第一幕 百貨店 第二場面 女装B
No.102
第二場面 女装B
第一場面と同じ。
作家は帽子を目深にかぶり、上手ベンチに、客席側を向いて座っている。
作家 (客席に語りかける)これは夢なので、再びやり直す事が可能なのです。私としては、彼を元の夢に戻したいのです。彼の願望、もしくは妄想は決して満たされる事はないのですから。ここでの私は、作家というより、夢の医者の様です。……さて、それでは始めましょう。
大学生、下手から登場し、店舗の商品を見ている。
続いて編集者も下手から登場する。女性用スーツ(スカート)を着ている。
長髪のかつらをかぶっている。通勤用鞄を持っている。
編集者 (大学生の後姿をじっと見ている)
突然、店内に女性ボーカルのロックな歌が流れてくる。二〇〇五年の流行歌。
大学生 (商品を物色している)
編集者 (商品を物色している大学生をじっと観察している)
高校生A・B、話しながら上手から登場し、下手ベンチに店舗の方を向いて腰かける。
二人は制服を着ている。
しばらくして、商品を見ていた大学生、買い物をして上手へと退場する。
編集者 (大学生を追いかける)
編集者、上手へと退場する。
かかっていた歌が止む。
高校生A・B、会話しながら下手へ退場する。
作家 (一連の事を、チラチラと見ていた)いいですね。凄く良いです。(嬉しそうに)どうでしょう、皆さん。これが通常の夢というものではないでしょうか。女装というのが、少し違和感があるところではありますが、そこは夢であるので、許容範囲と言えるでしょう。(下を向いて、考え込む)
(立ち上がる)さてと……。彼も直に戻って来るでしょう。彼はこの夢では、意中の人とは結ばれないようですから。
作家、上手に退場する。
暗転。
照明が点く。
編集者、上手から登場する。
編集者 (キョロキョロしながら、上手へ歩く)あの人……。あの人以外に完全な人はいない。あの人以外に本当の人はいない……。私の存在に気付いてもらえなかった……。(上手側のベンチに、店舗側を向いて座る)
店内に女性ボーカルのロックな歌が流れてくる。二〇〇五年の流行歌。
作家、下手から何かを振り払うしぐさをして、早足で登場。
作家 (呟くように)やめろ、やめろ。無意味な演出をするな。(下手側のベンチに、客席側を向いて座る)どうしようもないな……。
編集者 (立ち上がり、店舗の方に歩いて行く)
作家 (振り向いて、編集者を見ている)
編集者、店舗の中に入り退場する。
舞台上暗くなり、店舗にスポットライトが当たる。
悲しげなBGMが流れる。
編集者の朗読する音声が流れる。
編集者の声 『健気なOLの苦悩』
激情的欲求、あの人を手に入れたい、
あの人の心と体。
私は、こんなにも彼を必要としている。
この我が内なる意志。
ああ、何で私は、
もっと勇気と行動力がある精神を
所有する事ができなかったのだろう。
込み上げて来る、心の奥からの衝動。
もう、どうしても元には戻らない。
必ず手に入れなくてはならない!
BGM、止まる。
編集者、背後を気にしながら、店舗から登場する。
その後、店員、店舗から登場する。
店員 (少し強気で)お客様、ちょっとよろしいですか?
編集者 (驚く)は、はい。
店員 お客様、お会計は済ませられましたか?
編集者 ……。え? いや……。
店員 ちょっと鞄の中身を確認させてもらってよろしいですか?(店舗の中に入るように促す)
編集者、店員に促されるまま、うなだれて、後に付いて行く
店員と編集者、店舗の中に退場。
照明、元に戻る。
作家 (立ち上がって、客席に)この後、彼は万引き犯として捕まるでしょう。窃盗犯として。(ため息をつく)
(立ったまま、考え込む)……。しかし、これは夢なのです。そして、私は作家であり、作家と言う者は、夢を改変する事を許されているのです。ですから、納得のいくまで、この夢を変更する事にしたいと思います。では、取りあえず、彼をここに連れて来る事にしましょう。
作家、店舗内へと退場する。
舞台上、照明が青色になる。
作家、編集者を連れて、店舗内より登場。
作家 (上手のベンチに座るように促す)
編集者 (上手のベンチに座る)
作家 (帽子を取り、コートを脱いで、下手ベンチに座る)
二人は、舞台中央で、向かい合って座っている。
作家 俺は、変質者じゃないし、警察官でもない。ただの一般人でもあり、夢の医者でもある。
編集者 (かつらを取る)それ、さっきも聞きましたよ。
作家 そういえば、そうだな。だが、少し確認したい事がある。
編集者 何ですか?
作家 君は、幾つなんだ?
編集者 二十四歳です。
作家 なるほど。じゃあ性別は?
編集者 (ムッとする)ちょっとそれは、失礼なんじゃないですか。セクハラですよ。いくら私の髪が短いからって……。
作家 ああ……。すまないね。じゃあ確認しよう。二十四歳、女性、会社員でいいかな。
編集者 ええ。そうです。
作家 そして、万引き癖があり、窃盗犯である、と。
編集者 (誰に向かってではなく)内なる意志です。究極の理想に向かっているのです。これは高級な酒のようなものです。身体と精神を大いに酔わせる理想の体現なのです。
作家 (髪をかく)ああ……。そうか。(思案する)しかしなあ、現実には、君の行為は犯罪にあたるであろう。
編集者 別に構いません。この行動は、私において正しいから。
作家 (話題を変える)君の理想の人であるあの人は、君に興味を持っていない。それは何故か?
編集者 ……。
作家 あの人物が、君に興味を持てないのは、彼が同性愛者であるためではないか?
編集者 ……よく分かりません。そんな風には思ったことはなかったから……。
作家 なるほど、君は、彼の事について、あまりよく知らなかったわけだ。
編集者 (頷く)そうです。
作家 そして、君は勘違いをしたまま、一人で突っ走ってしまった、と……。
編集者 はい。
作家 これ以上、あの人物を求めるとなると、後はストーカーにでもなるしかないな。
編集者 そうです。もはや、ストーカーにでもなるしかありません。私には、彼に関する情報がまったく無いのです。
作家 しかし、まだ可能性としては、あの人物が、実は同性愛者であるという線が残っている。
編集者 確かに、そうかもしれません。
作家 (うん、うんと頷く)そうか、分かった。きっと彼は、女性に興味がないんだ。きっと君は、彼にとっての理想の男性にならなくてはならないのだ。(だんだんと早口になる)年上の男らしさ、大人な雰囲気、仕事の出来そうな、男性会社員とならなければならない。君は、その女らしさを捨てなければならない。そして、新しく、男性会社員として生まれ変わり、もう一度、あの場面をやり直さなければならない。そして、正しい夢を構築しなければならない。(念を押す)いいね。
編集者 (押し切られ)う……うん。……はい。分かりました。
暗転。