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もう一度赤い着物の少女を探さなければならないと思うと、先程まで忘れられていた暑さがさらに強く感じられるようになった。ジリジリと肌を焼く感覚がして、頭は脳が沸騰してしまいそうなほど熱い。ぐらぐらと視界が揺れるような感覚さえ覚えた。
セレスはそんな感覚を忘れるよう、若干自分の記憶を操作しつつ立ち上がる。記憶というのは便利なもので、体が覚える不調を忘れてしまえばどうということはなくなる。その後の反動が怖いこともあるが、暑さ程度では放っておけば直ぐ良くなるだろう。セレスはそう判断した。
「フィカイア」気持ちを入れ換えてセレスは言う。「もうちょっとだけ付き合って」
「分かったのじゃ」
それに対しフィカイアは、仕方ないといった風に承諾した。椿が見つかるまで、どこまでも付き合うつもりのようだ。
そうと決まれば即行動だ。セレスは二、三回その場で軽く跳び勢いをつけると、一気に沈み込み目の前の三階の建物の屋根まで跳んだ。まずは高いところで視界を広げる。さて、次はどうやって着物の少女を探そうか。なんて考えていると、一人の幽霊が突然フィカイアの横に現れた。見覚えがある。先程まで誘拐犯を捕まえるのを手伝ってくれていた幽霊の一人だろう。
幽霊はフィカイアに何かを言うと、直ぐに消えてしまった。その幽霊はフィカイア程存在が強くないためか、セレスにはその声が聞こえない。
「何かあったの?」
気になって訊ねてみると、フィカイアは緊迫した表情で叫ぶように言った。
「大変なのじゃ! 多分、セレスが探してる少女が見つかったのじゃ!」
「本当に!?」
少女が見つかったというのは朗報だ。ただ、それだけでそんな緊迫した表情を見せられるのは訳がわからない。なにか良くないことでも起きているのだろうか。なんて嫌な予感がしつつさらに訊ねる。
「ちなみに、どこで?」
「あっちの時計塔の方なのじゃ! ……ただ」
「ただ?」
「その女の子、怪しい三人組と一緒にいて、眠らされた状態で抱き抱えられてるみたいなのじゃ!」
それを聴いた瞬間、セレスの身体は動き出していた。目指すのは勿論、フィカイアが指差していた先にある時計塔だ。
誘拐犯の家から時計塔までの距離はおよそ六キロメートル程と中々離れている。モタモタしていれば少女をつれた三人組は直ぐにいなくなってしまうだろう。間に合わなくなる前に、たどり着かなければならない。そう考えると、自分のスカートが激しく捲り上がってしまうことを気にしている余裕もなく、セレスは最高速度で屋根の上を駆け抜けていくのだった。
「一応足止め使用とはしているみたいなのじゃが、全く歯が立たないみたいなのじゃ! 退魔の攻撃が出来るみたいで……」
「わかった! 無理はしないように伝えて!」
急ぐから、と状況を伝えてくれたフィカイアに叫んで、セレスはさらにスピードを上げた。もっと速く。もっと。飛ぶように。
人という動く障害物が無い分、地上で走るよりも速く動けているような気がした。こんなに本気を出して走ったのはいつぶりだろうか、なんて思ってしまうほどだ。
「セレス! そこの緑の屋根の下なのじゃ!」
「分かった!」
フィカイアが指す緑の屋根に足がかかると、セレスはそこで踏み切り、今まで走っていた勢いをさらに重力で加速させながら飛び降りた。
空中で抱き抱えられた赤い着物を見つけると、その目の前に着地できるよう空中で体を捻り位置を調整する。
着地すると、足の踏ん張りだけでは今までの勢いを殺しきることはできず、着地したままの姿勢で幾らか滑った。しかし、着物の少女と怪しい三人組の目の前に現れることはできた。さあ、あとは相手が驚いている隙に少女を奪還するだけだ。セレスは顔を上げた。
「…………え?」
そして相手の顔を見るなりセレスの顔はポカンとした間抜け面になった。
虹色というなんとも悪趣味な髪色をした青年。これでもかというほど色気を放つ、紫髪の女。艶やかな黒髪と和服に身を包んだ糸目の青年。その青年に抱き抱えられた赤い着物に首輪、更に手錠足枷をつけた少女。
少女を誘拐しようとしている怪しい三人組は、なんということだろうか、身内だったのだ。
「びっくりした……なんで上から君が降ってくるんだい? 君を探してたから丁度良かったんだけどさ」
戸惑った様子のチェルカが、セレスに話し掛ける。戸惑いたいのはこちらだ、と悪態をつきたいが、セレスはそれをグッとこらえる。
「……椿ちゃん、見つかったの?」
「ん? ああ、うん。笑っちゃうよね。この子、噴水の側にある木の上で寝てたんだよ。見つからないわけだ」
ヘラっと笑ってチェルカは言う。聞いてみれば、椿は直ぐに見つかって、それからはずっとセレスを探していたそうだ。誘拐犯を退治してまで町中を駆け巡ったセレスの苦労はなんだったのだという話である。
「は、はは……」
そんな、バカみたいな話にセレスは力無く笑う。と、同時に全身の力が抜け、視界がぐらりと歪んだ。
そのまま、静かにセレスの身体は地面に倒れる。
「ッ!? セレス!?」
一拍おいてチェルカが叫ぶ。しかしセレスの反応はない。駆け寄ってみると、セレスが意識を失っていることがわかった。ついでに、その身体が驚くほど熱いことに。
「……ッ、だから水分補給はしとけって言ったのに!」
忌々しく舌打ちをしてチェルカはセレスを抱き上げた。
そう。この炎天下の中、水分補給もなしに激しく動き回った結果、セレスは熱中症になってしまったのだった。




