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女子高生 玄倉新・4 夢の面影

 チュウリィ、とノートの隅に書いてみる。

 ヘンな名前。何語かも分からない。


 放課後、病院に行く前に。桐野くんに渡すノートの、最後のチェックをやっている。


 これは、ここのところ連続して私の夢に出てくる男の人の名前。

毎晩必ず見るわけではないし、夢に見る場面も飛び飛びで、前の夢の続きを必ず見るわけでもない。

 だから、どんな夢なのかと言われると説明に困るのだけれど。


 とにかく、この現代日本とは全然違う、どこか大きな国で。

私はその人に出会って、時々一緒に出歩いている。そんな夢。


 夢の中の自分にも、玄倉あらたではない別の名前があるのだが、なんだったかな、思い出せない。とにかく、やっぱり何語かも分からないような名前で。夢の世界の中でも外国語らしくて。そうそう、夢の中の「私」の育ての親に当たる人が、「それはバラという意味だ」と教えてくれたことがあって、ふうん、と思った記憶がある。


 しかし、とにかくめったやたらにそのチュウリィって人の夢を見るので、自分でもどうしてしまったのか、と思うわけである。

 私は、空想的なことは苦手。童話とか、小さい頃からあまり面白いと思わなかったし、今でも小説は大して読まない。例えば偉人の伝記とか、現実の世界に関わっている読み物ならそれなりに楽しめるのだけど。


 急にこんなファンタジー脳になってしまったのはいったいどういうことなのか。もしかして、桐野くんのお見舞いに行くので柔道部の練習時間を減らしたから、運動不足でよく眠れていないのかな。


 桐野くん、か。

 ノートの陰に顔を隠して、私はこっそり赤くなった。


 というのも。

 実は、夢の中に出てくるチュウリィという男の子は、どういうわけだか桐野くんにそっくりなのだ。


 それ、どういうこと、と自分でも思ってしまう。


 いや、別に桐野くんのことをどうこう言っているわけではない。嫌ってるわけではないし。どちらかと言えば、私は彼を好きだと思う、うん。そもそも、キライだったら毎日お世話しに病院に行ったりはしないし。

 ただ、遊び人みたいだから警戒はしているというか。

 そこさえなければ、ちょっと気難しいとはいえ、悪い人ではないし。友だちとしては、十分に面白い人なのだけれど。いろいろな意味で。


 話がそれた。それで、夢のチュウリィくんの方だ、今、問題なのは。

 彼は本当に、どこからどう見てもコスプレした桐野くん。

 その行動も、大概私が忙しい時に限ってふらりと現れて、強引に遊びに連れ出すというのがほとんどで、リアル桐野くんとの差異が認められない。

 遊びに行くと言っても、結局は食事をしたり町中をお散歩したり、桐野くん……ではない、チュウリィの家(?)でおしゃべりしたり、という感じで。

 ファンタジー世界だからと言って、魔法が炸裂したり、剣で戦ったり、とそういう展開では全くないわけだけれど。


 で、それはともかく。

 あんまり同じ夢ばっかり見るので、これはもしや、私は桐野くんにフォーリンラブ? とも、自分で思ったりして。

 だって、同じ男の子の夢を続けてみるって、そういうことではないだろうか。


 というわけでここのところ、桐野くんの顔を見るとちょっと意識してしまうのである。

 お見舞いは楽しくないわけではないのだが、そのせいで、少し気が重い。


 少女マンガなどによると、好きな人の顔を見ると嬉しいようなのだが、私の場合まず焦ってあわててしまう。

 好きな男の子なんて今までいたことがなかったから。どういう態度を取ったら良いのかわからない。

 また、桐野くんがやたらにセクハラを仕掛けて来るし。

 私だって女の子だし、男の子に手を握られたり抱きしめられたりしたら人並みにドキドキするのだ。


 けれど、こういう状態だと。いったい私は桐野くんが好きだからドキドキしているのか。

 それとも単に、セクハラされてドキドキしているのか。

 よく分からないではないか。


 私は、ため息をつく。桐野くんの、バカ。

 どうしてこう、いつもいつも私の心を騒がせるのか。


「チュウリィってナニ? そんなの、歴史の人物にいた?」

 不意に声が降って来て、心臓が止まるほど驚いた。


 顔を上げると、私の机の横に篠田さんがいて、ノートの中をのぞきこんでいる。

 私はあわてて、チュウリィの五文字を手で隠した。

「な、なんでもないなんでもない。ただのラクガキ」


「ふうん? ヘンなの」

 篠田さんは不審げな顔をした。そのまま、立ち去らない。


「アンタ、桐野に届けるのに、ノート別に作ってるんだって?」

 うなずく私。

「バカじゃないの? スキャンして、データにして送っちゃえばいいじゃん」

 ですから寮の共用パソコンにはスキャナなんてついていなくて、ですね。

「それとも何。アピールしてんの。こんなにあなたのこと想ってます、とか?」

 それはないと思う。あえて言うなら、貧乏のアピールだ。


「自分用のメモを、ノートに書き写しているだけだから。すぐ、終わるし」

 私は言った。

 賢い桐野くんは、、その程度のものを手掛かりに自習できるみたいだし。


「チュウリィねえ……」

 篠田さんはまた、その話題に戻った。うう、すみません、その単語は忘れて下さい。


「玄倉って、もしかしてオタク?」

 はあ?!

 思わぬ疑惑が来た。


「好きなキャラクターの名前とかノートに書いてる子いるじゃん。アンタもそういうヤツ?」

 むむう。好きなキャラクターと言えば、キャラクターなのだろうか。なにしろ、夢の中の人だし。


 待って、そもそも私はチュウリィが好きなのだろうか。

 いや、キライではないのは分かってるけど。


 分かっているというのは友達としては好きということであって。

 篠田さんが言ってるような意味で好きなのかどうかということは今考え中、というか。

 イヤ待て、桐野くんに対する感情とチュウリィに対する感情がゴッチャになっている。

 かと言って私の中で二人は別個人として認識できないのであって、ああ。


 これ以上考えられなくなって、私は机の上で果てた。


 こうなったら仕方ない。素直に白状して、楽になろう。

「あのね、篠田さん」

 私は深呼吸して呼吸を整えて、言った。


「チュウリィって言うのは、私の夢の中に出て来る人。しょっちゅう同じ夢を見て、気になるから、ついそこに書いちゃった。それだけ」

「夢?」

 篠田さんはますます怪訝な顔をする。まあ、無理もない。


「同じ夢って、どんなの。チュウリィって男? 女?」


 仕方ないから私は説明する。そこはファンタジーみたいな、不思議な国だということ。チュウリィは男で、いつも王子様みたいなキレイな服を着てること。


「ええ、何ソレ何ソレ。前世の夢とか?!」


 はい? 前世、ときましたか。


 私は考えた。確かに、あの世界は昔っぽい。かなり昔っぽい。魔術……とか言う単語が出て来た気もするが、昔の人ならそういうことを信じていてもおかしくない。けど。


「いやあ。それは、ないでしょう?」

 と言う私。

 前世の夢というのは、さすがにナイ気がする。そこに桐野くんが出てくる意味も分からないし。


 それだったら、最初に考えたみたいに、私が桐野くんをいつの間にか好きになっていて。そのせいで、彼が毎日夢に出て来るのだ、と思った方が分かりやすい。


「なんでナイのよ。何度も同じ夢を見るなんて、それっぽいじゃない」

 どれっぽいのでしょう。

「なんか、イメージと違うけど。アンタ、柔道一直線って感じだし。意外に霊感とか、あるんだ」

 だから、ないって言ってるって。

 というか、何でみんな寄ってたかって私を部活にしか興味ない柔道人間みたいに言うんだろう。あれはただ、学費の代償として行っているのであって、いわば仕事みたいなものなんだけど。


「霊感というわけじゃ……」

と言いかけた私の声を、遮る篠田さん。

「で? 何、そのチュウリィって、恋人? 前世の、運命の人とか?」


 うわ。

 一気に、顔が赤くなる。

 恋人なんて、そんな。


「特別好き、っていうか、なんていうか」

 私はモゴモゴと言い訳をした。


「ほぼ、他に人が出て来ない、というか」


 そうなのだ。チュウリィの他には、せいぜい「私」の師匠くらいなのだ、夢に出て来るのは。

 歴史映画みたいな大ファンタジーな夢だから、人間はやたらたくさんいるのだが、名前を呼んで会話するような相手が、その二人だけなのである。

 舞台が大きい割にしょぼい夢、というべきか。


「ちょっと。ちゃんと話してよ。何がどうなってるの?」

 いやだから。そういうわけでは。

 どうしてこの人、私の夢なんかにこんなに食いついちゃったかな。誰か、助けて。


 と言うか、この話の通じない感じ、桐野くんと話している時に似ている。なるほど、これだと二人はうまくいかないだろう。二人が二人とも、相手の話を聞かないで自分の考えしか言わないんじゃあ、会話として成立しない。

 篠田さん、ゴメン。あなたの恋は実らないと今感じてしまった。


「ねえホラ。白状しなさいよ、玄倉。そこのところ、どうなのよ」


 いけない。これは、いけない。

 もう退散しよう。これ以上ここにいると、何を言われるか分からない。


 そして、うっかりチュウリィが桐野くんにそっくりだなんて極秘情報を漏らしてしまったら、どんな目に遭わせられるか分かったものではない。


 私はあわてて荷物を集め始める。


「逃げる気? ねえ、面白そうだから、その夢の話もっとしなさいよ」

 私の肩をつかむ篠田さん。

 冗談でしょう。


「もう、桐野くんのところに行くから」

と、やんわり断る私。


「何よ。文化祭の出し物、決まらなくて困ってるじゃない。うまくいけば、その話を元にしてお芝居とか出来るんじゃないの?」

 ご冗談でしょう! 本当に!


 とにかく、これ以上ややこしくなる前にと思って、私はその場を逃げ出した。


 あの夢のことを、みんなに話すなんて考えられない。

 だって、今朝の夢では。

  

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