第二幕 対話 第一場面 作家と仮面
No.104
第二幕 対話
第一場面 作家と仮面
真っ暗な室内。椅子が二脚だけある。
上手側の椅子に編集者が座っている。
下手側の椅子に作家が座っている。
二人とも相応の格好をしている。
編集者は仮面を被っている。
二人にスポットライト当たる。
作家 (編集者に)目が覚めましたか?
編集者 (項垂れていた頭を起こす)……。
作家 私はもう、あなたに振り回されるのは、御免こうむりたい。
編集者 ……。
作家 夢よりも深い層がある。此処がその場所だ。……あなたは、逃げる事ができない。
編集者 ……。(首をかしげる)
作家 作家を舐めてはいけませんよ。
編集者 (小声で)本当に売れる作家と名誉ある賞を獲れる作家なら、どちらがいいですかね。
作家 え? ……売れる作家?
編集者 ええ。あなたは、どちらを目指すのかなぁと、そう思いましてね。
作家 (挑戦的に)もう一回言ってもらっていいかな。
編集者 ええ、かまいませんよ。私には、不思議な力があるんですよ。ええ。不思議、かつ神秘的な、まるで奇跡の様な力がね。それで、他でもない、あなたに、二つの道を提案してみようと思うのです。どちらを選ぶにしても、良い事しかないでしょう。……僕なりの感謝の気持ちですよ。
作家 (軽く頷く)
編集者 (作家の様子を見る)
作家 (話を進めるよう促す)続けてくれ。
編集者 分かりました。一つ目の道は、あなたの作品が大ヒットする道です。その作品は、映画化され、ドラマ化され、はたまた、アニメ化され、ゲーム化され、漫画化されます。印税が山ほど入り、人気者となるでしょう。そして、その作品はシリーズ化され、大勢のスタッフがあなたの代わりに働いてくれるでしょう。もはやあなたは、居るだけでいいのです。存在するだけで、自動的に作品は生まれ、自動的にメディア展開されます。あなたの下には名声と富が転がり込み、あなたは、欲しい物は何だって手に入れる事ができるでしょう。綺麗なお嫁さんを貰うも良し、豪華な邸宅を建てるも良し、世界中を旅行するも良し、自らが芸能人になるも良し、政治家になるも良し、新しい事業を始めても構いません。凄く幸せな、そして全ての人々が喜び、羨む、天国の様な、そんな、素晴らしい道のりであり、幸福な人生を送る事のできる計画です。これが一つ目です。
(首を回す)そして二つ目の道は、あなたの作品が、永遠に記憶される道です。その作品は、日本で賞を総なめにし、海外でも賞を総なめにし、各国で勲章を貰い、そして、全世界の批評家がこぞって称賛し、全世界の作家達が絶賛し、歴史上の偉人として記録され、教育上の手本とされます。その作品の高い芸術性を評価され、天才芸術家と言われ続けるでしょう。そして、その作品は神格化され、大勢の作家達があなたの作品を模倣するでしょう。もはやあなたは神の如く存在なのです。存在するだけで、称賛され、メディアはあなたを取り上げない日は無いでしょう。あなたの下には、名誉と富が転がり込み、あなたは、欲しい物は何だって手に入れる事ができるでしょう。未来に亘り残る名前と業績、故郷に建つ銅像や、記念館、あなたの名前にあやかった地名、あなたの名を冠した賞ができ、未来の全ての人々が知りうるところとなるのです。凄く幸せな、そして全ての人々が喜び、羨む、天国の様な、そんな、素晴らしい道のりであり、幸福な人生を送る事のできる計画です。これが二つ目です。
……。さて、あなたは、どちらが望みでしょうか? 本当に売れる作家と名誉ある賞を獲れる作家。好きな方を選んで下さい。
作家 (ため息をつく)よくもまあ、そんだけ、いい加減な言葉を並べられるものだ。実際に、そんな作家は、この世に一人もいないだろう。
編集者 いやいや、私には、できるのですよ。私には、その力が有るのです。私には、その権利が有るのです。
作家 (首を振る)いや、もうその話はいい。話題を変えよう。
間。
編集者 あなたの作品なんて、売れませんよ。そして、誰も読まず、評価もされない。
作家 だから何だってんだ。
編集者 売れたいでしょう? 大勢の人達に読まれたいでしょう? 沢山の称賛が欲しいでしょう? ……何故って、あなたは天才なのですから。
作家 君が、俺の才能の何を知っていると言うのか?
編集者 私が知っているのは、あなたがまだ、本当の実力を発揮していない事だけですよ。もっと、人に求められるものを作りなさい。時代に合ったものを作りなさい。人々が喜ぶものを作りなさい。人々に好かれる作品を作りなさい。
作家 (鼻で笑う)お前は、絶対俺の作品を読んでいない! そうだろう? そうじゃなきゃそんな事は言えない。お前は編集者の記憶を、何処かに落として来たな。
編集者 (肩をすくめて)ご名答。私はあなたの記憶を基に、編集者を演じただけですよ。……たぶんね。じゃあ、仮面も外しますよ。(仮面を外す)
編集者、仮面を外すと、顔が無く、のっぺりとして、真っ黒である。
以下編集者を改め、無明と表記する。
作家 (少し驚く)こりゃ凄い。まるで、何と言っていいか……。
無明 (さえぎる様に)無明で! 無明でお願いします。
作家 無明?! 悪魔では無くて?
無明 (笑う)そんな三下の存在と一緒にはされたくは無い。私は言うなれば、存在以上の存在なのですから。それに、別に悪事を為した事は無い。
作家 しかし、編集者は、社会的・常識的において、誤作動を起こしていましたが。
無明 それは、彼自身の業の問題であって、私の知った事では無い。どの道、彼は、己の欲する要求に従って、人の道を踏み外し、そして、生まれ変わった先で、畜生になるか、地獄の亡者になるのですから。
作家 彼を説得する事は?
無明 (下品に笑う)あなた?! 神にでもなったつもりですか? 彼が助けてくれと懇願した?!
作家 いや、別に。しかし、明らかに悩んでいる様子があったのは、窺えた。
無明 それは、ほっとけばいい。彼は望んで私を必要としたのだ。彼は、私に助けを求めたのだ。
作家 そして、あなたの遣り方で、彼は人の道を踏み外す、と。
無明 また、一から遣り直せばよい。彼は永遠の愛を望んでいるのだから。この道には、理論上の永遠が在る。
作家 苦しみの……。
無明 あなたには、あなたの道がある。そして、私には、私の道がある。決して、交わる事の無い道だ。(立ち上がる。仮面を再び被る)
作家 彼を解放しろ!
無明 どの様な存在でも、たとえそれが造物主であろうとも、その存在の業を変える事はできない。これが、約束というものですよ。彼は、私の道を選んだのだ。
作家 それなら、直接、彼を説得するまでだ。
無明、スポットライトから外れ、上手に歩いて行く。退場。
作家、座ったまま見ている。
作家 (客席に向かって)嫌な予感がします……。私には、彼の思考の根拠が分からない。彼の苦悩は私の直感でしかないのです。おそらく、彼には、近い内に、何らかの不幸が襲うでしょう。もしくは、自ら、何らかの行為が生じる。何も変えられない。私には、言葉も、思考も、説得の為の根拠も足りない。私は無知であり、作家として失格なのかもしれない……。
作家、項垂れて、下手に退場する。
暗転。