01
少女はあるとき一つの事件に巻き込まれた。
それはとても不運だったとしか言いようがない。
身勝手な大人たちが金目当てに起こした強盗事件。少女はその場に偶然居合わせ、そして人質になった。
強盗事件は立て籠り事件へと発展し、話は次第に大きくなっていく。
野次馬も増え、大人たちが解決にのりだし建物へ突入した頃、人質の少女は呆気なく犯人たちに殺されてしまった。それと同時に犯人は捕まった。
そう、少女は殺されてしまったはずだった。
でも、少女は生きていた。
そして、誰かに見つかる前に、怖くなって逃げ出した。
本当は生きていたんじゃない。生き返ったのだ。
少女は呪いをかけられていたから、死ぬことができなかったのだーー
◆
セレスが意識を取り戻すと、そこは飛行船ではなく冷たいコンクリートと鉄格子の部屋だった。檻とも言う。
ロープで後ろ手に縛られ、足も縛られ、身動きができない状態でセレスは転がされていた。身体に痛みはない。ただ、ひんやりとしたコンクリートの温度がいやというほど伝わってきていた。特に胸の部分が酷い。直接肌が床に触れているような気がする。否、気がするのではなく、その通りなのだ。
「あら……起きたのね。おはようって言えばいいのかしら?」
上からは聞き覚えのある声が降ってくる。ノロノロとした動きで顔をあげると、そこには紫髪の女性が立っていた。
「……スイレン、さん」
夏の町で道に迷った自分達を案内してくれ、更にセレスに夏の町にあった服を贈った女性。その時はただとても親切でいい人、という印象だったが今は違う。あの町で、彼女は梛を探していた。だからきっと、彼女も梛の仲間なのだろう。今目の前にいるのが良い証拠だ。
「体調はどう? 包帯をとってみたら、きれいな肌をしていたから怪我は無いみたいだけど……良い、とは言えないわよね?」
「…………」
残念ながら、スイレンの心配とは裏腹に体調はよかった。何処も痛くない。強いて言えば、手首と足首が痛いくらいだが、これは縛られているせいだろう。あんなに怪我をしたというのに完治している。それは、つまり……
「うっ、ぐ……」
自覚しようとすると、胸を激しい痛みが襲った。今は痛くないはずだが、身体が覚えているのだろう。思い出そうとすれば余計なものまで再現される。まるで自分の能力みたいだ。
「……余計な記憶はまだ思い出さない方がいいわよ」そんなセレスに見かねたのか、スイレンはとても優しい声色で言う。「そんなことよりも、服、着替えたくないかしら?」
なんのことなのか皆目検討もつかずにセレスは首を傾げた。服。服? と何度も頭のなかで繰り返す。するとスイレンが苦笑しながら更に付け加えた。
「その白いキャミワンピ。汚れて白じゃなくなってるし、破れて穴も空いているのよ。だから……」
着替えない? と、スイレンは手に持った新たなワンピースを見せながら言うのだった。
そうだった。セレスが今着ているワンピースは、梛によって血塗れにされ、穴を開けられているのだ。だから胸が直接床に当たっているような感覚があるのである。
確かに、着替えた方が良いのかもしれない。しかし、これを捨てるのには抵抗があった。何故なら、これはチェルカが一番最初にセレスに贈ったものだから。チェルカが買ってくれたものだから。それを手離したいとはどうしても思えなかった。ましてや、これを脱いで敵が用意したものを着るなんて持っての他だ。
「……いらない」
セレスは、スイレンの顔も見ずにはっきりと否定した。
すると、その声にスイレンではない声が返事をする。
「そうですよ」柔和な声。なのに、寒気が走る。「新しい服なんて必要ありません」
その声と同時に、がしゃんと喧しい音をたてて鉄格子がバラバラにされ落ちていった。檻は檻ではなくなる。
「だって、これから更に穴が開くんですから」
脳裏に、あの糸目の笑顔が過り吐き気がした。見ていない筈なのに。顔をあげていないはずなのに、それが再生されてしまう。
「もう少しだけ、性能チェックをさせてもらいますよ。貴女の心を砕かなければならないことですし……」
声が近くなる。きっとしゃがんだのだろう。梛が言い終わると、ドンッと重いものが落とされる音がして、セレスの身体に衝撃が走った。
「ーーッ!?」
声にならない声がセレスの口から漏れる。呼吸ができない。体温が急速に奪われていく。何かにヒビが入っていく音が聞こえる。集めた記憶が散らされていく感覚がする。はっはっと喘ぐように酸素を求めるが、酸素は一向に肺の中に入ってこない。当たり前だ。セレスを貫いた何かは、肺を貫いているのだから。思考が巡る。血液が巡る。違う。巡ってなんかいない。溢れだしている。
「あ……うあ……ぁ……」
ボロボロと何かがセレスのなかで砕けていく。何度も何度も、絶えることなく何かが失われていく。
「ああ……これが……」そんなセレスをうっとりとした表情で見つめて梛は言う。「これが、不老不死……」
「……惨いことをするわね」
その隣では、スイレンが呆れたようにため息をついていた。言いつつも、セレスをどうこうするつもりはないらしい。現在進行形でセレスが死んでいたって、その度に生き返り、記憶を失っていたって、それを助けようとするつもりはないらしい。
気が狂いそうになる程の痛みと喪失感の中で、セレスは自分の指輪がひび割れていく音を聴いていた。




