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髪を指差して宝石と言われたら一つしかない。一部分だけみつあみにされた束を固定しているこの正体不明の髪留めだ。しかし、教えてほしいと言われても答えようがない。この髪留めだけには記憶と言うものが一切なく、これをいつから身に付けているのか等、セレス自身も記憶にないのだから。そして、それはセレスの記憶を強制的に読まされたフィカイアも知っているはずだ。
「ああ……やっぱり無いんじゃな。一気に全部を見せられたから、私が見落としてしまっているのかと思ったのじゃ」
セレスの疑問にフィカイアはそう答えた。確かに、殴られまいとしたあの一瞬のうちにセレスとセレスの持ち物の記憶を全てを流したのだ。見落としがあっても何ら不思議ではない。むしろ、何かを見落としていてくれないと、その処理能力に一種の恐怖を抱くことになる。
「ふむ……セレスすら知らない、謎の髪留めのう……知的好奇心がくすぐられるのじゃ」
髪留めをまじまじと見て、心底楽しそうに言うフィカイア。「こういうの好きなの?」とセレスが尋ねると、「嵌められた宝石に興味があるのじゃ」という答えが返ってきた。確かに、フィカイアは髪留めについてではなく宝石について訊いている。
「……宝石、詳しいの?」
「詳しいってほどでもないが……まあ、そんな感じなのじゃ。私には本体があるっていうことは気づいてるじゃろ?」
口角を上げ、やや意地の悪い笑みを浮かべながらフィカイアは言った。そしてセレスの返事を待たずに続ける。
「その私の本体がいる場所が、宝石に詳しくなれる場所なのじゃよ。まあ、好きだからいるのじゃがな……ふむ、決めたのじゃ」
髪留めから顔を離すとフィカイアはセレスを指差し言った。
「今度、二人で私がいるところに来ればいいのじゃ。そのときまでに私はその宝石と髪留めの正体についてある程度調べておくから、よいじゃろ?」
「よいじゃろ? って……調べてくれるのは、嬉しいけど……」
「けど、何じゃ?」
記憶を見れないことを酷く不安に思いながらセレスはフィカイアに手を伸ばした。当然ながら、その手はフィカイアに触れることはできない。
「……どうして、そこまでしてくれるのかなって」
正体不明のものを調べてくれると言うのはありがたい話だ。しかし、それはセレスにとっては得な話だが、フィカイアにはなんの得もない。むしろ、時間だけが浪費されていく。
「んー、一つは単純な知的好奇心なのじゃ。調べたいから調べる。セレスとかは関係なしに、そういうことなのじゃ」
若干の罪悪感に苛まれ始めているセレスに、フィカイアは笑顔で言った。
「一つってことは他にもあるの?」
「まあ、あるのじゃ。そっちは私の下心じゃな。こういう約束を取り付けておけば、またセレスに会えるじゃろ?」
照れ臭そうにフィカイアは笑った。そう、彼女はただ単にここでセレスと別れるのが寂しかっただけなのだ。おまけに二人は今、世界を旅している。もう二度と会えない可能性だってあるのだ。ならば、保険を掛けておこう。二度と会えないなんてことが無くなるように、会う約束をしてしまえばいい。フィカイアはそう考えた。
「それでも私に対して悪いと感じるのなら、次会ったときに一つだけお願いでもしようかの」
それでも表情が晴れないセレスに、フィカイアはだめ押しするように悪戯っぽく笑って言うのだった。
ここまで言われるとセレスも折れないわけにはいかず、つられて笑う。
「私が出来る範囲のことならいいよ」
「なら何いっても大丈夫じゃな。セレスだけで出来なくても、二人いればなんとかなるじゃろ?」
あくまでも茶化すように、セレスとチェルカの仲をからかうように、フィカイアは言う。その意図に気付くと、セレスは耳まで赤くして大きな声で否定するのだった。
「だから、違うんだよ!」
ここまで必死だと逆に怪しくなるということに彼女は気づいてない。もしかして、本当にチェルカに気があるのでは? なんてフィカイアに想われてしまっても仕方のないことである。
逆に、こんな話題になっても口を挟まず、顔色ひとつ変えずに二人の会話を楽しそうに聴いていたチェルカは流石と言えよう。
それから、夜が明け二人が町を出発するときまで、他愛のない下らない雑談は続いた。
別れの時も三人は笑顔で、リオのときに感じた辛さは何処にもなかった。それは、相手に自分の記憶が残ったままだからということもあるのかもしれない。




