09
セレスを守ると決めてからのチェルカの動きは無茶苦茶だった。それは絶対にセレスを傷つけまいとする意思の現れなのか、はたまた、やることが明確に決まったが故の本領発揮なのか。
いずれにせよ、今までとは動きが打って変わったのは確かだった。単に森林を破壊したことで障害物がなくなり、動きやすくなったからかもしれないが。
目の前に現れたかと思えば消え、別の場所で剣士を相手取ってるかと思えば、いつの間にか魔術師を後ろから殴り飛ばしており、たまに二人から三人に分裂して各々が翻弄する。
それは時間操作によって自分を何度も同じ時系列に戻したり、時間を止めて移動したりしているからなのだが、相手にはそれを知る術はないし止める術もない。自由に駆け回るチェルカの速さには誰も追い付けず、かつ決してセレスに近付くことは叶わない。
それなりに広い範囲であるというのに、半径十メートル前後の距離で確実に敵を留めていた。
「ふむ……やっぱり貴方の相手は私がしなければならないようですね」
そんな声が聞こえる。それと同時に、チェルカの肌はゾクリと粟立った。今までとは比べ物になら無いほどの強い殺気を感じる。それも、暗くて重たい、どろどろとして一度捕らわれれば逃げ出すことは出来ないような。
梛の姿を探す。時間を操作して、剣士や魔術師を翻弄しながら、その和服と黒髪を探す。だがどこにもいない。ならばさっきの声は何処から聴こえたのか。殺気はどこから放たれたのか。
なんてことを考えているうちにチェルカの左腕が付け根から飛んだ。気づけば梛が背後にいる。
「そこ……ッ!?」
そこか、と即座にくっついた左腕で梛に拳を見舞おうとした、その時だった。風船が勢いよく割れたような破裂音と共にチェルカの左腕が弾け飛んだ。
「ーーーーッ!!」
斬られたものとは全く異なる激痛が脳天を突き抜ける。自分の身体を爆破させられるのは初めてのことだった。
全身が痺れたように動かない。それどころか呼吸の仕方すら忘れてしまいそうだ。激痛の余り、自分で時間を巻き戻して爆破された腕を戻すこともままならず、木っ端微塵にされてしまったせいか自動回復すら追い付かなかった。
そんな大きな隙を梛が見逃すわけもなく、首と胴体の二ヶ所を輪切りにし、更に心臓に刀を突き立てる。身体から離れた首から、真っ赤な血があふれでた。そこでやっと、チェルカは全身を元の状態に再生することに成功する。
「ああ、よかったです」
そんなチェルカを見て、何故か梛はにっこりと微笑んだ。その視線の先はチェルカに向いているようでそうではない。チェルカの後ろを見ているようだった。
「セレス、ッ!!」
ハッとして後ろを振り返るがもう遅い。肩を爆破されたことで張っていたものが途切れてしまったのだ。時間を固定していた筈の椿が勢いよく駆け出して、右手に握った大振りのナイフを屈んだセレスに突き立てようとしていた。
意識を常においていなければ、時間の固定はできない。一度触れた相手であるため椿は何時でも時間を固定できるはずなのだが、焦りがそれをさせなかった。
それでもなんとか椿を止めようとチェルカも駆け出すのだがもう遅い。間に合うわけがない。それに、後ろにいる梛が黙ってそれを許す筈がない。
「何処に行くおつもりですか?」
「っあ」
両足首を切断され、チェルカは無様に地面に崩れた。そんなチェルカを容赦なく梛は刀で串刺しにしようとしたのだが、それな転がることでギリギリ回避した。
いや、そんなことよりもセレスだ。
チェルカが回避したせいで地面に突き刺さってしまった刀を梛が抜いている隙に、チェルカは身を起こしセレスを確認する。間に合わなかったことは知っていても、確認せずにはいられなかった。
しかし、その心配は杞憂に終わり、セレスの姿を見た瞬間チェルカは思わず笑ってしまう。
「……えげつないねぇ」
思わず零れたその一言が、目の前の光景を全て表している。
セレスを守るように、セレスを囲いながら背後に立つ大蛇。チェルカによって存在を消された筈の樹木。セレスの周囲に浮かぶ水の玉と炎の玉。そしてセレスの手に握られた光の矢。極めつけは、椿が持っていたナイフが突き立てられた人の形をした土の塊。
樹木はその枝や蔦や葉を自由に伸ばし、うねらせ、椿を拘束している。
静かに、かつ圧倒的に、セレスは椿を制圧したのだった。
つまり、チェルカの時間稼ぎは間に合っていて、魔方陣の書き換えは完了していたのだった。




