03
自分めがけて突進してくるチンピラたちを、セレスは猛獣使いのように軽く流す。伸びてきた腕を、飛んできた足を、丁度手が届く位置にあった胴体を、払って崩して投げ飛ばしていく。そうやって何度も繰り返してるうちに、チンピラたちの心身がともに磨り減っていくのが見えてきた。
「あのね」チンピラたちの心が折れるまで続けるつもりらしく、手を休めることなく、セレスは怒気の孕んだ声で言う。「私、ご飯が食べたかったんだよ」
そのために作ってたのに、と嘆くと少しだけチンピラを殴る腕に力がこもった。恨みは深いらしい。
ほんの数日前までは食べることはおろか飲むことすらまともにしてこなかったというのに、不思議な話である。今の発言をチェルカが聞いたらきっとかなり上機嫌に笑うことだろう。そして、夕飯が少しだけ豪華になるだろう。
そんなことを少し想像して顔をしかめつつセレスは続ける。
「ねえ、パン食べたかったんだよ? どうしてくれるのかなー」
知らねえよ、とチンピラは心の底から叫ぼうとした。が、それすら許されず顎にセレスの掌底が飛んできた。容赦が無さすぎる。
「勝手に来たのはそっちだよー。知らないなんてことは言わせないからね」
そう言ってセレスは腰の回転を加えただけのシンプルな右ストレートを、たった今『知らない』と叫ぼうとしたチンピラの鼻っ柱に叩き込んだ。骨の折れる小気味いい音を奏でつつ、殴られた男は壁際まで吹っ飛ばされる。壁に激突してようやく止まると、チンピラはそこで後頭部を強打し、鼻から血と鼻水を垂れ流しながら動かなくなった。
「あーあ、きったない」
酷い言い様である。自分でやったことだというのに。
「で、次はどっち?」
くるりと振り返り残ったチンピラたちの方を向くと、チンピラたちはあからさまに顔を青くさせた。もう、セレスをどうこうできるなんてこれっぽっちも考えていないだろう。そんなことよりも、この場を何とかして切り抜ける方が重要だ。そんなことができる確率は恐らく雀の涙程度だが。
なんてお互いにお互いの動きを読みあっていると、どこかへ向かって飛んでいた飛行船が止まった。どうやら目的地にたどり着いたらしい。下を見てみる限り、森と虹色の岩しか見えないためどの辺が目的地なのかはさっぱりわからないが。
「お待たせ。もう突き落としても構わないよ」
どこが目的地なのか、それを知っているチェルカがそう言って中から出てきた。セレスがチンピラたちにやられるなんて心配は全くしていなかったようで、チンピラたちが怯えているという現状を目の当たりにしても驚いた様子はない。想像通りのようだ。
「突き落とす?」
「そう、この船からね。丁度軍が回ってるみたいだから、すぐに回収してくれるはずさ。君が落としてくれれば、俺はその間にあっちの船を解体してくるんだけど」
「トコトンやるんだね」
「こういう輩が大嫌いなんだよ」
和やかに、しかし内容は決して和やかではないことを二人は話す。やっとここで、チンピラ二人はとんでもないものに喧嘩を吹っ掛けてしまったのだと理解できたことだろう。そして、このあとの自分達の運命も。だがここで諦めるわけにもいかなかった。
「うわぁぁぁぁ!!」
片方が自棄になったように叫びながらセレスに向かって突進し、それをみたもう一人が反対側から遅れて突進を始める。セレスはそれをやれやれといった風にため息をつくと、跳んで衝突を避け、二人の自滅を誘った。
「あ」
空中で一回転したところで、セレスはチェルカに迫る影を見つけた。壁に頭を強打して動かなくなったチンピラだ。どうやらまだ動けたらしく、それどころかこの二人と違い何も悟っていないらしく、ナイフをチェルカに突き刺そうとしている。チェルカはそれに気づいて居ないようで、このまま放置すればきっとチンピラの持つナイフはチェルカに刺さることだろう。死ぬことは決してないだろうが、目の前で怪我をされるというのは決して気持ちのいい話ではない。
「あぶない」
チェルカの危険を察知したのがほぼ一瞬。そして次の瞬間には、セレスは下で自滅しているチンピラたちを足場にして強く蹴りだしチェルカの方へ向かって跳ぶと、手のひらを構え、チェルカを襲わんとするチンピラをナイフごと手のひらで打ち上げた。
かなり強く蹴ったらしく、足場にされた二人は飛行船から落ちていく。そしてもう一人も、二人とは逆の方から落ちていく。チェルカが船を解体するよりも早く、セレスは自分の仕事を一瞬のうちに終わらせてしまったのだった。
「あ、ありがとう……って、手!!」
チェルカはあまりの急展開についていけなかったのかキョトンとした顔で礼を言った。が、直ぐにセレスの手に気付き険しい表情を浮かべる。
「ありゃ」
「ありゃ、じゃないよ!」
セレスもチェルカに言われて初めて気付いたらしい。セレスの手はチンピラをナイフごと打ち上げたお陰で、ナイフが柄までしっかりと刺さって貫かれてしまっていたのだった。
「……凄く痛い」
手にしっかりと刺さったナイフを見つつ、これを抜くときに予想される痛みを考えたのか、セレスは少し顔を青くさせた。




