05
派手に吹っ飛ばされたチェルカは洞窟の向かい側にあった岩壁に全身を強打し崩れるように地面に落ちた。一瞬何が起きたのか理解できずキョトンとした顔をしているが、次第に痛みがやって来たらしく顔を歪ませる。
「なんか、いる」
「分かってるよ」
咳き込みながら吐いたチェルカの言葉にセレスは当たり前だと言わんばかりに即答した。その目は何かがいるぐらい分かっている。むしろ、何もいないのにこんなに派手に後ろに飛んできたらお前の正気を疑いそうだと語っている。心が折れそうなほど冷たい視線だ。
それなりに強いはず(ちゃんと戦っていないため分からないが)のチェルカに防御もさせず、一撃で吹っ飛ばしたのだ。出てくるものは相当な強敵であると判断したセレスは、何時でも相手に反応できるよう少し腰を落として拳を構えつつ、洞窟の中から聞こえてくる足音を待った。
足音はのんびりと近付いてくる。洞窟の中が暗く、外が明るいせいで何が近づいてくるのかは全く分からない。こちらにあるのは音の情報だけだ。
ーーと、ここで足音が突然何かを蹴るような音と共に消えた。
それが相手が地を蹴りこちらに接近してきた音だと判断したセレスは、相手の動きを予測し、その道筋に肘を置く。
「ふっ、ぐ!?」
予測は見事的中し、相手はセレスの肘に直撃しセルフエルボーを食らうことになる。完全に隙をついた。セレスはこの瞬間を逃すまいと、エルボーを喰らい呻いている筈の相手へ追撃を加えようと飛び掛かる。すると、なんと相手から拳がつき出されたのでセレスはほぼ反射的にそれを右手で受け止めた。
その右手には包帯が巻かれている。そう、チンピラにナイフを刺された方の手だ。
「っ! た、いッ」
どうやらうっかり刺されたことを忘れてしまっていたらしい。そんなうっかりがあってたまるかといったところだろうが、忘れていたらしいことは事実だ。予想外の痛みが脳まで駆け巡り、セレスは思わず叫んだ。そしてガクンと力が抜ける。
この隙はまずい。セレスは緩んでしまった力を無駄と思いながら再び込めつつ、恐らくこの隙に襲い来るであろう相手の軽くはない一撃を覚悟した。が、何時になってもその一撃はやってこない。
「…………なんで、止まってるの?」
「こっちが聞きたいよー」
見れば相手は拳を構え、今にもセレスに殴りかかってきそうな中途半端な姿勢で固まってしまっていた。本人は頑張ってその腕を動かそうとしているようだが、残念なことにピクリとも動かない。
「はー、間に合ってよかった。全く、血の気が多すぎるんだよね。大人しく平和に俺らと会話するつもりはないのかな? 獣人君」
後ろからそんな声が聞こえる。見てみれば、岩壁を背もたれに、怠そうに地面に座ったままのチェルカがこちらに右腕を向けていた。
「ああ、言っとくけど君の両手両足全部に時間固定をかけさせてもらったから、そこが時空を越えない限り絶対に動かないよ。これを破れる奴は今んとこ見たことないね」
チェルカはニヤリと意地悪そうに笑って言った。そんなことを言われてしまえば大人しく降伏するしかない。現に少年の両手両足は全く動かせないのだ。
少年は渋々といった風に頷いた。
黒い髪。その無造作ヘアーからぴょこりと生えた三角形の耳。耳の内側は白いが、それ以外は髪と同じく黒い毛で覆われている。
服は半ズボンと半袖パーカーしか着ておらず、パーカーはただ羽織ってるといっただけの状態で前が全開なので、適度に鍛えられた上半身が露出していた。お陰で顔からへその辺りにかけて、左半分だけ施された刺青がよく目立つ。
膝から下、肘から先は耳と同じく黒い毛で覆われており、同じく黒い毛ででき上がった尻尾が後ろから飛び出ている。それは彼が人間ではなく獣人と呼ばれる種族であることを大いに主張していた。
顔立ちはまだあどけなさが残り、下睫毛が長いため目元だけ見れば女の子のようだ。しかし、それらは全て左側に施された禍々しい刺青によって打ち消されてしまっている。
これが、外見だけの少年の印象全てだ。
「んーと、リオはリオ・アンクロームだよー。水晶を取りに来る悪者をぶっ潰すんだー」
名前を訪ねると、少年は元気よくそう答えた。その笑顔は純粋無垢そのものだったが、その強さを身をもって知らされた二人には、逆に恐怖を感じさせる笑顔だった。




