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第二幕 対話  第二場面 作家と編集者

No.105

第二場面 作家と編集者


   作家の仕事部屋。

   机と椅子。本棚、ソファーとテーブルがある。

   作家、ソファーで寝ている。


作家 (眼を覚まし、身体を起こす)嫌な夢だった……。何だったんだろう……。(立ち上がって、部屋をうろうろする)もう一度あの夢を整理してみよう。

 まず、一番始めに心に留めておかなくてはならない事がある。それは、ここのところのあの編集者が、どうも精神的に疲れているようであったという事だ。その様子を見ていた事によって、私の夢に彼のイメージが登場して来たのだ。

 そして次に、夢の中で登場した編集者が、女装をしていたという事だ。しかも、かなりきわどい格好をしていた。この時点では、彼は同性愛者の様にも見えた。彼は自分の意中の人を追いかけていたが、上手くいかなかった。そして、露出狂の変態として、店員に捕まった。

 二番目に現れた編集者は、女装している所までは同じだが、女性会社員として登場した。彼には前回と同様、同性愛者の様にも見え、そして、また同じ人に振られた。そして、今度の結末は、万引き犯として店員に捕まった。

 三番目に登場した編集者は、スーツを着た男性会社員であった。ここまで来た時、もはや彼の行動に問題は出ないと私は思っていた。しかし、彼は見境なしに、スカートの女性や女子高校生を盗撮して、捕まった。……ああ、そうだ。その時私は、女子高校生の制服を着せられて、いや、俺の夢だから、着ていた、になるのか。まあいい、どういう理由か、俺が女子高校生であった。

 四番目の編集者は……、と、何か上手く思い出せないな。ああ、途中まで、彼の役割を私がしていたのであった。彼は、終わりの方で出て来て、怒っていたな、憎悪があった。放火をして、鞄からナイフを取り出した……。それから、どうしたんだっけな……。


   作家、椅子に座り、机に向かって何かを書き始める。


作家 (頭をかきながら)こうして結末だけ見ると、どうも、俺は、彼の事を何らかの罪を犯す人物と見ているのかもしれないし、はたまた、本当に彼が考えている事が、俺の心に影響を与えているのかもしれない……。(考えながら、何かを書いている)

 あっ、そういえば、その後にまだ続きの夢があったな……。えーと、何だっけ、仮面の男が出て来て……。


   チャイムが鳴る。

   編集者、上手から入って来る。リュックサックを背負い、コンビニの袋を持っている。


作家 (後ろを向く)

編集者 どうもー。(作家の背後に近付き)先生、どうですか、進行具合は?

作家 (慌てて書いていた紙を隠す)あ、う、うん、それなりかな。

編集者 (気にせず)まあ、まだ時間ありますから、ゆっくり考えて下さいよ。(リュックを置き、ソファーに座る)

作家 ああ……。

編集者 (コンビニの袋から、菓子とペットボトルを取り出す)

作家 (椅子を後ろに向ける)

編集者 (作家の視線に気づく)どうしました? 僕、何かしました?

作家 いや、何か妙な夢を見たから……。

編集者 夢ですか……。(コンビニの袋から缶コーヒーを出す。立ち上がって、作家に渡す)どうぞ。

作家 おっ、ありがとう。


   編集者と作家、飲み物を飲む。


編集者 先生! そういえば見ました? 今朝のニュース。高校の教師が駅で盗撮ですって。ああなったら、人間おしまいですよね。よりによって、教師がね……。(白々しく)惨めだなあ、哀れだなあ。

作家 え!? 盗撮……。

編集者 おっ。せんせぇ~~。そんな事に興味があるんですか。……そういえば先生の作風、何処となく、変態的な感じがしますよね……。(慌てて)いやっ、良い意味で、ですよ、良い意味でね。(嬉しそうに)そういえば、変態といえば、今、世間では、女装が流行っているみたいですね。何でも男性用の女性用下着が発売されたとか。これはネットで見たんですけれども。……こうなってみると、もう男性なんだか女性なんだか分からないですよね。男性用の女性下着って。皆パンツとか好きなんですね。こういうのに限って、こう、意外と固い職業とかに就いているもんなんですかね。(手を振って)いや、もちろん、想像に過ぎませんけど。

作家 編集者君は、アイドルとか好きなのか?

編集者 えっ。あぁ……。アイドルですか? まあ、一応編集者ですからね。一応世間の流行の一環として、チェックぐらいはするかな……。まあ、今の人はどんなのが好きなのかな、とか。

作家 コンサートとかは?

編集者 う~ん。たまには行きますよ。って言っても、そこまでのファンじゃないですよ。別に追っかけてもいませんし、これといって特定のアイドルのファンじゃないですよ。グッズだってそんなに買わないですし。(怪訝な顔をする)どうしたんですか? 普段は僕の話なんて、興味無いように思っていたんですけれども。

作家 いや、どうにも、少し煮詰まってきているんかな。

編集者 どの辺りですか?

作家 いや、最後までSFタッチで行こうか、それとも宗教的な結論で終わらせようか、迷っているんだよ。

編集者 たしか宇宙人が出て来るSFの話だと聞いていましたが。

作家 ああ、途中まではね。でも途中から、……う~ん、何ていうか、説明しにくいな。

編集者 (少しそわそわする)掻い摘んででいいですか。

作家 分かった。えーと、まず五つの違った思想を持つ、知的生命体が出て来る。こう……、異次元の存在として。

編集者 (そわそわしている)ええ。

作家 そして、彼らの文明は、既に滅んでいる訳だ。

編集者 はあ、なるほど。

作家 それで、まあ、ありがちだけど、この地の人間に対して、警告を発する訳だ。このままでは、いけないと。

編集者 (立ち上がる)お話の途中、すいません。ちょっとトイレお借りします。(上手向かう、去り際に)何かありがちだな。(呟く)


   編集者、上手に退場。

   作家、編集者が出て行ったのを確認し、編集者のリュックを開ける。

   舞台上暗くなり、作家にスポットライト当たる。


作家 (客席に向かって)この時の私は知りませんでした。彼のリュックにあの様な道具が入っていたなんて。あの夢は、現実に成ろうとしていたのです。

 これは、飽くまで回想であり、推測に過ぎないのです。実際の私は、彼のリュックを検める事はできませんでした。ただ、便宜上、客席の皆さんに、彼の考えをより明確に知って貰いたかったのです。

 (リュックの中からタオルに包まれた包丁を取り出す)まず、包丁。

 (同様に、アルミボトルの入った黒い袋を取り出す)これは、何だろう? (アルミボトルの蓋を開ける)うっ……。これ、ガソリンかもしれない。

 (同様に、次々と取り出す)ナイフが二本、スタンガン、催涙ガス。

 この様な道具が入っていた事を、私は後で知らされました。事件が起こった後に。

 (下を向き、眼を閉じる。深く息を吸い、吐く。眼を開く)

 夢で見た、彼の最後の姿を思い出します。彼は百貨店で放火をして、そして、鞄からナイフを取り出したあの場面を。あの夢は正夢だったのです。……そして、思い出しました。彼の中には、無明という、仮面を被った悪魔の様な像が在るのです。そして、その存在が、彼を破滅に導いた。……いや、ひょっとしたら、私が、あの像を作ってしまったのかもしれない、……対話する事で。つまり、あの像自体が……。(頭を振る)考えてもしょうがないのかもしれない。時間を回想の現実に戻しましょう。


   作家、出した物をリュックに入れ直す。

   照明、元に戻る。

   作家、椅子に座り、何かを書き始める。

   編集者、上手から登場する。


編集者 (ソファーに座り)先生、先生は、本当に売れる作家と、名誉ある賞を獲れる作家なら、どちらになりたいですか?

作家 (書いていた手の動きが止まる)え?……売れる作家?

編集者 ええ。先生は、どちらを目指すのかなぁと、そう思いましてね。

作家 (後ろを振り返って、少し怒り気味に)もう一回言ってもらっていいかな。

編集者 (嬉しそうに)ええ、構いませんよ。僕はこう見えて、意外とプロデュース能力があるんですよ。ええ。そして、もう一つは、先生には無い、コネクションという力が有るんです。それで、他でもない先生に、二つの道を提案してみようと思ったんです。どちらを選ぶにしても、良い条件しかないですよ。……僕なりの先生への感謝の気持ちなんですよ。

作家 (軽く頷く)それで?(手で続けるように促す)

編集者 一つ目の方法は、先生の作品が大ヒットする方法です。僕は、売れそうなネタのストックが大量に有るんです。こう見えても、流行には聡い方なので。先生が了解してくれれば、僕のプロデュースで、必ずヒットする内容と構成を教えますよ。それに従って書いて頂ければ、後はもう、増刷に次ぐ増刷、メディアはこぞって取り上げ、そこまで行けば、映像化にしろ、他のメディア展開にしろ、何でも可能ですよ。そして、大事なのは、一度名声と富を手に入れたならば、僕も先生もあっち側の人間に成れるという事です。いわゆる、『持っている人』に成る事ができるのです。あっち側の世界は何でもやりたい放題なのですから。欲しい物は何だって手に入れる事ができます! そして、次の目標は、世界進出でしょう。これは凄い事ですよ! そしてとても夢があって、幸福な事なんですよ! これが僕のプロデュースによる夢の実現である、大ヒットする一つ目の方法です。

作家 (頭を触り)う~ん。取りあえず、君が、私の作品を読んでいないか、もしくは、とても不満があるという事が分かったよ……。それで、もう一つの方法は?

編集者 (聞いていない様に)ええ、二つ目の方法は、先生の作品が人類の文学史に、いや、世界の芸術の歴史に永遠に記憶される方法です。その為には、日本で各文学賞を総なめにして、海外の各文学賞を総なめにした後、ノーベル賞を獲り、各国から勲章を貰うように成る事です。そして、その為に、大勢の批評家、そして、大物の芸術家、いわゆる業界の大家の偉い先生方を、味方につけなくてはならないのです。そして、僕には、幸いにも、そのコネが有るのです。まずは、その批評家の先生方にお褒め頂ける作品を作りましょう。まずは目先の芥川賞を狙って行きましょう。先生! ことわざにもある通り、『千里の道も一歩から』と言うじゃないですか。まずは、偉い先生方に気に入られましょう。先生は、どうもそういうの苦手みたいですからね。僕が間に入って、取り成してあげますよ。僕は、こういう時の為に、先生の作品と、偉く、影響力があり、大物である、あちら側の方々との接点を考えて来たんです。もちろん、先生の為に、――僕の出世の為では無いですよ――先生の為にです。まずは、大家の先生方の言いなり成りましょう、従属しましょう。彼らの家来に成りましょう。これが二つ目の方法です。(作家の顔を窺う)さて、先生は、これからの人生をどちらの道で進みたいですか? 僕も一生懸命サポートしますから、どうか、どちらかを選んで下さい。

作家 (ため息をつく)よくもまあ、そんだけ、いい加減な言葉を並べられるものだ。実際に、そんな作家は、この世に一人もいないだろう。

編集者 いやいや、僕には、できると思いますよ。先生には、その可能性があると思います。そして、僕には、それをサポートするアイディアがあります。

作家 (首を振る)いや、もうその話はいい。話題を変えよう。


   間。


編集者 (声色を変えて)あなたの作品なんて、絶対に売れませんよ。売れるわけがない。そして、誰も読まないし、批評家からも同業者からも、見捨てられる。

作家 ……だから何だってんだ。


   編集者の声(低い声)、が編集者が話す言葉と同じタイミングで流れて来る。声が二重になる。


編集者 (必死に)売れたいでしょう!?

編集者の声 (心の底から)売れなければならない!

編集者 大勢の人々に読まれたいでしょう?

編集者の声 大勢の人間に読まれなければならない!

編集者 沢山の評価が欲しいでしょう?

編集者の声 この世界で生き残るには力の有る者に認められなければならない!

編集者 ……何故って、先生は天才なんですから。

編集者の声 何で分からない! お前は才能なんて、欠片も無いんだよ!

編集者 お願いしますよ。(頭を下げる)

編集者の声 全部、俺の言う通りに従えってんだよっ!

作家 ……。君が、俺の才能の何を知っていると言うんだ……?

編集者 ……まあ、僕が知っているのは、あなたがまだ本当の実力を発揮していない事だけですよ。

編集者の声 お前が自分の実力を履き違えているという事だけだ!

編集者 一応、編集者として忠告しておきますが、もっと人に求められるものを書いて下さい。

編集者の声 もっと大衆の欲望に従って書けよ、この馬鹿が!

編集者 今の時代に合わせたものを書いて下さい。

編集者の声 大衆の求めるものは昔から変わらず、性欲、暴力、糞の塊、に決まってんだろうが!

編集者 人々の喜び、幸せな気分になるものを書いて下さい。

編集者の声 馬鹿どもは、臭い匂いを求めてんだよ、他人の不幸とかな!

編集者 やはり、作家たる者は、人々に尊敬され、偉い批評家と偉い先生方に好かれるのが本懐であると、僕は思いますけれども。

編集者の声 作家なんてのは、犬が主人に尻尾を振るみたいに、悪意と害意とに遊んでもらってりゃいいんだよ!

作家 (鼻で笑う)お前は俺の作品を読んでいない。一体、どんな視点で人の作品を編集していたのか? どういう読み方をしたら、そんな事が言えるんだ。君は、編集者の役割を何か勘違いしているんじゃないのか?

編集者 (立ち上がる)いや、勘違いはしていませんよ……。ただ、僕は、演技が人並み以上に得意なだけだった様です。(リュックを持つ)僕が、悪者ですか? ふふっ……。これが正論じゃないですか? 社会の、世界の、この国の。


   編集者、上手に向かう。


編集者 なんだかおかしいですよ……。何もかも。


   編集者、退場する。

   暗転。

   作家にスポットライト当たる。

   作家は、机に向かって何かを書いている。作家の声が流れて来る。


作家の声 この数日後、事件が起きました。この日ではなかったのです……。彼は、デパートで放火をし、そして、その場に居た人々を、無差別に刃物で刺し、切り付けました。彼はその場で取り押さえられました。……事件の詳細は省きます。そこの部分に興味を持たれる方もいらっしゃるかとは思いますが、私には、興味が無いのです。

 私は、飽くまで、彼と私に在った因縁について考えたいのです。何故なら、たとえ事件が解決し、終わったとしても、この因縁が消滅したとは、私には思われないからです。今でも、形を変えて、私の夢や意識の上に現れて来るのです。


   スポットライト消える。

   暗転。


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