09
宝玉があるのは洞窟の最深部ということで、三人は水晶の洞窟をひたすら奥へ進んだ。ただし、ここは整備も何もなされていない自然のままの洞窟。その道のりが険しくないわけがない。途中、三人は幾つもの壁を登ったり降りたり、或いは川を渡ったり、五メートル以上離れた岸から岸へ跳んだりして進んだのだった。これだけのことをしておきながら、三人は大して苦労したわけでもないのだが。
「あれだよー」
リオがそう言って指差した先には、岩の窪みにポツンと置かれた不思議な色の宝玉があった。青とも黄とも赤とも緑とも黒とも白ともとれるその宝玉は、決して虹色というわけではない。決して様々な色が混ざっているわけではないのだが、どの色ともハッキリしない曖昧なものだった。
「リオはさわっちゃダメって言われてるから持ってこないけどー、セレスなら見てきていいよー。あれの記憶を見るんでしょー?」
セレスの能力について色々と訊き、把握していたリオが笑顔でそう言った。チェルカが眠っている間に二人は大分仲が良くなったようである。
「ありがとう、リオ」セレスは礼を言うと、その不思議な宝玉に近付き、そっと手を触れた。それから宝玉に意識を集中させ、宝玉の過去を、記憶を辿っていく。この宝玉は今まで誰と出会ってきたのか。どんな場所を訪れたのか。何がきっかけで生まれたのか。
記憶を読むとき、セレスは海の中へ潜っていくようなイメージを持っている。深く、深く潜り、その先の底に見えるものが自分が探しているもの。そう思っている。そして、いつもならその底は簡単に見えてくるのだった。
しかし、今回はどうやらそうはいかない。どれだけ潜っても海の底が見えてくる気配はない。暗い海をさ迷っているような感覚を覚えた。
それが一定のラインを越えると、事態は急変した。
初めは奇妙な違和感だった。自分が辿っているはずなのに、いつの間にかこの宝玉に引きずり込まれるような感覚があった。セレスはこれを気のせいだと判断して無視しようとしたのだが、残念ながらそうではなかった。そして、気付いたときにはもう遅い。まずい、と思って引き返そうとしたがそうもいかず、セレスは宝玉の記憶の中へ飲み飲まれていったのだった。
◆
あるとき、一人の少年は、大好きな少女と共にこの洞窟を見つけた。彼らは洞窟の中に入るなり、水晶で埋め尽くされた光景に魅了された。そして、この光景が失われないよう守っていくことを決意した。
しかし、子ども二人が見つけられるような場所だ。当時は今ほどこの場所へ来るのに苦労しない地形であったことも関係し、大人たちもすぐにこの場所を見つけてしまったのだった。
二人とは違い、大人たちはこの洞窟を直ぐに金儲けの道具として考え始めた。この洞窟は金の成る洞窟だと喜んでいた。
二人は当然嫌がり、水晶を採ることを激しく拒んだが子どもの力ではどうしようもなかった。大人につかみかかったところで、力負けして地面に叩きつけられるのがオチだった。
そんなとき、負けて、どうしようもなくなって、諦めざるを得なくなった時の少女の涙が強烈に印象に残ってしまい、少年は一つの決意をした。曰く、力がほしい、と。
少年は図書館にある禁書に手を出した。その中から最も簡単に力を得る方法を見つけ出し、少年は即座に実行した。例え、自分が人間では無くなってしまったとしても、少女の涙を見ることがなくなれば、笑顔を見ることができれば、それでいいと考えていた。
そして少年は獣人になった。とてつもない力を手に入れ、洞窟に群がる大人たちを一掃することが出来た。地面を砕き、今のような険しい道のりを作ったのも彼の仕業だ。
だが、少年は少女の笑顔を見ることは出来なかった。
少年が獣人になった一方で、少女も禁書に手を伸ばしていた。禁書に手を伸ばしてしまっても、少年のように成功していれば良かったのだが、少女はそうもいかなかった。完全に失敗したわけでもないのだが、成功とも言えない形で終わってしまったのだ。結果、少女の魂は肉体と分離してしまい、少女の肉体が動くことはなくなった。
洞窟を守ることはできても、少女を守ることは出来なかった。少年はその事実に深く絶望した。しかし、洞窟は守り続けなければならない。少年はそう感じていた。
少女がいつか帰ってくる。その日をどこかで信じて。




