04
今や世界中で魔術が使われるようになり、様々な種族が共存するようになった。とても長寿な種族だって当然いる。しかし、それでも、百年という単位は余りに大きすぎる。しかも、チェルカは見たところ二十代程の若さだ。とても百年以上生きているようには見えない。
「……ひゃく、ねん……?」
「うん。二百年越えた辺りから数えるのやめちゃったから、一体俺が何年生きてるのか分からないけどね」
「……貴方は、不老不死?」
「まあ、そんなところかな。色々訳あってこんな身体になっちゃったのさ」
ぱちくりと瞬きをするセレスに苦笑しつつチェルカは答えた。あまり不老不死の身体にいい思いはしていないらしい。殆どの生物にとって、不老不死は魅力であり永遠の課題のはずなのだが。
「君は?」
「え?」
「失礼でなければ、君の年齢を教えてくれないかな? 見たところ十六とかその辺だけど、中身が違うような気がするんだよね」
根拠はないけど、とチェルカは言った。どうやらセレスから特異的な何かを感じ取ったらしい。記憶泥棒だったり、モンスター等を蹴散らしていたりする時点で十分特異的なのだけれど。
「……私も、何百年生きたか覚えてないんだよ」
ため息をひとつつくと、セレスはポツリと諦めたように答えた。そのまさか過ぎる回答にチェルカは思わず「冗談だろ?」なんて言ってしまう。しかし、彼女の瞳は決して冗談など言ってはいなかった。
「死にたくても死ねない。……なんとなく、貴方が不老不死に対して持ってる感情は理解できると思うよ」
言って、セレスは指輪をそっと撫でた。その瞳には強い悲しみの色が見える。これは知っている者の目だ。
「……そうかい。じゃあ、次の質問、本題に入ろうか。君が、記憶を奪って回る理由を教えてくれるかな?」
「……理由」
「そう、理由。見たところ愉快犯ってわけでも無さそうだからね。俺としては、出来ることなら今から記憶を奪って回るのはやめて欲しいところなんだけど……その顔じゃ、それは出来ないんだろ? だったら先ずは話を聞かせてもらおうかなってね」
にっこりとチェルカは笑った。セレスはどうして今出会ったばかりの男のために自分のやってることを辞めなければならないのか、なんて一瞬疑問を抱いたが、そもそも自分がやっていることが問題なのでグッと飲み込んだ。そして、話を聞いてもらえるということに感謝した。やめろと怒鳴り散らされるよりもずっとありがたい。あまり、自分のことは話したくないのだけれど。
「私は、呪われてるんだよ」
「呪い?」
「そう、呪い。不老不死の呪いって言えばいいのかな……私は、記憶を生命力や魔力に変換し続ける体質になってるんだよ。自分の意思とは関係なく、ね。
それで、私は当然だけどこれ以上記憶を無くしたくなかった。だから、その代わりになる記憶を集めて回ってるんだよ。それが、これ」
セレスはそう言って指輪を見せた。指輪に嵌め込まれた宝石は角度によって様々な色を見せる。不思議な宝石だった。
「でも、安心して欲しいかな。消して回ってるのは、私に関する記憶だけで、他の記憶は一切奪ってないから。だから、私のことが記憶されないだけで、他には実害はないはずだよ」
そう言ってセレスは笑う。その笑みがとても寂しげだということにセレスは気付いているだろうか。
「なるほどね……でも、だからって君のことを完膚なきまでに消し去る必要は無いんじゃないの?」
「そうかもしれない。でも、私のこと知ってる人なんて居なくていいんだよ。私は、もう知り合いを作りたくない」
「……取り残されるから、か」
「そういうこと」
不死同士だからこそ分かり合える感覚。知っている者に取り残されていく恐怖と喪失感。二人は、何百年という人生のなかでそれを嫌というほど味わってきていた。
「私の消える記憶は選べない。でも、外付けの記憶の方が先になくなることは分かった。……私は、もう二度と隣にいる人の記憶がある日突然無くなるなんてことは経験したくないんだよ。だから」
「だから、やめないってか。……そうだなぁ」
理由を聞いたお陰で、チェルカは記憶を奪うのを辞めろと言えなくなってしまった。しかし、かといってこのまま見過ごしたくも無いらしい。彼には彼なりの想いがあるようだ。
「……じゃあ、分かった。提案をさせてもらおう」チェルカは目をつぶり、ため息をつき、そして言った。「俺を君と一緒に行動させてくれ。記憶なら俺の記憶を使えばいい。その代わり、誰かを襲うのは無しだ」
「……? 聞いてなかった? 私は、もう知り合いを作る気は無いんだよ。だから、貴方とは行動しない」
「分からないのかい? 君の力は俺に通用しない。そして、俺は死ぬことがない。君を取り残すことはしないよ」
「…………でも」
何百年と生きているチェルカの記憶を使わせてもらえるというのは、セレスにとって中々魅力的な条件である。しかし、このままではチェルカに全く得がない。何を企んでいるのかが不安で、セレスは首を縦に振れずにいた。
「俺は魔術を使った事件とか大嫌いなんだよね。撲滅したくて各地を旅してるレベルだ。君と行動することで、記憶泥棒がかいけつできるんだったらこんぐらい安いもんだね」
チェルカはそんなセレスの思考を読んだかのように笑って言った。ここまで言われてしまえば、もうセレスには拒否する材料がない。セレスは渋々チェルカと行動を共にすることを了承した。