01
依頼所で飛行船を貰ってから一週間が経った。
貰った飛行船はかなりグレードが高いものだったらしく、寝室、キッチン、バスルームなどを完備していたためセレスとチェルカはかなり快適な旅を送ることができていた。
「……うわ、うわうわうわうわ、うわわわわっ」
記憶を宿すと云われる『獣人の宝玉』を持つ獣人の棲みか探すため、とある山へ向かっている最中の飛行船でセレスは悪戦苦闘していた。セレスが今立っているのはキッチンスペースで、その視線の先には何やら真っ黒な物が入ったフライパンがある。どうやら料理をしていたようだ。
「あっちゃあ……また真っ黒にしちゃったよ……」
炭と化したフライパンの中の食材を眺めつつセレスは深いため息をついた。何百年という単位で文明に触れてこなかったセレスにとって、料理というのは恐らく初めての経験である。そして、初めてでそんなに上手くいく筈がなく、失敗に失敗を重ね続けているのだった。
「うえぇ……美味しくない……」
意を決してフライパンの中身を一口食べてみるが、ゴリゴリという食感と正に炭と言った苦味が口の中に広がるばかりで他に得られるものは何もなかった。料理の腕前が成長したなんて様子もみられず、セレスは思わずしょぼくれた。
「何作ってるの?」
飛行船の操縦をオートモードに切り替え暇になったらしいチェルカが凹んでいるセレスの後ろからひょっこり顔を出した。それからフライパンの中身をつまみ、べっと舌を出してから笑い始めた。
「あっははははは! こりゃまた盛大に豪快な味を作ったね!」
「わ、笑わないでよ……」
素直に傷つくセレスである。当然の反応だ。
「数百年も文明に触れてなかったんだ。最初から一人でやるのは無理だと思うよって俺、ちゃんと忠告してあげたのにね。そんなに俺に頼るのが嫌だった?」
「嫌」
「くくく、そっか。そりゃいい」
はっきりとしたセレスの拒絶を前にしても尚笑い続けるチェルカ。それどころか逆に機嫌を良くしている。
そして、チェルカは手を洗うと腕をまくり、嫌だと拒絶されたばかりだと言うのに「包丁の使い方から教えてあげるよ」なんて言って、セレスの後ろからセレスの手を包み込むようにして包丁を握るのだった。
「嫌って言ったよ?」
完全に密着している状態なので、何時でもお前を攻撃することができるという意思を明確に発しながら、セレスはあからさまに嫌そうな顔をする。が、チェルカは涼しい顔でそれを受け流す。
「人が嫌がることをしなさいって言葉があるよね」
「それはそういう意味じゃないよ」
「意味なんて関係無いさ。そういう言葉があって、それをどう解釈するかは個人の自由さ」
「屁理屈だよ」
「そうだね、屁理屈だ」
クスクスとチェルカは楽しそうに笑った。対照的にセレスはブスッとした顔のままだ。しかし、何だかんだ言ってチェルカを離すこともできず、物理的な攻撃も加えようとせず、言葉に流されている辺り、そこまで嫌でもないのかもしれなかった。
「ところで、何を作ろうとしてたのさ」
「……パニーノ」
人参、玉ねぎ、エノキを切り終えてからチェルカが問うと、セレスは少し恥ずかしそうにしながらも素直に答えた。その回答は別に珍しいものでもなかっただろうに、何故かチェルカは意外そうな顔をして、それから困ったように苦笑を浮かべた。
「そっか、パニーノか。そりゃあ俺に言ってくれないと無理だったね」
「どういう意味?」
新しいフライパンに油を敷き、温めながら「今日は野菜炒めで勘弁してくれないかな」かんて言って、チェルカはパニーノが作れない理由を答えた。
「パン、買ってないんだよね。で、そろそろ『宝石の山』に着くから暫くパンが買えないんだよ」
流石に小麦から作るのは無理だろ? と眉を下げたチェルカを見て、セレスは今まで文明に触れてこなかったことを心の底から後悔するのだった。




