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第二幕 対話  第三場面 作家と神

No.106

第三場面 作家と神


   作家の部屋。

   薄暗く、卓上ライトが点いている。

   作家、机に向かって原稿を書いている。


作家 (書く手を止めて、悩んでいる。原稿を手に取り、読み上げる)

   この我が内に燃えたる怒りは、

   我が認識しうる一切の、

   そして、我が過去・現在・未来一切の、

   繋がれた鎖をも、

   燃やし尽くす怒り。

   この大いなる怒りの火は、

   この我が存在を灰にしても、

   この街の人間共を灰にしても、

   この国の人間共を灰にしても、

   この世界の全てを灰にしても、

   決して消す事のできぬ怒り。

 

   作家、頭を振る。卓上のライトを消す。立ち上がり、ソファーに寝転ぶ。

   暗転。

   薄暗い照明。

   卓上のライトが点いている。

   一柱の神が机の前に立っており、作家の原稿を読んでいる。

   作家、ソファーで寝ている。


神 (原稿を手に持って)

   無知に捕らわれたかの人は、

   その身も心も一切が燃えてしまった。

   あらゆる感覚器官が燃えてしまった。

   あらゆる場所が燃えてしまった。

   あらゆる過去が燃えてしまった。

   あらゆる現在が燃えてしまった。

   あらゆる未来が燃えてしまった。

   それは貪りという火によって、

   それは憎悪という火によって、

   それは愚かさという火によって燃えた。

   ただ、飢えと渇きだけが生じ続ける。

作家 (寝転んだまま、うわ言の様に)

   飢え渇く者だけが住む世界が在る。

   飢え渇く者だけが、

   想像できる身体を所有する。

   飢え渇き、想像し続ける身体を持つ者、

   それが、芸術家の天性であるであろう。

   故に、その人生を燃やし尽くし、

   その感覚を燃やし尽くし、

   その感情を燃やし尽くし、

   一切の記憶を燃やし尽くしてやるのだ。

   一切の存在という存在を。

   たとえ、神であろうと悪魔であろうと。

神 (振り向き、作家に少し近づく)

   この世には苦しみが在る。

   この世の人は、生きるが故に苦しむ。

   この世の人は、病にかかるが故に苦しむ。

   この世の人は、老いるが故に苦しむ。

   この世の人は、死するが故に苦しむ。

   この世の人は、貪るが故に苦しむ。

   この世の人は、その心故に苦しむ。

   この世の人は、その肉体故に苦しむ。

   苦しみは精神と身体より生じ、

   生きる限り、苦しみが尽きる事は無い。

   生きようと貪れば貪るほど、

   一切は燃え続け、

   苦しみは増大し続けるであろう。

作家 (ソファーより起き上がる)な、なんだ? (神の方を向く)


   間。


作家 これは一体……。俺は、夢でも見ているのだろうか……。しかし、(立ち上がる)夢ならば、夢でもよい。私の見解を聞いてもらおう。(客席を向く)

   増殖させる意志が在る。

   増殖せよ、拡大せよ、集合せよと、

   内なる声が響いて来る。

   私の過去から、

   私の脳から、全身の神経から、

   増殖する事が、善であり、

   増え続けるが故に、

   正しさが証明されうるのであると、

   そう、誰かが言っている声が、

   深くから響いて来る。

   より求めよ、

   もっと求めるのだ、という声が。

   より大きく願え、

   もっと巨大な望みを持て、

   それこそが現実なのだ、という声が。

   私の精神と身体、この人生が、

   まるで、貪欲なだけの存在、

   ただ貪るだけの為に飢え渇き、

   存在し、生かされて、

   その為に――。

神 (作家の背後から、後を続けて)――その為に自ら苦しみつつ、その欲望を燃やすのであろう。作家よ、詩人よ、話を聞きなさい。

作家 (神の方を向く)はい。

神 この世の存在は、全て因縁に依って生まれて来るのです。あなたや神である私、そしてあなたを悩ませた、あの殺人者も。

 あなたと彼は、互いに依存する事で存在していました。それは互いの協力によって一つの目的を達成する為に、必要な仲間であったのです。

 彼は、まだそのつもりでいたのです。あなたが作家として成功し、そして彼はそれを補佐し、互いに利益を分け合うという事を彼は期待していたのです。それらは、彼の心の中では、既に決定されていた事でした。

 そして、作家であるあなたの因縁は、それだけではなく、多くの人々との繋がりというものがあったのです。

 あなたが初めの作品を書いた時、多くの繋がりある人々があなたから離れました。あなたに失望したのです。あなたは、彼らとの約束を捨て、その為の目的を捨て、そして一人きりで思索する事を望みました。

 そして、あなたはさらに多くの作品を書き上げました。あなたは知っていて、書いたはずです。あなたが、書き続ける事が、多くの人々があなたとの繋がりを捨て去る事になるであろうという事を。しかし、最後にあの人間だけが残りました。

 故に、彼が――たとえそれがどんな人物であれ――一番のあなたの理解者でもあり、そして、一番あなたとの因縁が深い人物でもあったのです。

 そして、最後にあなたが、自らの社会的成功を捨てた時、同時に、彼の心は無明に取り込まれてしまったのです。結果として、あなたと彼の因縁は消滅し、過去世の業は消滅し、あなたと彼は別々の道を歩む事となりました。

作家 ……。彼は私との過去世で、どの様な関係だったのでしょうか?

神 あなたとあの人間の関係は常に、師と弟子の関係でした。或る時は、あなたは呪術者であり、彼はあなたの弟子でした。また、或る時は、あなたは司祭であり、彼はあなたの弟子でした。また、或る時は、あなたは哲学者であり、彼はあなたの弟子でした。また、或る時は、あなたは思想家であり、彼はあなたの弟子でした。また、或る時は、あなたは僧侶であり、彼はあなたの弟子でした。

 あなたには、常に沢山の弟子とそして信徒達がいました。あなたはその時代、その土地においての善悪やそれに伴う行いを説き、また神々を祀り、先祖を祀って来ました。そして弟子やその信徒に信仰や法を説きました。その時々において、あなたの教えは過度な方向に傾く事が度々ありました。私は、それらの事をよく覚えています。

 そして、あなたの弟子達、信徒達はそれぞれ、人間界、餓鬼界、畜生界、地獄界にそれぞれ赴いたのです。

作家 ええ、僕はこの様な幻覚をみました。僕が砂漠の様な所を、大勢の列を作って歩いているのです。僕は先頭を歩いていました。そして……、その後ろに列を為して歩いている者達が、皆、動物達なのです。

神 それは、あなたをよく表しています。あなたは常に天界、もしくは人間界にしか生まれ変われないのです。しかし、あなたの弟子や信徒達は違います。彼らは己の業に基づき、その多くは餓鬼界、畜生界に、そして、一部の者は人間界に生まれ変わったのです。

作家 私は、その時々において、間違った教えを説いていたのでしょうか。

神 ……。それは、あなた自身の誓いの為です。あなたは忘れてしまっているかもしれませんが。

作家 誓い?

神 遠い昔、あなたは神にも比すべき力を持ち、また慈悲の心もありました。そして、なにより人々の苦を感受していました。あなたは自分自身に誓いました。『私には全てを救済する義務がある』と。また、あなたはこう思ったのです。『この世界には全てを救済する為の知恵が何処かにあるはずである』と。あなたは、求めて無知なる人々、信仰の無い人々との縁を深めて行きました。そして、今に至るまで、あなたは唯の一人も救済できませんでした。あなたには、その知恵は生じなかったのです。そして、たとえ偉大な聖人といえども、小さな生き物の業ですら変える事は不可能なのです、その様な救済の方法はこの世にもあの世にも無いのです。

作家 私は、自ら望んで……、間違った法を、方法を求めた。

神 だが、あなたは、今この生において間違いに気づきました。あなたは、自らの誓いを、自らの力で破りました。故に、あなたの因縁が消滅したのです。

作家 私は、自分で自分に誓い、約束し、自分で自分の誓いを破った……。(頭を抱え、上方を仰ぎ見る)

 私は不可能な事を考えていたのだ。私は愚かな事を考えていたのだ。確かにその様なものは何処にも無かった。

 しかし、どうしてあの編集者は、私とは違う結論に至ったのであろう。しかも、本来の目的とは真逆の、人を殺すという目的で行動してしまったのだろう。

神 彼は、あなたに関して、過去世の時から、常に疑いを持っていたのです。彼は、最後には、あなたの様な人物こそが、世界を破滅させるに違いないと確信していたのです。彼は、あなたが深く絶望するであろう瞬間を、長い間待ち続けていたのです。あなたがこの世界に復讐をする瞬間を見ようとしていたのです。……あなたを深く理解しているが故に。

作家 そうかもしれません。彼には、何か見当違いな期待をされていたような気がします。……しかし、本当に絶望していたのは彼の方であったのかもしれません。

神 あなたは、真実に到達した。あなたは、知恵を会得した。それだけが、本当の救いであり、幸ある所に赴く事ができる法なのです。

作家 (客席を向く)私の話は、ここで終わります。最後の一幕は、その本当の知恵とは何かを、上演したいと思います。もう少し、お付き合いください。(頭を下げる)


   幕が閉じる。

   第二幕終わり。


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