01
日が暮れる頃、とある町を一人の少女が駆け抜けていた。
少女の髪の毛は腰までと長く、根元は黒色、毛先は銀色という不思議なグラデーションを描いた髪色をしている。また、左側のほんの一部だけ三つ編みにしているというのも大きな特徴だろう。
そんな髪だけでも十二分に目立ちそうな少女は、髪を隠そうともせず何かに追われているのか、何かから逃げている様子だ。走って逃げている訳なのだが、その速度は少女のものとは思えないほどに速い。しかし土地の利が無いらしく、追っ手を上手く撒けないでいるようだ。
やがて、少女は行き止まりに追い込まれてしまう。
「しくじったなぁ……道間違えちゃったよ」
少女は隠そうともせず忌々しげに舌打ちをして、無情にも目の前にそびえる壁に背を向ける。するとそこには三人ほどの若い男女が少女を追い詰めようと迫ってきていた。
「やっとここまで追い詰めた……! さあ、観念するのよ!」
「大人しく奪ったものを返すんだ! そうすれば俺たちは何もしないさ!」
「それって雑魚の言葉だよねー」
じりじりと追い詰められているというのに、少女は場違いなほど呑気だ。三人をまるで相手にしようともしない。相手になるとも思っていなさそうだ。
「なんかデジャヴだなー……私に学習能力がないだけ?」
少女は可愛らしく首をかしげる。一方、少女のその態度により、三人は一層怒りを煽られる。
「さっきから何ブツブツ独り言言ってやがんだ! その癖俺たちの言葉は無視かよ! なぁ!!」
「あー、うん、ごめんよ? 独り言って中々治らない癖なんだよねー。でも仕方ないと思ってほしいかな。私にとっちゃあさ、こういう時間とかって凄くどうでもいいわけなんだよー、一瞬で終わっちゃうし」
のんびりと気だるげに少女は言って三人に背を向けると、軽く地を蹴って宙を舞う。三人の頭上で一回転して見せると、真ん中に立っていた激昂した様子の男の背後に降り立ち、右手をピストルの形にして男のこめかみにあて言った。「ばぁん」
少女がそれ以外に何かをした様子はない。それなのに、男はまるで銃に撃たれたかのように倒れ、動かなくなった。しかし実際に男は撃たれたわけではないので血は流れない。代わりに、男の体からは様々な色を放つ光のようなものが流れ出ていた。
「はい、これでお仕舞い」
ね、一瞬だよ。とつまらなそうに少女は言う。男から流れ出した光は少女の右手にはめられた指輪に吸い込まれていった。
そんな圧倒的な力を目の当たりにして、残された男女は身を固くした。もしかしたら、自分たちはなんてものを相手にしてしまったのだろう、なんて後悔しているかもしれない。後悔先に立たず、だ。
「そんなに怖がらなくてもいいよ。ただ、ごめんよ、これは私のルールなんだよ。バレたら奪う。見られても奪う。深入りされたら勿論奪う。……奪うって言うのはなんか響きがよくないね……貰うって言い換えようか?」
少女は少女らしい無邪気な笑みを浮かべている。しかし、かえってそれが二人の恐怖を増幅させていると分かっているだろうか。若い二人にとって、目の前の少女は明らかに異形で異常で異端の何かだった。
「んー? 追いかけといて逃げるのはよくないよ?」
二人の動きに敏感過ぎるほど敏感に反応すると、少女は鋭い視線を送る。そして次の瞬間には少女に背を向けて走り出そうとした二人の目の前に回り込んでいた。
「悪いけど、貰っていくよ」
少女はそう言うと二人の頭に手をかける。すると二人は、先に倒れた男同様、頭に軽く触れられただけだというのに倒れて動かなくなってしまった。そしてやはり、二人も血を流すことはなく、代わりに光を流していた。
「うん、追い掛けられたけど貰っちゃったから満足かな」
少女は光を全て吸収した指輪を嬉しそうに撫でると、その現場を後にする。
髪だけでも十二分に目立ちそうな彼女は、周囲の目を若干引くだけで、誰の記憶にも残らない。誰も彼女のことは知らない。
彼女の名前はセレス。誰が呼び始めたのか、誰が呼んでいるのか、それは誰も知らない。誰の記憶にも残らない彼女は、人の記憶を盗む日常を送っていた。