01
飛行船での気まずい一夜が過ぎ、二人は『宝石の山』の近くにある小さな町についた。この町には特に記憶に関するものの噂などはなかったが、セレスがこの町を見たいと言ったのだ。それは、リオの記憶と関係があるかもしれないという考えから生まれた希望だったのだが、町に図書館らしいものが見当たらずセレスは落胆した。どうやらここは違うらしい。
「まあ、今日はここでゆっくりしてこうよ。たまには変わったものが食べたいだろう?」
落胆した様子のセレスにチェルカはそう声をかけた。気付けば、二人が最初に会った街を出て以来、一週間ほど飛行船以外でものを食べていないのだ。飛行船でのみの食事というと、チェルカが作れるものに限られてしまうのでレパートリーが少なかった。そのため、セレスが自分で料理をしようなんて考えていたのだ。ここで、店の料理を食べることはいい気分転換にもなるだろう。『食べる』ということは、想像以上に大切なことだ。
そんなチェルカの意図を知ってか知らずか、セレスは素直に頷き、チェルカと共に町を探索することにした。
そして数十分後、二人は小さな町で完全に迷子になっていた。小さな町と侮っていたのが原因かもしれない。想像以上に町の内部は入り組んで複雑になっており、見た目よりも広く感じられた。そんな中を初見で適当に歩き回っていたら、迷ってしまうのも仕方ないと言えば仕方ないのだろう。気付いたときには食堂や宿はおろか、飛行船を停めてある町の入り口すら分からなくなっていた。
「……来た道覚えてるかい?」
「私が覚えてるはずがないよ……」
「……だよね」
チェルカは小さく笑った。この町に入ってから、町の景観が珍しかったのかセレスはずっと子供のようにキョロキョロとあちこちを見ていたのだ。道など覚えているはずがない。
「仕方ないね。ちょっと勇気がいるけどあの人に訊いてみようか」
そう言ってチェルカはため息をつくと、前方に見えていた女性に向かって歩き出した。
別に、チェルカが『勇気がいる』と言ったのは、相手が女性だからではない。その女性がとても美人だったから、というわけでもない。その女性の格好が問題だった。
彼女が身に纏っているのは黒のコルセットドレス。肩や胸元が露出したセクシーなデザインのもので、彼女の豊満な胸がこれでもかと言うほど強調されていた。スカートは短く、揺れる度に太もものガーターベルトが顔を除かせている。肌が白いせいで、ガーターベルトがかなり目立っていた。
紫色の髪は肩の辺りで緩くカールしている。前髪は長く、左目が隠れていた。見えている方の瞳は宝石のような紫色の光を放っていて、猫のような目はニヤニヤと相手を挑発しているようにも見えた。
こんな彼女に気軽に話し掛けられるとは、どんな精神の持ち主だろうか。余程女慣れしていると言うべきなのか。生憎、チェルカはそこまで達観していなかった。
「あー、あの、すみません」
しかし彼女以外に人は見つからないのでチェルカは諦めて話しかけにいく。すると紫色の瞳が真っ直ぐにこちらを見てきて、一瞬度きりとした。
「何か用かしら?」
「用って程じゃ無いんだけど……この町の中心部にいく道を知りたいんだ」
「あら、迷子なのね」
カラカラと彼女は笑った。一瞬で見抜かれてしまうとどこか恥ずかしい。もっとも、迷子になった時点で十二分に恥ずかしいのだが。
「いいわよ、案内してあげる」そんなチェルカの心情など知るはずもない彼女は魅惑的に微笑んで言った。「ちょうど私もそっちへ行きたかったから」




