01
夏の町を離れて数時間。セレスとチェルカが乗った飛行船は海の上を飛んでいた。
「へぇ、『魔女の森』なんてのがあるんだねぇ……知らなかったよ」
「んー、私もなんとなく噂で聞いただけだけど、目星はつけてたんだよ。大陸どころか海を跨がなきゃ行けないから諦めてたんだけど……」
「ああ、飛行船があるから行けるって思ったわけね」
チェルカの言葉にセレスはこっくりと頷いた。
セレスが言ってた通り、魔女の森は数時間前までいた夏の町から広大な海を跨いだ先の大陸にある。しかも噂によれば、その大陸の山間部に位置しているらしい。これからかなりの長旅になることは覚悟しなければ無さそうだった。
「まあ、何回かどっかの町に寄らないと燃料とか食糧とか困るから、ずっと飛行船ってことは無いんだけどね」
長旅と聞いて露骨に嫌そうな顔をしたセレスに、チェルカは苦笑しつつ言った。それだけで、幾らかセレスの表情が和らいだので案外単純だ。
「でも、暫くは船だからゆっくり休んでおきなよ? まだ体調は良くなってないんだろう?」
沈み込むようにソファに座ったセレスにチェルカはそう忠告した。セレスの目の前にはお手製のミックスジュースがあり、こまめな水分補給も促している。熱中症にやられて未だ回復していないセレスへチェルカが作ったのだ。
本当はチェルカはまだセレスを町で休ませたかったのだが、セレスの強い希望で出ていくことになった。なんでも、暑いからさっさと涼しいところに行きたかったのだとか。
あまりにもセレスが駄々をこねるので、チェルカは仕方なく、極力動かないことと、水分補給をしっかりとすることと、多少チェルカが口煩くなっても素直に従うことを条件に町を出たのだった。最早関係が親子である。
「前から気になってたけど操縦はいいの?」
キッチンスペースに移動しようとしはじめたチェルカにセレスは気になったことを素直に訊く。
「ああ、大丈夫だよ。自動操縦にしてあるから」
「でもそれって完全に目を離していいわけじゃないんでしょ?」
「いいんだよ。困ったときは時間を巻き戻せばいいのさ」
反則技を堂々と宣言するチェルカ。時間という概念が操作できてしまうと、こういった危機管理能力がひどく落ちてしまうらしい。
「まあ、君が怪我しないようにはするけどね」
そう言ってチェルカはキッチンスペースに消えていく。気障なやつだ。
そのチェルカの言葉で、フィカイアの言葉を思いだし、セレスが若干顔を赤らめたなんてことは本人たちは知らない。そう、セレス自身も気付いてはいない。
チェルカがいなくなって暫くすると、セレスの中でゆっくりと眠気が込み上げてきた。セレスはそれに身を任せ、目を瞑り更にソファに沈み込む。
やがて、意識は心地いい闇の中へ消えていった。
そんなセレスの眠りを妨げたのは、何かが激しくぶつかったような大きな音と、船がひっくり返るのではないかと思えるほどの大きな揺れだった。
「……いたい」
揺れのせいでソファから転げ落ち、全身を強打したセレスが不機嫌な声をあげた。操縦ミスだろうか。それとも自動にして放置していたからだろうか。なんにせよチェルカがやらかしたのか。何て勝手に想像を膨らませ、セレスは今何処にいるのか分からないチェルカに恨みをぶつける。
すると、セレスの恨みが届いたのかどうかは知らないが、船内スピーカーからチェルカの声が聞こえてきた。だが、その声は想像以上に緊迫している。
『セレス! 申し訳無いんだけど操縦室まで来てほしいんだ! 操縦を変わってほしい!!』
叫ぶように言って、スピーカーは一方的に切られる。セレスに拒否権があるだとかないだとか、そういう次元の事ではないようだ。それを察知したセレスは即座に操縦室へ向かう。
「何?」
不機嫌な声は戻らない。だがそんなことを気にするような余裕はなさそうで、チェルカはセレスを見るなり操縦を任せると入れ替わるように操縦室の出口へ向かいながら言った。
「敵襲だ! 何回か巻き戻ってみたけど回避できない! 操縦頼んだよ!」
セレスの言葉を待たずにチェルカは消えていく。襲撃程度でチェルカが巻き戻ったということは、相当な相手らしい。再び船内が揺れた。
仕方なく言われた通りレバーを握り外を見てみると、そこにはドラゴンに乗った猛獣使いや、杖に跨がり飛ぶ魔法使い、道具なしに飛べる者など様々な人がいて、この飛行船をよってたかって襲っていた。
その数は、チェルカ一人でどうこうできるものではなかった。
もっと言えば、セレスとチェルカの二人でもどうにか出来るか微妙な数だったと思う。




