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第一幕 百貨店  第三場面 男性会社員

No.103

第三場面 男性会社員


   第一場面と同じ。

   作家は長髪のかつらをかぶり、セーラー服を着て、上手ベンチに、客席側を向いて座っている。


作家 (嘆きながら、客席に語りかける)こう来たか……。ああ、ついに僕まで、変態の仲間入りをさせられてしまうとは。彼の異常なる妄執の力と言わざるをえない。彼の夢の力には、他者を従属させる異常な力があるのです。(立ち上がる)皆さんには、分かりづらいかもしれませんが、この夢の登場人物達にしてみれば、その強制力たるや。またたくまに、自らの立場や役割すら、変更する力があるのです。


   間。


作家 (講義をする様に)ただ。彼は作家ではない。……彼は、作家になれなかったのです。何故なれないのでしょうか? 何故彼は、夢を正しく構築できないのでしょうか? 何故彼は、正しい役割と立場、そしてその場面における正しい行動と正しい言葉を選択できないのでしょうか? そして、何故彼は、私に対して影響力を持っているのか、その原因を明らかにしたいと思っています。これは、彼の人生以上に、私にとって、とても重要な事なのです。(ベンチに座る)


   女子大学生、下手から登場し、店舗の商品を見ている。

   続いて編集者も下手から登場する。スーツを着て、右手には手提げ鞄を持っている。


編集者 (女子大学生の後姿をじっと見ている)


   突然、店内に洋楽のラップが流れて来る。二〇〇五年の流行歌。


女子大学生 (商品を物色している)

編集者 (商品を物色している大学生をじっと観察している)


   編集者、女子大学生の背後に回り込んで、スカートの下に鞄を入れ、盗撮をする。

   しばらくして、商品を見ていた女子大学生、買い物をして上手へと退場する。

   編集者、それを追い、上手へと退場する。

   かかっていた歌が止む。


作家 (一連の事を、チラチラと見ていた)もう、全然ダメですね……。何も事態が好転しない。(少しムスッとして)皆さん、これが妄執というものなのです。頑固にして、執着し続けるというものが、妄執なのです。

 (片手でかつらを撫でている)私は、何か前提を間違っていたのかもしれません。この夢には隠された秘密があるのかもしれません。(立ち上がって、うろうろする)しかし……。何が間違っていたのだろう。彼がミニスカートを穿いて女装した時、彼は露出狂だった。そして、私は助言し、より常識的な女装に改めてもらった。

 そして、彼が女性会社員に女装した時は、彼は万引き犯になった。私は助言し、彼に普通の男性会社員に改めてもらった。

 私は、これにより、彼は元通りになり、通常の生活風景が反映された夢に戻ると思った。しかし、実際は違った。彼は男性会社員として登場した時、彼は盗撮を始めた。

 (一人で納得し、頷いている)……これはもう、女装とか、変態的性欲の問題ではなく、人間関係と場所の問題なのかもしれません。彼の周りに居る誰かの問題なのか、それとも、この百貨店という場所の問題なのかもしれない。もうちょっとよく、考えてみよう……。


   作家、頭を振り振り上手に退場する。

   暗転。

   照明が点く。

   女子高生A・B、会話をしながら、上手から登場する。


女子高生A・B (店舗に行き、商品を物色する)


   編集者、上手から登場する。

   店内に洋楽のラップが流れて来る。二〇〇五年の流行歌。


編集者 (女子高生A・Bの背後に回り込む)


   作家、下手から何かを振り払うしぐさをして、足早に登場。


作家 (呟くように)やめろ、やめろ、歌なんて、今すぐ止めろ。気味の悪い演出をするな。(下手側のベンチに、客席側を向いて座る)どうしようもないな……。(チラリと店舗側の方を向く)どうなんだろうな、また、彼は盗撮を始めるんだろうな。しかし、自分のこの格好は……。(制服を広げる)まさか、俺もあの役割を……。(頭を振る)いやいや、そんなはずは……。


   舞台上暗くなり、編集者にスポットライトが当たる。悲しげなBGMが流れる。

   編集者、鞄を用いて、様々な角度から女子高生のスカートの中を盗撮する。

   そして、自らも、身を屈めて、スカートの中を覗き込む。


編集者の声 『狂おしいほどの渇きの感覚』


  欲情、この精神を満たすもの、

  この私の心から生ずるもの。

  僕が、これからも、先もこの苦悩を負って生きなければならない。

  この我が内なる渇望。

  ああ、何故僕は、

  こんなにも惨めで哀れな、

  同情されるべき人間として、

  生まれて来てしまったのだろう。

  一切が燃えている、

  過去が燃えている、

  未来が燃え尽きている。

  絶望の暗闇が僕の体に満ちて行く。

  僕の死体だけがある。

  僕たちの死体だけがある、世界がある。

   

   照明、元に戻り、BGMも止む。

   編集者、盗撮を続けている。

   店員が、下手から登場する。


店員 (編集者を見つけ、驚く)ちょっと、お客さん! 何やっているんですか!?

編集者 (驚いて、店員の方を向く)

女子高生A・B (店員を見て、編集者に気付く)

店員 (つかつかと編集者に歩み寄る)ちょっと。鞄の中、確認させてもらいます。

編集者 (観念したように、鞄を店員に渡す)

作家 (立ち上がって、客席に言う)皆さんもういいでしょう。一旦ここで停止させます。(腕を頭上で交差させる)

   

   舞台上、照明が黄色になる。

   編集者、店員、女子高生A・B、動きが停止する。

   作家、店員の元へ歩いて行く。


作家 (店員の耳元で声をかけ、店員から鞄を取り上げる。次に、女子高生A・Bにも同様に声をかける)


   店員、女子高生A・B、大人しく店舗の中に退場する。

   作家、編集者の手を引いて、ベンチに向かう。


作家 (上手のベンチに座るように促す)

編集者 (上手のベンチに座る)

作家 (かつらを脱ぎ、鞄を編集者に返す。そして、下手のベンチに座る)


   二人は、舞台の中央で、向かい合って座っている。


作家 俺には、女装趣味などない。

編集者 (怪訝な顔をする)それなら、女装、しなければいいんじゃないですか?

作家 ……そうかもな。

編集者 (鞄を確かめ)助けてもらった様ですし……。ありがとうございました。(頭を下げる)

作家 ……。

編集者 それでは。(立ち上がる)


   編集者、上手に立ち去って行く。退場。

   作家、頭を抱えたまま、座っている。


作家 (立ち上がって、客席を向く)俺は何をやっているんだ……。くだらない! くそっ! よりにもよって、まるで俺がこんな服を着たくて着ているなんて言いやがった! あの恩知らずめ! ……恩知らず、か……。

 (歩き回る)私は何か勘違いをしていたのかもしれません。私は、彼が病気であると、心の病であると、勝手に解釈をしていました。そして、私は正常な人間であるとも。

 この夢は、私の夢なのかもしれません。私が、彼を、その様にしているのかもしれません。……つまり、私が望んだが故に、この百貨店が存在し、犯罪者としての彼がこの場に登場するのかもしれません。


   暗転。

   第一場面と同じ。

   ベンチには誰も座っていない。

   大学生、下手から登場し、店舗の商品を見ている。

   続いて、作家、下手から登場する。

   作家は女装をしている。白く薄いシャツに、もの凄く短いスカートを穿いている。

   かつらは被っていないため、男性の髪型のままで、短髪である。


作家 (大学生の後ろ姿をじっと見ている)


   突然、店内に女性ボーカルの甘ったるい歌が流れて来る。二〇〇五年の流行歌。


大学生 (商品を物色している)

作家 (商品を物色している大学生をじっと観察している)


   高校生A・B、話しながら、上手から登場し、下手ベンチに店舗側を向いて座る。

   二人は制服を着ている。


作家 (異変に気付く)おかしい! (頭を振る)何で俺がここにいる! 奴は何処だ。(辺りを探す)……。いない。(舞台上を歩き回る)奴もいないが……、俺の役割の奴もいない。

高校生A (作家の事は見えていない様に)わおぅ、凄い格好いい人がいるわよ! 見てよ、見てよ、高校生B!(おかまの様な声と仕草をして、高校生Bの肩を叩き、大学生の方を示す)

高校生B (大学生の方を見る)あっ本当だ。格好いいわ、スラッとしていて、モデルみたい。キャー。(おかまの様な声と仕草)

作家 (高校生A・Bを怪訝な表情で見ながら、客席側を向いて、上手ベンチに座る)


   商品を見ていた大学生、買い物をして上手へと退場する。

   高校生A・B、会話をしながら、上手へ退場する。


作家 (呆然として)凄く不自然な……。凄く不自然ですよ……。(客席を向く)皆さん、これが夢なのでしょうか? この得体の知れない出来事の連続が、この世界の物語なのでしょうか?


   間。


作家 (ため息をつく)僕は、何かを思い違いをしているのです。……頭がくらくらする。まるで酒でも飲んだみたいに。……何かに酔っているのかもしれません。僕は、僕に、この役割を止めさせたい。……皆さん。皆さんは、僕の事を知らないかもしれませんが、僕は作家なのですよ……。こんな有様ですがね。それなりに勉強して、作品を細々と書いて、この業界では純文学と分類される作品を執筆している、れっきとした作家なのです。

 (思案して歩き回る)皆さんはどう思っているのか分かりませんが、人間の脳には、一定以上の刺激、まあ、快楽でも苦痛でもいい。とりあえず、刺激や情報を与えると、その人物は、必ず、その行為を為す事が決定付けされるのです。(客席の人々を見渡して)これは本当ですよ……。本当に……。


   作家、頭を振り振り、上手に退場する。

   舞台上、照明が赤色になる。

   下手から、編集者が登場する。

   編集者、ジャージ姿、鞄を持っている。


編集者 (大声で笑っている)火を点けてやった! 火を点けてやったぞ! 全て燃やしてやる。(手で舞台全体を示し)ここに居る奴らは、全員、刺し殺す。(鞄の中から大型のナイフを取り出す。鞄を投げ捨てる)

下手からの声 火事だ! 逃げろ!(様々な声と悲鳴が上がる)


   幕が閉じる。

   第一幕終わり。


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