08
刀を警戒することもなく突っ込んでくるチェルカを梛は容赦なく斬りつけていく。死なないというのは非常に面倒だ。終わりが見えない。
戦闘が始まってから何度目かは分からないが、チェルカの上半身が下半身から離れ、宙を舞った。それと同時にチェルカが時間を纏った拳を放っていたらしく、避けきれなかった梛は刀で力を流そうとした。勿論、そうはいかず、刀はパキィンと高い音を出して折れ、砕ける。
やっと、この戦闘が動きらしい動きを見せた瞬間だった。
「全く、ご老体はなんでもかんでも壊して回るから困る。貴方のような老人がいたから森林が消えていくのですよ。分かりますか?」
「それ俺のせいにされても困るんだけど。取り敢えず君は俺にいちゃもんつけたいだけじゃないの? これだからガキは周りが見えてなくて困るね」
「周りが見えてないのは貴方ですよ、ご老体」
子供のようなやり取りのあとにクツクツと笑う梛。自分の出番は終わったとでも言いたげな程、どこか満足そうな表情を浮かべている。はっきり言って、不気味だった。
梛の言葉の意味に先に気付いたのはセレスだった。そして気付くなり指輪の中の記憶を探り、自分が持てる限り最大の力で巨大な水の渦を作り上げ、自分とチェルカは円のなかに入るように、それ以外には螺旋状にそびえる水の壁を容赦なく叩き付けた。
壁の外側に激しく何かがぶつかる音が聞こえる。それは決してひとつではない。そして下だけではなく上からも聞こえる。木にぶつかった、というわけではなさそうだった。当然である。周囲の木は、チェルカが粗方時間を奪って消費したか、その後放った拳や蹴りなどでへし折れたり木っ端微塵にされたりしてしまったのだから。
「……ありがとう。ごめん」
チェルカはその失敗を素直に悔いる。確かに、周りが見えていないのは自分の方だった。だから、その分策を練らなければならない。
何故ならば、開拓されてしまった森には、梛が用意したのであろう魔術師や剣士たちなどが大量にいたのだから。その数およそ五百人。二人で太刀打ちしてどうにかなる数ではない。
どうにかなる数ではない、なんて弱音は吐いてられないから、どうにかするしかないのだけれど。
「君は記憶以外の魔法をどのくらい使える?」
「この場に魔法の記憶がある限り」
頼もしい回答が返ってきた。
魔法の記憶。つまり魔法を使える者が、どのくらい魔法を持っているかによるのだが、あまり心配しなくても良さそうだ。みたところ、魔術師は腐るほどいる。
「……劣化コピーはあんまりしたくないんだけど、そんなこと言ってられないよね」
セレスは何故か暗い顔をした。どうやら、これから自分がやろうとしていることが嫌なようだ。それを汲み取ったチェルカは、セレスの頭を軽く撫でながら言うのだった。
「気にしなくていいんだよ。喧嘩を吹っ掛けてきた彼らが悪い」
「でも……、今までの努力を全部無に還すようになる……私のせいで」
「だから、気にしなくていいんだよ。彼らは何かを失う覚悟を持って闘ってるんだ。嫌だったら参加しなきゃいいのさ。それに、記憶がなくなれば今後戦わなくてラッキーとか思うんじゃないかな? 死なないなら何やってもいいとか思ってるような連中だから、むしろ灸を据えたいくらいだよね」
どんなことをしようが、俺はそれについて何も言わないよ、とチェルカは優しい声色で言う。
やらなければこちらがやられる。しかも、自分ではなくチェルカが何度も死ぬことになる。
セレスは覚悟を決め、地面に手を置いた。これ以上、チェルカを死なせないためにも。
「お願いがあるんだよ」セレスは地面に自分の魔力を浸透させながら言った。「あと少しでこの水の渦は無くなるから、そこから私がこれを終わらせるまでの間、全部を任せたいんだけど」
「いいけど……何をするつもりなのかだけ教えてくれるかな?」
空高くそびえる水の壁を見上げながらチェルカは問う。その態度は、言われなくともセレスを守ると言わんばかりだった。
「……この魔方陣を書き換えて乗っ取る。それで、この島の上にある記憶を全部私が掌握する」
セレスの言うとおり、この島全体には今、巨大な魔方陣が置かれていた。これは、チェルカとセレスを相手取るに当たって、敵側の魔術師たちがガス欠を起こさないために、この魔方陣の内側であれば無限に魔力を精製できるようにするためのものだ。一体どういう仕組みでこれが成り立ったのかはセレスには分からないが、この魔方陣の記憶を弄くることなら簡単だった。
つまり、この魔方陣の『魔力を精製する』という記憶を、『記憶を掌握する』という記憶に書き換えるということだ。中々、とんでもないことをするつもりである。
記憶を掌握する魔方陣が完成すれば、その範囲はこの島の領土と領空全て。この島から逃げ出さない限り、その記憶は全てセレスに支配されるということである。
「流石に全員の記憶から、『私たちを殺してでも捕まえる命令』を消すことはできないんだけど……」
残念ながら、全ての記憶を掌握できたからと言って、全ての記憶を弄くることは出来ないようだ。同時にできる人数も限られるし、やれることも限られている。無敵の手段ではないのだ。
それでも、五百人を相手取ることは出来そうな手段ではあるのだが。
「……じゃあ、さっそく反撃開始と洒落こもうか」
セレスの話を聞いて、チェルカは薄く笑った。そして、水の壁が消えた瞬間チェルカは駆け出した。




