06
近くの壁にぶち当たるほどの威力を受け、既に暑さでやられていたセレスの脳は衝撃にぐらぐらと揺れた。同時に視界も揺れ、ただでさえ認識しづらかった幽霊少女の姿が更に分からなくなった。
そしてそれは大きな隙となり、今度は頭に重い一撃を受ける。
「うがッ……!?」
その威力はセレスの後ろにあった壁を破壊するほどのもので、セレスは一瞬自分の頭が消し飛ばされたような錯覚を抱いた。
こんなに派手な攻撃を受けたのはいつぶりだろうか。背後の壁という支えを失い、勢いに負けそのまま倒れながらセレスはそんなことを思った。ダメージのあまり体はうまく動かない。もっとも、動いたとしても相手に物理攻撃が全く効かないのだから同じことだっただろうが。
自分の攻撃はおろか、触れることすら出来ないのに、相手は物理攻撃を仕掛けてくるとは何事か。
今まで、敵はすべて数百年という単位で培ってきた筋力と勘を使って肉弾戦で対応してきていたため、触れられない相手というのは厄介なことこの上無かった。
「ッ!! ……、あんまり使いたくないんだけど……ッ」
再び頭を狙ってきた相手の見えない攻撃をなんとか勘で横に転がり避けると、仰向けになった瞬間に地面に手をついて腕力だけで下半身を持ち上げ、その勢いで両足の蹴りを喰らわせるようにしながらセレスは立ち上がった。勿論、相手に足が当たるわけもなく、スムーズに立ち上がることができたのだが。
さっきまで自分がいたところが相手の攻撃により砕かれているのを見てゾッとしつつ、セレスは右手の指輪を撫でた。この中にはチェルカに貰ったばかりの記憶がある。こんなところで無駄遣いをしたくはなかったが、やるしかなさそうだ。
「――まあ、これ使う前にそっちの記憶を使っちゃえばいいんだけど!」
そう言ってセレスは少女に向かって手を伸ばした。今度は殴るためではない。彼女の記憶に触れるためだ。実体がない幽霊だろうがなんだろうが、そこに思念があるのなら当然の如く記憶が存在するのだ。否、思念などなくとも、存在があれば記憶は存在する。記憶はセレスにとって探すものであり、戦いの道具でもある。この世はセレスにとって武器の宝庫なのだ。
にも関わらず、セレスは少女の記憶に触れることに失敗した。最初は訳がわからなかった。何が起きたのか全く理解できず、再び彼女に殴られた。そして、倒れこんだところで理解した。
「……本体が、別の場所に……?」
肉体がどこかにあって、幽体離脱という形で彼女が存在するのか、或いは魔術で作られた人を象ったものであるのかは分からない。ただ何となくはっきりしたのは、彼女の本体は別の場所にあり、それに触れない限り彼女の記憶に触れることはできないということだ。
まさか自分の能力にこんな欠陥があったのだと思いもよらなかったセレスは若干の焦りを見せる。このまま殴られ続ければ確実に自分は気絶するだろう。いくら死なないとはいえ、それは確実にする。気絶すれば、彼女に何らかのものを取られてしまう。納得ができないまま何かを失うのはごめんだった。
「かえして」少女は言う。倒れたセレスに手を伸ばし、呪詛のように言葉を吐く。「かえして」
「……返してって、どれのことなのか分かんないんだよね」
だったら返しようがないよ。セレスはその手から繰り出される次の攻撃を覚悟しつつ、彼女をしっかりと見つめながら言った。
「あなたのものは盗ってないはずだよ」
常人であればその言葉は到底信用できるものではないが、セレスは違う。その言葉に確かな信憑性を持たせることができるし、相手を納得させることができる。
自分の記憶。自分が所持している物の記憶。その全てを相手に届ければいいだけの話だ。
「盗ってないよ」
もう一度、念を押すようにセレスは言う。これで通じなかったら仕方がない、一度諦めて相手にやられよう。何かをとられた上で、どうすればよかったのか、何が原因だったのか考察して、取り返しに行こう。そんなことを思いながら。
「……あ」
だが、セレスの行為は無駄ではなかったようだ。
少女の手はセレスの顔の目前で止まり、少女は明かに狼狽えたような表情を浮かべる。
「…………ごめん、なさい、なのじゃ…………私、勘違いを…………」
次に彼女からこぼれたのは謝罪の言葉。しかし、それよりも彼女から飛び出た、彼女には似合わない爺言葉のインパクトが強すぎて、セレスは思わず笑ってしまうのだった。
「へんな言葉遣い」




