05
赤い着物。黄色い帯。赤い首輪。
その見間違えようもない特徴は、つい最近耳にしたばかりだ。そして、セレスはそれを探して走り回っていた。
梛のペットと呼ばれた少女、椿。
その特徴が他の誰かと一致することはまずないだろうから、本人と見ていいだろう。『夏の町』で探し回った彼女とこんなところで出会うとは思ってもみなかった。それも、こんな襲撃される形で。
黒く、少女特有の柔らかそうな髪は肩ぐらいまでで切り揃えられている。とても綺麗な髪だ。
顔は無表情だが、少しでもにこりとしたら誰もが見とれるような、そんな魅力があった。黒目がちな瞳はセレスをじっと見つめている。その目に吸い込まれてしまいそうだが、何を考えているのか全く分からない、空虚な穴のようにも見えて恐怖を覚えた。
手に握られた四本ずつのナイフは、少女の小さな手には不釣り合いのようにも思える。小さくて可愛らしいというのに、どうしてそんなものを持ってしまうのか。それも、割と即効性の毒を塗った凶悪な代物を。
「……椿、ちゃん……」
歪む視界に吐き気がしそうになりつつも堪え、セレスは呟くように話し掛ける。すると椿は口だけを小さく動かして、他の部位は微動だにせず言うのだった。
「しんで」
中々強烈な一言である。しかも、それが初対面の相手に対する第一声とは唐突すぎる。一体なんの恨みがあるのかと、流石のセレスでも疑問を抱きたくなってしまう。実際、恨みは全くなかったのだが。
「なぎ、いった」舌ったらずな言い方で椿は言う。「しろくろ、ころす」
しろくろ? とセレスは一回首をかしげてから、自分のことを言われているのだと理解した。確かに白黒だ。髪の色が白と黒のグラデーションを描いているのだから。
その前に、椿が発した『なぎ』の方に反応すべきだったと思うが。
梛。
一日前にセレスとチェルカに椿の捜索を依頼し、チェルカとは行動を共にした、あの糸目の変態チックな男である。それが、翌日になったら突然セレスを殺すと言い出している。その異常性に気付くべきだった。
「しろくろ、つかまえる」
椿は尚も続ける。構えは解かず、セレスをじっと見つめたままで。きっとセレスが少しでも動きを見せたらそのナイフを投げて、宣言通り殺して捕まえに来るのだろう。セレスは不老不死だ。多少やり過ぎたって全く問題はないし、死んでから生き返るまでの間に隙が生じるはずだと考えたのだろう。セレスは今まで殺される経験をしたことがないため、その予想通り生き返ることができるのかは定かではないが。
「なぎ、よろこぶ」
だから、と言って椿は地を蹴った。特に速いわけでもない。消えたように見えるほど唐突だったわけでもない。なのに、それなのにセレスはその動きに対する反応が遅れた。
目が追い付かなかったとも言えるし、身体が動かなかったとも言える。左腕に受けた毒ナイフの影響だ。
どうやら、恐らくセレスを相手にするなら多少強すぎる毒を使ったって足りないくらいだろうと考えた梛が、とびっきり凶悪なものを寄越したらしい。神経に作用する毒のようで、回れば回るほど身体の自由が効かなくなる。筋肉を動かせなくなるようだ。きっと、全身を巡った頃には心臓が動かせなくなり死に至るだろう。殺す気満々である。しかも即効性があると来た。セレスの左腕は、もう痺れを感じるばかりで全く力が入らなくなっていた。
そんな状況では椿の動きに反応できるわけもなく、ぐらぐらと揺れ歪む視界は椿を追うことを許さず、あっさりと二発目、三発目のナイフを身体に刺されてしまう。
一本は右の太もも。一本は下腹部やや左。
「うっ、あ……ッ」
鋭くて、痺れるような痛みに耐えることはできず、セレスは膝から崩れ落ちた。腹にナイフが刺さっているためなんとかうつ伏せに倒れてしまうことは避けられたが、ここから立てるかと聞かれれば微妙なところだった。いくら不老不死とはいえ、いくら右手をナイフが貫いたときに反応が薄かったとはいえ、痛みに強いわけではない。むしろ、強いが故に痛みには弱かった。痛み与えられる前に相手を倒してしまうのだ。耐性などつくわけがない。
そんな様子のセレスを見て、ずっと無表情だった椿がほんの少しだけ笑みを漏らす。それは天使のような微笑みだったが、状況が状況なだけに悪魔のようにしか見えなかった。
「よかった」
椿は言う。きっと梛に褒めてもらう未来を想像しているのだろう。セレスはそんな椿をキッと睨むが、他に何かをすることは出来ない。むしろ、睨むことが出来ただけよかったと言えよう。
「ばいばい」
そして椿は握ったナイフを振り上げ、セレスの心臓めがけて降り下ろす。その小ささでは心臓に到達するかどうか怪しいが、毒を回すと言うことを考えれば十分だろう。抵抗の出来ないセレスは死への覚悟を決めるしかなかった。
ナイフが心臓に近付く。
セレスは思わず目を瞑った。
しかし、いくら覚悟を決めて待ったところで衝撃が来ることはなく、ナイフが刺さった感覚もなかった。
もしかして、もう一度死んでしまって生き返ったのだろうか? その間にナイフが刺さったから何も感じなかったのだろうか?
何て考えてみるが、そうではない。恐る恐る目を開けてみれば、椿がナイフを降り下ろす姿勢のまま固まっていた。そしてその後ろには、椿の肩に手を置いたチェルカが、若干安堵した様子で立っていた。
「間に合ってよかった」




