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チェルカがパンナ・コッタを食べ終わると、二人は食堂を出て依頼所へと向かった。その移動までの間に、やはり二人の会話はほとんど見られない。
「高額報酬、即日払いの依頼があったら全部見せてくれない? どんな無理難題でも大抵のことだったら俺解決できるからさ」
依頼所に入ると第一声チェルカはそう言った。マスターらしき中年男性がその言葉に一瞬目を丸くしたが、どうせ粋がった若者のハッタリだと判断したのだろう。「こいつが今のところ最高難度だよ」何て言ってバカにしたように笑いながら一枚の紙をチェルカに差し出した。
「ん……? なんだ、採取依頼か。内容はドラゴンの鱗と牙と角と目玉? どんだけドラゴンが素材のものを作りたいんだよ。面倒だし丸々一体連れてきちゃった方が早いんじゃないの? 丸々持ってきちゃっていい?」
ドラゴン。
例え世界中で魔法や様々な種族が共存するのが当たり前だと認知されるようになったとしても、決して身近なものにはならない存在である。更に言えば、今チェルカとセレスが居るこの街の近くにはドラゴンが生息しているなんて情報はない。恐らく、ドラゴンが生息しているとされる場所はこの街からもっとも遠い場所へ行かなければ見つからないだろう。
それだというのに、チェルカはこんな依頼簡単だと言わんばかりに余裕たっぷりにそんな軽口を叩くのだった。いや、実際簡単なのだろう。なんせチェルカは時間を止めることができるのだ。移動手段さえどうにかなれば、時間を気にする必要はない。
「も、持ってくるのは構わねえけどよ……この依頼、明日で期限切れるぞ?」
「あー、一日か……。そうだなぁ、移動手段って自力でどうにかしなきゃならないよね?」
「どういう意味だ?」
「あー、いや、ダメだとは思うけど、飛行船とか貸してくれちゃったりしないかなーと思ってさ」
「いや、飛行船ぐらいだったら貸すぞ」
「本当に? じゃあ半日待ってよ。とってくる」
飛行船が借りられると聞いた瞬間にチェルカの顔がパアッと明るくなった。実は徒歩での移動と、移動魔法を使っての移動の二通りを考えていたのだが、どちらも魔力や体力や時間や気力を尋常じゃないくらい激しく消費するため出来ることなら選びたくないが無理だろうなと憂鬱になっていたのだ。
「え、いや、本当に請けるのか? ドラゴンだぞ?」
「請けるよ? 飛行船、貸してくれるんでしょ?」
チェルカの能力など知るはずもないマスターと思わしき男性は戸惑いの表情を見せる。展開に全くついていけていない様子だ。それもまた面白いといった風にチェルカは気にせず半ば強引に話を進めていってしまう訳なのだが。
「ドラゴンでしょ? じゃあそうだな……ついでにこれとこれもやって来るよ。倒したの全部持ってくれば依頼完了ってことにしてくれるよね」
「そ、そんなことできたらな……」
最早マスターと思わしき男性にチェルカを止めることは不可能だった。チェルカは依頼の紙を受け取ると、呆然としている男性を放置して、別の場所で真剣な表情を浮かべ何やら紙を見つめているセレスのもとへ向かった。
「何見てるんだい? 俺の方で粗方稼げるから、君はそんなに頑張らなくても良くなったんだけど」
後ろから話し掛けると、チェルカが居ると思っていなかったのかセレスの肩が一瞬跳ねた。が、セレスはそんなこと無かったように振る舞い「稼がなくていいの?」とあくまで平常心を保ち訊き返す。
「別にいいけど、どうかした?」
「この依頼請けてくる」
そう言ってセレスがチェルカにつき出したのは、一年前に娘を殺した犯人に関する情報がほしいというかなり古い依頼だった。報酬などの話は明記されておらず、あるかどうかも怪しい。
「依頼主がほとんど諦めちゃってるんだって。だから、忘れられる前にどうにかしてくる」
「どうにかって……」
「私なら出来るよ」
お金の方は任せたよ。そう言ってセレスはこの街を一望できる場所を依頼所の職員から聞くと、依頼所を飛び出していった。そしておいてけぼりを食らったチェルカだけが残される。
「……あの女の子、貴方のお連れさん?」
職員の女性がチェルカに問う。
「あの子、あの依頼を見た瞬間すごく怖い顔をしたのよ。過去に何かあったのかしらね。解決が難しい上に報酬は多分ないっていう説明もしたのに、『忘れるのも、忘れられるのも辛いから』なんて言って聞かないのよ」
そう言って女性職員は困ったように笑った。その顔はどこか嬉しそうだ。どうして嬉しそうなのかとチェルカが問うと、女性職員は困ったように眉を下げて言った。
「あの依頼は私たちも何とかしてあげたかったのよ。でも、出来なくて。私たちも諦めてたところだったのに、何も関係ないあの子が諦めてないんだもの」
その後、チェルカはマスターと思わしき男性から飛行船を借りると、ポツリと「じゃあ俺の方はさっさと終わらせるかな……」なんて不適な笑みを浮かべながら呟き依頼所を出ていった。
それから数十分。自分の能力を駆使したチェルカは、かつてない速度で依頼を全て終わらせ、伝説として語り継がれることになるのだった。




