前者は分からなくなってきたからかも知れないが。
完全に抜き終わると、梛はそれを投げ捨てる。カラン。と軽い音がしてそれは地面に落ちたようだが、梛はそんなものを気にも留めてなかった。そんな事よりも気になるものがある。
セレスの胸に空いていた穴が塞がっていく。その速度は決して遅くなく、一瞬だったとは言えない速度だが、穴は完全に塞がり、肌には痕も何も残らなかった。強いて言うのなら、真っ赤に染まったキャミワンピに更に大きな穴が空いたぐらいである。
「ははっ、本当に化け物ですね。こんな化け物、普通なら側に置いておきたくありませんねぇ……例え、実の子であっても」
声をわざと低くしてセレスに言い聞かせるような口調で梛は言う。
「貴方は撃たれて死んだあと、生き返りましたね? そのあと、ご両親とはどうしたのですか?」
「…………」
記憶にない。セレスは、自分の両親が誰なのかすら知らない。
「もしかして、ご両親に会わなかったのではありませんか? 記憶にある限り、貴方はずっと孤独だった」
「…………」
記憶が勝手に再生される。それらを見る限り、セレスは一人だった。
「憐れですね……貴方は、ご両親に捨てられたんです」
「…………やめて」
弱々しい声で言う。震えが止まらない。考えたくないはずなのに、思考は勝手に巡っていく。
「貴方は、道具としか扱われないんですよ。或いは邪魔者。忌み、嫌うべきもの。今までも……それから、これからも」
囁くように放たれる言葉。それは耳元で聞こえたような気がして、脳に響いた。耐えきれずセレスは「やめて!」と叫ぶ。耳を塞ぎ、梛の口を塞ぎたい衝動に駆られた。そんなこと、拘束された今、出来るはずがないのだが。
「一つ、お伺い致しましょう」そんなセレスに、梛は残酷なほど優しい声で続ける。「何故、私の言葉を拒絶しても否定はしないのですか?」
「それは……」
セレスは答えられない。答えは見つからない。
「それはもしかして、貴方自身が捨てられたことを認めているからではありませんか? 自分は不必要な化け物だと、心の奥底で思っているからではありませんか?」
「…………あ」
否定ができない。
拒絶もできない。
言葉は、確りとセレスの中に入り、その瞬間セレスの中で何かが壊れた。




