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気絶させた男を縛って一先ず依頼所に転がすと、セレスはある家を訪れた。
「こんにちは」
家の中から出てきた女性にセレスは挨拶をする。その腕の中には柔らかなオレンジ色のダリアの花束があった。
「エレナさんのお母様ですよね?」
エレナという名前に女性はピクリと反応した。そして痛みを堪えるように眉間にシワを寄せ、か細い声で「そう、ですけど……」と言う。そう、エレナとは殺された少女の名前で、今目の前にいるこの女性は少女の母親である。
「何か、御用ですか?」
娘の名前を出されたからか、母親はセレスに対し警戒心を剥き出しにして言った。そんな態度に、セレスはやや苦笑を浮かべてしまう。
「突然すみません。私は、貴方の依頼を見て此処に来ました」
「いら、い……」
「はい。エレナさんを殺し、今までのうのうと生きてきた男は捕まえて、今そのときのことをよく思い出させながら転がしてあります。あとは貴方次第です。それを伝えたくて」
セレスの言葉に母親は目を見開いた。今まで情報も何もなかったのに突然捕まえたなんて知らせが来たら当然だろう。そして、すぐに信じられないのも仕方のないことである。
「私の言葉を信じるかどうかも貴方次第です」
それから、とセレスはふわりと微笑んで持っていたダリアの花束を母親に手渡した。すると強張っていた母親の表情が若干緩む。
「……この花、娘が好きだった花なんです」
「はい、知ってます」頷いてからセレスは母親に静かに告げた。「その花束は、エレナさんから貴方へのメッセージです」
◇
母親に別れを告げると、セレスとチェルカは依頼所に向かった。まだ報酬を受け取っていないため、それらを回収しなければならない。
「娘から母親へのメッセージってどういうことか訊いてもいいかな?」
歩きながらチェルカが問う。するとセレスはどこから話したものかと少し悩み、間をおいてから口を開いた。
「記憶って人が持ってるものだけじゃなくて、物にもあるって話は何となくしたよね?」
「ああ、髪留めの話の時に」
「うん。それでね、残留思念って言えばいいのかな……たまーに、人の強い思いが物に残ることがあるんだよ。それで、今回私はそれを見つけちゃったんだよ。そりゃあ、殺されたわけだから強い思念が残るのも不思議じゃないよね。
あとは、そうだね……多分だけど、エレナさんはまだこの街の何処かに幽霊として存在してるんじゃないかな。出所は分かんないけど、どういうわけかエレナさんの記憶を辿れたんだよね」
そこまで話すと、セレスは自分が視た記憶を思い出しつつ、優しい微笑みを浮かべた。
「エレナさんの記憶、最初は殺されたことに対する怒りと憎しみと恐怖で一杯だったんだよ。それが日が経つにつれ、お母さんへの想いに変わっていった。だから、あのダリアに想いを託したんだよ」
ふうん、とチェルカは頷いてみせたがあまりセレスの話に納得していないようだった。恐らく、チェルカが花言葉に詳しかったなら最初から訊いていなかっただろう。しかし、チェルカは知らない。そしてセレスもそれ以上言うつもりは内容で、この話はここで終わった。
「ああ、そうだ報酬の話なんだけどね」話が途切れたので、そう言って改めてチェルカが切り出した。「もう頑張って稼がなくてもいいよ。飛行船、貰えたから」
「え?」
セレスは思わず聞き返した。飛行船を貰えたとは一体どういうことなのか。稼いで飛行船を買うという話では無かったのか。セレスの目は説明を訴えている。
実は、チェルカが請けたドラゴンの鱗などを持ってきてほしいという依頼は、マスターと思わしき男性(実際にあの依頼所のマスターである)が悪ふざけで作り、チェルカのように調子に乗った小僧の反応を見て楽しむためのものだった。だから達成できないことが前提に作られており、時間でも止められない限り誰にもクリアー出来なかったのだ。そして、それは今後もそのつもりだった。しかし、チェルカは時間を操れるのである。その情報を知らなかったためどうしようもないと言えばどうしようもないのだが、あのマスターはチェルカにこの依頼を見せてはならなかったのだ。
達成できないことを前提に作られた依頼であるため、その報酬も悪ふざけで構成された高額なものに設定されている。しかし誰もできない筈だったため、マスターは報酬のための金を一銭も用意してなかったのだ。なのにチェルカがドラゴンを一体持ってきてしまったため報酬が発生してしまった。さてどうするか。そこでチェルカが妥協案として報酬に飛行船を求めたのである。
当然のことながら、マスターはこの妥協案を二つ返事で受け入れた。そうでもしなければ破産の道しか待っていないのだから必然と言えば必然だ。
なんて事情をチェルカは一切セレスに説明せず、話を突然元に戻した。
「君は依頼の報酬、良かったの?」
「どういうこと?」
「あれだけの魔術を使って殺人犯を捕まえて大手柄だったのに何も貰えないんだろ? どうせだったら今、あのおっさんに頼んじゃうのもありだけど」
頼む、とは名ばかりで脅迫する気満々である。
しかしセレスにはそんな気が全くないようで、「別にいいんだよ」と言ってみせた。が、次に続いた言葉が問題だった。
「だって、こっそり貰っちゃったし」
「は?」
「あの女の子の記憶、貰っちゃった」
しれっとした顔でセレスは言う。チェルカと今後記憶は奪わないと約束したばかりだというのに、悪気というものは無いのだろうか。
「貰っちゃった記憶はもう使っちゃったし、戻せないから仕方無いよねー」
「あのさぁ……」
反省する気も無く、悪びれもせずに言うセレスにチェルカは思わず頭を抱えた。しかし呆れてものも言えないようだ。
セレスはそんなチェルカを傍目にふふっと少しだけ笑って堂々と言う。
「記憶泥棒がそう簡単に盗みをやめるわけないよ」
殺されたときの記憶なんて無くたっていいよね、と心の中で付け加えてセレスは報酬として貰った飛行船に乗り込むのだった。




