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全ての記憶が流れ終えると、セレスは現実に引き戻された。そこには未だ尚不思議な色を放つ宝玉と、不思議そうな顔でセレスを見るリオとチェルカがいた。
「んーと、はい、セレス。これあげるよー」
戸惑いながらもリオが手に握った小さな水晶をセレスに手渡してくる。これは? と訊くと、リオはやや恥ずかしそうにこういった。
「セレスはチェルカと旅するんでしょー? そしたらリオとはここでお別れだけど、これ持ってたらリオのこと忘れないでくれるかなーって。うん、お守りだよー」
「……そっか。ありがとう」
セレスが礼を言うと、リオは恥ずかしそうにしたままへにゃりと笑った。その笑顔が、さっきまで見ていた宝玉の記憶のなかにいた少年と完全に一致し、セレスの身体は思わず強ばる。そして、気付いてしまった。
「……うん。リオのこと、忘れないよ」
身体の緊張が解けると、悲しそうにセレスは言った。そのあとに小さく「リオが忘れちゃってもね」なんて付け加えたのはリオは知らない。知る前に、意識を飛ばされてしまったからだ。
意識を失い、倒れていくリオに背を向けてセレスは歩き出してしまう。宝玉は元の場所にしっかり戻して、持っていくつもりはないらしい。無言のまま、出口を目指して真っ直ぐに進んでいった。その手にはリオからもらった水晶がしっかりと握られている。
その徐々に小さくなっていく背中を、チェルカはリオを気にしつつ追いかけることにした。このままセレスを行かせてしまうと、セレスが居なくなってしまうような気がしたからだ。追い付いたところでセレスは立ち止まらないのだが、見えるところにいる分、まだ安心感がある。
結局二人は、洞窟を出るまで無言のまま来た道を戻り続け、洞窟には意識を失ったリオが一人残された。
「ねえ、いい加減説明してもらおうか。君、リオ君の記憶を奪ったよね? もう奪わないって約束したのに」
飛行船まで戻ったところで、チェルカは今だ口を開かないセレスに厳しい口調で言った。セレスは振り向かない。チェルカに背を向けたまま小さい声で「だって……」と言った。
「……あの子、元々は人間だったよ」
その一言に一瞬チェルカがとても怖い顔をしたのだが、背を向けているセレスはそれを知らない。セレスはそのまま続けた。
「……あの宝玉は、リオの記憶が入ってた。まだ、思い出すべきじゃない記憶で……多分、私たちの記憶が残ってたらリオは宝玉に触っちゃう」
宝玉に触れれば、きっとあの記憶はリオのもとへ戻るだろう。真実を思い出してしまったとき、リオはその絶望感に耐えられるだろうか? セレスは、それを知りたくなかった。だから奪って先伸ばしにしたのだ。よくも悪くも素直な子だから、きっと今日のことを知らなければ、『触ってはいけない』という言葉を守り続ける。そう信じて。
「記憶を奪ったのは悪いことだと思ってるよ。だから、私は記憶の中にあった女の子を探そうと思う。それが多分、この記憶の対価になるから」
そう言ってセレスはリオにもらった水晶を強く握りしめ、振り返った。「ねえ、チェルカ」
チェルカには、自分が意識を失っていた間に二人がどんな会話をしていたのか分からない。だが、相当親しくなったのは確かなようであった。
「別れるって、辛いね」
セレスの顔は今にも泣きそうだった。決して涙は出てこないのだけれど。




