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チェルカが伝説級の速度で依頼を終わらせ戻ってきた頃、セレスは時計塔にいた。厳密に言えば、時計塔の屋根の上にいた。確かに、女性職員は時計塔であれば街を一望できると言っていたが、それは決して屋根の上に登れという意味ではなかったと思われる。
「……危ないよ?」
飛行船から時計塔の上に何かが居るなと嫌な予感がし、来てみたら案の定だったとチェルカは呆れつつ屋根の上のセレスに話し掛けた。勿論、チェルカは屋根の上に登るなんて暴挙には出ず、大人しく窓から身を乗り出して話し掛けている。窓から身を乗り出すという行為も危険ではあるのだが。しかしながら、この二人にとってみればそんな危険も無意味なことだろう。
「そこで何をするつもりなのか訊いてもいいかな?」
「ん……これから、一年前の記憶を全部視るんだよ。こうやって」
強い風が吹き、セレスの髪とスカートが靡いた。
セレスは目を閉じると両腕を軽く広げる。すると、昼間であるためあまりはっきりとは見えないが、とても小さな光の粒がポツポツと現れ始めた。
下を見てみると、街全体から光の粒が現れていて、強い風に吹かれても流されてしまうことなく、一定の速度を保ってセレスが居る時計塔へ向かってくる。それはとても幻想的な光景で、きっと夜だったらもっと綺麗だったのだろう。その分とても目立ったのかもしれないが。
この光の粒一つ一つが記憶の塊なのだとしたら、セレスは今一体どれだけ膨大な量の記憶を視ているのだろうか。光の粒は耐えることなく街中から溢れ出している。想像してみるだけでとても気が遠くなりそうで、圧倒的だ。これが何百年も一人で呪いを抱えて生きてきた少女の力である。
「みつけた」
やがてセレスは静かに言うと閉じていた目を開き、地を蹴って跳んだ。セレスがいたのは屋根の上なので厳密に言えば地を蹴ったわけではないし、そんなところで跳べば当然彼女の身体は何もない宙へ投げ出される訳なのだが、そんなことなどお構いなしである。
どうやらセレスは相当な脚力の持ち主らしく、助走もなしに飛び出した割にはかなり遠くへ跳んでいった。そして重力に従って下降していき、障害物に足が当たるところまで来るとそれをまた蹴って前へ進む。そうやってセレスは建物の屋根と空の間を駆けて、一直線にどこかを目指す。その速さも圧倒的で、まさか屋根から直接跳んでいくなんて思っても見なかったチェルカは気付いたときには追い付くのが不可能なほど取り残されてしまっていた。
「……追いかける、か」
しかし此処で取り残されてしまっては、セレスが何をみつけたのか、どうやってあの依頼を解決するのか分からないし、何のために驚異的速度で依頼を片付けてきたのかという話にもなってしまうため、ずこずこチェルカはセレスを追いかけることにした。勿論、時間を操作して。
セレスはとある家の屋根に到達すると、ふわりと地面に降り立った。そして家の前に立つと、問答無用で玄関を蹴破り、一言も断りを入れずに家の中へ入っていく。
玄関を蹴破られた不幸な家の中には一人の男がいて、ポカンとした顔で侵入してきたセレスを見ていた。状況は暫く掴めなさそうだ。
「ねえ、一応確認してあげるけど、貴方がある女の子を殺したあと一年間のうのうと過ごしてきた犯人で合ってるんだよね?」
そう言うセレスの目付きはゾッとするほど冷たい。マイナスの視線に男は思わず身を震わせた。それから我にかえって、自らを奮い立たせるためか突然どなり声をあげる。
「だ、誰だッ! テメェは!!」
「んー……?」質問に答えない男に若干の苛立ちを覚えつつセレスは答える。「記憶泥棒、でいいんじゃないかな」
そして一歩、セレスは男に近づく。その後、一拍遅れて男が一歩後ろに下がる。繰り返す。壁際に追い込まれると、男は慌てたように自分の体をまさぐり、どこかに隠していたらしい大振りのナイフを取り出した。それを見て、スッとセレスの目が細くなる。場の温度も下がったような気がした。
「貴方が、一年前に女の子を殺したんだよね?」
「だ、だったらなんだってんだ!! それがどうした!!」
「どうもしないよ。一年間こそこそしてたみたいだけど、それを終わらせるだけ」
「なにカッコつけてんだ!! テメェみたいな女にホイホイ捕まるわけねぇだろうがよォ!!」
宣戦布告といった風に指を突きつけてきたセレスに、男はナイフを持って突進してきた。明確にセレスを刺そうとしている意思が見てとれる。
「遅いよ」
セレスはそんな男の突進を避けようともせず、その場で軽く回し蹴りを披露して見せた。すると男が持っていたナイフが飛び、左の壁へ突き刺さる。
「あ、え……?」
「一年前のことをよく思い出しながら、寝てて」
一瞬何が起きたのか理解できず動きが止まった男に、セレスの追撃が容赦なく加わる。
身長の低さをカバーするためか、セレスは軽く男の頭の高さぐらいまで跳ぶと、空中で身体を捻り、回転を加えながら男の後頭部にキツい蹴りをお見舞いした。男がそれに反応できるわけもなく、セレスの足が吸い込まれるように後頭部に直撃すると、その衝撃が導くまま男は額から床に叩きつけられ、そして動かなくなった。
「ねえ」綺麗に床に着地すると、セレスはずっと影で見ていたチェルカを呼んで言った。「捕まえたから、こいつ、縛って運んでくれる?」




