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ラブラドライト  作者: 影都 千虎
記憶は使うもの
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「おまたせ」首だけを動かしてチェルカを見ると、セレスはにこりともせずに言った。「これで、この島の記憶は全部私のものだよ」

 嬉しそうではない。むしろとても嫌そうだ。記憶を掌握する。それはつまり、どんなものであろうと総じて見せられてしまうことと同義なのである。今頃、見たくないものも見えているのだろう。

 ましてや、それを今から武器として、道具として使うのだ。嫌でない筈がなかった。

 記憶は使うもの。

 その覚悟は、案外重い。


「は、ははは、ははははッ」

 その一方で、梛は心の底から愉快そうに笑った。どこか満足げであるその笑みは、爽やかなもののはずなのにとても歪んでいて、とても不気味で、見るものに恐怖を与えた。

「はは、は……流石すぎますよ……、流石、記憶泥棒と言ったところでしょうか」

「……何がそんなに楽しいんだい? やっぱりドMなのかい? これから、その記憶泥棒に記憶を奪われて……」

「そうじゃありませんよ」

 警戒心を剥き出しにしつつ挑発するチェルカの言葉をはっきりと遮って、それでも笑顔で梛は言う。

「考えても見てくださいよ。これからこの力が私のものになるんですよ? 笑わずにはいられないじゃないですか。いやぁ、手にいれる前に、その出力を確かめられてよかったですよ。想像以上でした。対象の記憶の完全再現、どころか、彼女の出力での再現だからさらに強くなってる。しかも、今この魔術たちは元の持ち主のところにはないおまけ付きですよ? これなら、世界中の魔術を全部奪って、世界を制圧することだって夢じゃない。ふふふ、考えるだけで楽しくなってきてしまいますね」

 その声はとても穏やかで、その表情は翌日のイベントを楽しみにする少年のような純粋さがある。それ故に、チェルカはそれを聞いてぞくりと背筋に寒気が走った。

 こいつは一体何を言っているのかと、本気で理解に苦しんだ。それでも、ここで会話を終わらせてはいけないと判断し、出来るだけ情報を引きずり出そうと質問を重ねるのだった。

「……随分とセレスのことが欲しいみたいだけどさ、君は一体何をするつもりなのかな? なんだったら、人生の先輩としてアドバイスをしてやったっていいんだよ」

「ああ、それは有り難いですね」

 チェルカの挑発に気付いているのかいないのか、チェルカの予想に反して梛は何故か少し嬉しそうな顔をした。本当に、有り難いと思っているようだ。

「私は、ただ純粋に長生きがしたいんですよ。楽しくいきたい。楽しく、衰えることなく、出来れば自分の思い通りに事が進んだり、たまには賭けに興じたり。そんな人生を、これから先もずっと送っていたいんですよ。だから、そのために私はまず、不老不死にならなければならないのです。不老不死。いい響きですね。心底、貴殿方が羨ましいですよ。そして、貴殿方には不老不死に相応しい力を持っている。それを私に使ったらもしかしたら私も不老不死の仲間入りになれるかもしれない、なんて考えたら欲しくなってしまうのは当然ですよね? それに、もし貴殿方を使っても不老不死になれなかったとして、でも手元に貴殿方がいるのならば、世界を掌握することは割と簡単なことのように思えますよね。余計な記憶は消して、それでもできないなら時間を奪って。ふふふ、楽しいことが色々とできそうじゃないですか。いいですねぇ。出来ることなら、貴殿方の能力を私に授けて欲しいくらいなんですけれど……それは、適性があるだろうから、この身体では諦めるしか無いでしょうねぇ」

 うっとりとした表情で語る梛。チェルカはそのなかにとても禍々しいものを感じた。そして、元々そんなつもりはなかったのだが、改めてこいつにだけは捕まってはならないと痛感したのだった。「長生きなんてするもんじゃないよ」なんて先輩風を吹かせたアドバイスなんてしている場合ではない。さっさと、彼の手の届かない、目も届かない場所にせめてセレスだけでも逃がさなければならないと痛感した。

「さて、お喋りはここまでにしましょう」そんなチェルカをよそに、梛は懐から数枚の札を取り出して言う。「彼女がこんなことをしてくれてしまったのですから、こちらも策を弄しなければなりませんーー『伝書鳩』」

 梛の声を合図に札が形を変え、その名の通り鳩の形になるとどこかへ飛んでいく。これが一体どんなものなのかはチェルカにはわからないが、きっと『伝書鳩』と言うぐらいなのだから何かを伝えるものなのだろう。例えば、今後の動きを兵士たちに指示したとか。

 と、なるとここにいるのはまずい。ただでさえ厄介な人数だというのに、更にここには梛と椿がいる。強敵二人を相手取りつつその他大勢をどうこうするなんて無理だ。

「おっと、動かないでください? 貴方の身体にはまだ爆弾が仕掛けてありますからーー『常世の闇』」

 チェルカを牽制するように梛は妖しく笑いつつ、黒い札を取り出した。

 頭の中では警鐘が鳴り響いている。これはいけない。あの札をセレスに近付けてはならない。それだけで、全てが終わってしまう。

 だとしたら、今は自分の身体などどうなってもいい。

「セレスッ!! それを置いて速く逃げーー」

「貴方は、少々邪魔です」

 セレスと梛の間に割って入るようにチェルカが駆け出すと、梛はチェルカに対して薄く笑うと持っていた黒い札をチェルカの目の前に投げた。

 そして次の瞬間には、チェルカは黒い札から溢れ出た闇に呑まれて消えてった。

 しかしただでは消えない。

「……おや? いつの間に逃がされていたのでしょう?」

 梛が振り返ったとき、そこにはもうセレスはいなかった。チェルカが闇に呑まれる直前の一瞬だけ時を止めて、セレスを逃がしたのだ。


「はぁっ、は、あぁ……っ、く……」

 そんなチェルカを振り返ることなく、セレスは全速力で森を駆け抜ける。至るところにいる剣士や魔術師、猛獣使いなどに捕まらないように、奪い取った魔術を四方八方に放出しながら、兎に角梛から離れるように。

 しかし、全速力はそう長く続かない。

 チェルカの集中力が一度散らされてしまったことで、固定されていた時間はもうとっくに動き出しているのだ。セレスの血の中を今、椿に仕込まれた毒がゆっくりと巡っている。

 毒が全身を回るまで、時間はそう残されていない。

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