女子高生 玄倉新・3 とまどい
「ちょっと、玄倉さん。話があるんだけど」
放課後になって、下校の支度をしていると、同じクラスの女子五人に囲まれた。
そのまま、用件に触れられることなく、人気のない校舎の隅に連れて行かれる。急いでるんだけどなあ。
お見舞い、早く行かないと桐野くんが機嫌悪くなるんだけど。
そう思っているうちに、他の人の気配がない場所まで来た。そこが目的の場所だったのか、彼女たちは私の前で、横一列にズラリと並ぶ。真ん中に立った、髪を茶色に染めたかわいい女の子がジロリと私を睨みつけ、口を開いた。
「アンタさあ、ひとりで桐野の見舞いに行ってるって聞いたけど、ホント? そういうの、抜け駆けっていうんじゃない?」
ああ、その件か。
桐野くんは人気者だし、いつかは来るとは思っていたけれど、案外早かった。私は相変わらずクラスに友だちらしい友だちはいない状態だけど。
世の中の情報網というのはかくも見事に整備されており、私ごときの行動など、クラスメートに全部筒抜け、ということらしい。
間違ってはいないから、素直に肯定した。確かに私は毎日、ひとりで桐野くんの見舞いに通っている。
それを聞くと、茶髪の彼女の目が三角形になった。
「ちょっと。アンタ何様? 彼女気取り? 桐野が事故に遭った時に一緒にいたからって、何なのよ。そもそも、何で玄倉が桐野とデートとかしてたわけ。身の程わきまえなさいよ、ブスのくせに」
あ。扱いが「玄倉さん」から、「玄倉」と呼び捨てに暴落した。株価が急下降していくようなありさまは、父の会社が破産した時のことを思い起こさせるなあ。
とりあえず、あれはデートとか彼女とかそういうものではない。
何というか成り行きに近いことだったのだと弁明を試みる私。
ただし、ドレイうんぬんの桐野くんの謎発言については、話がややこしくなりそうなので触れないでおく。
しかし、そんなのは彼女たちを更に怒らせただけだった。
「玄倉。調子に乗ってんじゃないわよ」
私の襟元をつかむ彼女。名前はなんだっけ、佐田さんだっけ。
ああ、このまま投げて締めて落としたら、爽快そうだなあ。
そう思ってしまう私は、骨の髄まで柔道が身に染みついてしまっている。
だって、隙だらけなんだもん。この状態からだったら、どんな技でもかけ放題。
とはいえ、素人のかよわい女子にそんな乱暴な真似をして良いわけはない。
というわけで、私はされるがままになっている。
「だいたい、桐野が事故に遭ったのだってアンタのせいじゃないの? アンタが桐野をあんなところに連れて行かなければ、こんなことにならなかったのよ」
あ、痛。痛い。
その言葉は、ちょっと。いや、かなり。
胸に痛かった。
確かに、同じ場所に居合わせて、私だけが無傷で済んだ。
その点については罪悪感がある。
私が毎日桐野くんのところに通うのは、多分、その痛みのせい。
ただし、私が桐野くんを連れ回したと言われる点については事実の誤認がある。
食事をしようと言ったのも、あっちにオイシイ店があるから行こう、と先に立って歩いて行ったのも、どっちも桐野くんなわけで。
そこだけは、理解してもらいたいんだけど。
しかし、二回目の弁明もやはり徒労に終わり、女子たちの包囲網は一段とせばまった。
「玄倉。いい加減にしなさいよ。桐野が悪いって言うの。桐野カワイソウじゃん。アンタ、何。自分をよっぽど偉いとでも思ってるわけ」
いや、悪いとは言ってないし。誰が悪いかって言えば、それは多分車を運転していた人だと思う。
それとも、その人を過労に追い込んだという会社か。そうなると、結局「社会が悪い」みたいな話になってしまって、私には手に負えなくなるし、そういう問題ではなくて。
私はただ、事実を分かってもらおうと思っただけなのだけれど。ムリだな、これは。
そもそも相手に、私の話を聞く気が全く無い。
「えーと。佐田さん、は、桐野くんの彼女なのかな」
私はつとめて冷静に言った。両方がヒートアップしてはケンカになってしまう。
「だったら、一緒にお見舞いに行かない? 桐野くん、退屈してるみたいだし。きっと喜ぶよ」
「誰が佐田よっ。篠田よ!!」
あらら。ますます怒らせてしまった。名前を間違えるとは、初歩的なミスをした。
そうして、恐縮している私の前で、佐田さん改め篠田さんは胸を張っていった。
「玄倉ねえ。知らないんだったら、教えてあげるわ。桐野はね。みんなのものなのよ」
はい? なんですか、それ。
「桐野はね、特定の彼女は作らない、って言ってるの。アンタが何をカン違いしてるのかは知らないけど、抜け駆けはダメなの。してもムダだし。分かったら、目立つマネはもうやめてくれる?」
えーと。
つまり、こういうことかな。
桐野くんを狙っている大勢の女子の中で、何か申し合せ的なものが出来ている、と。
彼女になろうとしない、一人で桐野くんに近付かない。そういうことかな。
で、その協定を守らないということで、今日は私が締め上げられている、というわけか。
なるほど。
何か、納得してしまった。
確かに桐野くんは人気者だが、思えばその男女比は二対八くらいで女子が多いような気がする。
彼は、男女問わず人気のある人というよりは、女子にモテる人、だったみたいだ。
しかし、なんだろう、その「彼女作らない発言」。
私の知っている、ベタッとした感じで人に絡んでくる桐野くんには似合わないというか。
むしろ、率先して彼女作りそうなタイプに見えるのに。
そこのところ、出来ればツッコんで篠田さんの意見も聞いてみたいところだが。残念、相変わらず私の発言権は封殺されている様子だ。
「うん、分かった。みんなのものでいい」
私はため息をついてうなずいた。
実際のところ、桐野くんが誰のものでも私にはあまり関係のないことだし。
むしろ、誰かのものであってくれればその人と談判すればいいわけだから、話は簡単だったかもしれないけど。
「いいけど、それはそれとして、そろそろ病院に行かなくちゃならないから。篠田さんたち、一緒に来る、どうする?」
あの時、一緒にいたのが私ではなかったら。
私は、桐野くんのお見舞いのため病院に通ったりすることはなかっただろう。
だって、私たちは友達でさえなかった。
彼女たちが言うように、私が図々しく通い詰める必要なんて、どこにもありはしないのだ。
けれど。
もし、立場が逆だったら。ケガをしたのが私の方だったら。
特待生という立場を危うくする重度の負傷を前に、私は自分が正気でいられたか疑わしいと思う。
その点、桐野くんは立派だ。
彼は、ケガのことは一言も言わない。黙って不安に耐えている。
そういう姿を見ていると。微力でも力になりたい、と思ってしまう。
それは、彼女とかなんとか、そういうことではなく。人間として、というと恰好つけすぎだろうか。
だから、今の私は。桐野くんのところに、サッサと行きたい。
「一緒にって」
篠田さんはひるんだように呟く。
「桐野、いやがってたじゃない。そんなところに図々しく行けないわよ」
「そんなことないと思うけど」
私は言った。桐野くんは結構淋しがりだと思う。この人たちが来てちやほやしてくれれば、相当喜ぶのではないだろうか。
「イヤよ。嫌われたらどうするのよ」
と、消極的な篠田さん。私の喉を締め上げているくらいの積極性でいけばいいではないですか。
「大丈夫だと思うけど。多分」
と、私。私の場合は、「嫌われたら困る」なんて選択肢がなかったから、強引に行ってしまったけれど。桐野くんも、最初こそゴチャゴチャ言っていたが、結局は嬉しそうにしてるから、それで正解なんじゃないかと思う。
「アンタみたいに図々しくないんだってば!」
篠田さんは私の襟首を持った手を力任せに振り回し、私を転ばせようとしてきた。
いやいや、いくらなんでも素人にそんな目に遭わされたのでは、特待生の沽券にかかわる。
私は彼女の手首を握って、なるべく痛くしないように注意しながらもぎ離した。
反動で、彼女の方が転びそうになるのを支えてやる。柔道はバランスだから、このくらいのことは彼女みたいな素人相手なら簡単なこと。
なんだ、けど。
彼女の手が当たって、メガネが顔からずり落ちた。うわあ、世界がおぼろになる。
ホント、私だって、買えるものなら買いたい。スポーツ用のメガネ。
篠田さんの手を、そっと離して、胸の上に引っかかっていたメガネを元通り顔に乗せる。
クリアになった視界の中で、篠田さんはギョッとした顔で私を見ていた。
私を取り囲んでいた他の子たちも、怯えたように後ずさって、包囲網がゆるむ。
やれやれ、この調子じゃ明日にはクラスで、「暴力女」扱いになりそうな。
中学の時も、柔道やってて全国大会に行ったってだけで、鬼女のような扱われ方をしたもんな。
「じゃ、今日のところは来ない、でいいの?」
呆然とした彼女たちの顔を見回して。
私は彼女たちの意向を最終確認した。返事はない。私はため息をつく。
「それならそれでいいけど。こんなことしてるくらいなら、一緒に行こうよ。時間の無駄、ってあなたたちも思うでしょ?」
襟元を整える。わしづかみにされて、リボンがぐしゃぐしゃになっている。やれやれ、今夜はアイロンがけしないと。
三回目の誘いにも、彼女たちは乗らなかった。怯えたように寄り添い固まっているばかり。脅かしすぎたかな。
とにかく、随分時間を無駄にした。
三回誘ったのだから、もう十分だろう、と思う。
私は彼女たちを置いて、病院へ向かうことにした。
※
「遅い」
病室に顔を出すと、ひとこと。部屋の主である桐野くんはのたまった。
「何やってるわけ、玄倉。寄り道して遊んでるの? そういうのって、誠意がないよね。本当に僕のこと、心配してるの? 義理で来ているんなら、別に来なくたっていいんだよ?」
つまり要約すると。入院五日目にして、彼、桐野くんは相当退屈している、と。おそらくそういうことなのだろう。
とりあえず私はあやまっておいた。毎日ひとりぼっちで、動かない足を見つめているだけの桐野くんの不安な気持ちも分かるような気もするし。私だってここにいられるのは、学校が終わってから面会時間が終了するまでの、ほんの四時間程度。
それだけの時間しか、おしゃべりの相手がいないのだから彼が退屈するのはムリもない、と思う。
それに、繰り返すようだが桐野くんて、結構おしゃべり好きというか、人恋しい性質というか。
「あのね、桐野くん。みんなをお見舞いに呼ぼうか?」
私は提案してみた。
篠田さんたちへの義理立てもある。彼女たちには彼女たちなりに、必死な思いがあるのだろうし。
「みんなも、桐野くんのことを気にしているし。桐野くんが来てほしがってる、って言えば、喜んで毎日来てくれると思うけど」
そして私は雑務を受け持つ。それが一番、理想的な形な気がするのだが。
「イヤだね」
けれど桐野くんは、私の提案を一瞬のためらいもなく却下した。
「僕は悪くないのに、なんでこっちから下手に出なきゃならないんだよ。玄倉、お前バカ? そんなことする意味ないだろう?」
クラスの王子様は、ムダにプライドが高かったりする。
「まあ、玄倉みたいにさ。そっちから頭を下げて、どうか見舞いに来させてください、って頼みこんでくるなら考えてやらないでもないけどさ。そんなことでもないかぎり、有り得ないね。僕がアイツらに何かお願いしなくちゃならない義理なんてないんだ」
そしてそのプライドの高さは、私が思うにチョモランマ級である。というか、私そんなことしたっけ? まあ、いいけど。私が少々強引に彼の身の回りの世話を始めたのは確かだし。
それにしても、人って付き合ってみないと分からないものだ。遠くから見ていた時は、桐野くんっていつも大勢の人に囲まれて、フレンドリーな人に見えたけど。いや、ある意味確かにフレンドリーな人ではあるのだけれど。そう見えるのは、前述の如く彼がおしゃべり好きで人恋しい性質であるからであって。
近くでよく彼の言うことを聞いていると、この人がやたらに気難しくて、かなり面倒くさい人であることがよく分かる。
「何、玄倉。黙り込んじゃって。何か言いたいことがあるわけ」
今も、刺のある口調でそう畳み掛けてくる。私の提案はよっぽど気に入らなかったらしい。
私も思いつきを言っただけだったので、とりあえず「ごめんね、忘れて」と頭を下げておいた。
篠田さん、悪い。あなたの力にはなれなかった。
桐野くんは眉間にしわを寄せながら、うん、とうなずく。
これでこの件は落着。
で、私はベッドの横にある折り畳み椅子を開いて座ろうとする……と。
「何だよ、もっとこっちに来いよ」
と手招きする王子様。
「こっちって、どこ」
と訊ねると、
「ここに座っちゃえよ」
と、ベッドの端を指さす。いやあ、それはさすがにどうだろう。
私がためらっていると、
「何。何か文句があるわけ」
とまたまた唇をゆがめる。
この人、本当にどうにかならないかなあ。
「昨日のノートで、教えてほしいとこがあるんだよ。遠くにいられちゃ、やりにくいだろ」
と、桐野くん。
そう言われると断りにくい。
彼の要望で、私は授業のノートを一冊作って彼用に渡している。初めは、写メってデータで、ってことも考えたのだけれど。何しろ、量が多いから現物を作ってしまった方が手間がかからなかった。
仕方ない、と私は彼の枕元に腰掛ける。
「どこ、かな。私で分かるといいんだけど」
桐野くんは、意外にも(と言っては失礼か)かなり頭がいい。授業の内容も、私のノートを見ただけでついていけているみたいだ。彼の言うところでは、昼間はヒマだから勉強ばかりしているらしい。
「分からなかったら、よく聞いて教師に教わって来い。それが玄倉のためにもなるだろ」
はいはい。そうですね。
彼の指定は古典だったので、古典のノートを開く。
「ここの訳。これ、本当に合ってるか?」
うわ。
桐野くんが、私の背中にぴったりくっついて、肩ごしに手を伸ばしてノートの訳を指さしている。
後ろから抱きしめられているような距離の近さ。男の子の匂い。息遣いが耳にかかる。
頬が赤くなるのが分かる。緊張して、とっさに言葉が出て来ない。
「どうしたのさ、玄倉。返事してよ」
と、桐野くん。そんなことを言われても。
「あ、もしかして」
耳もとをくすぐる桐野くんの声が、嗤いを帯びる。
「玄倉、こういうのに慣れてない? そうだよな」
低く笑いながら、桐野くんは一層躰を寄せて来る。
私の背中に。桐野くんの躰が触れる。
後ろから両腕を回して、私のおなかの前で手を組む。
抱きしめられてるみたい、ではなく、完全に抱きしめられている状況。
「玄倉は、部活ひとすじのマジメちゃんだもんなあ」
というか、私としてはあなたがどうしてそんなに平然としているかが知りたい。
私はこんなにドキドキしていて、顔も上げられないのに。
桐野くんが手を動かす。上がってきた手が私の胸に触れそうで、私は思わず身をすくめる。
「気になってたんだけど。これ、どうしたの」
うわ。桐野くんの顔がすぐ横にある。
桐野くんの手は、くしゃくしゃになった私の制服のリボンを引っ張っている。
親指の付け根が。私の胸のふくらみに、少し、触れて。
「あ、あの。それは」
私は口ごもる。半分は、桐野くんとの距離の近さにとまどったからで。
半分は、真実を彼に言うのはどうかと思ったからで。
「ふうん?」
桐野くんは私の表情を見て目を細めた。何だか何を言っても見通されそうで、私は彼の顔を見られない。
「玄倉、もしかして誰かに何か言われてる? イジメとか? 僕の怪我のことで?」
「べ、別にイジメってわけじゃないよ?」
私は目を合わせないままで言った。
うん、イジメじゃない。ちょっと囲まれただけだし。
「ホントに? まあ、玄倉は意外にハッキリものを言うし、柔道だってあるもんな」
考える桐野くん。そうそう。
「けど、だからってイジメに遭わないわけじゃないよな。ヒトを社会的に抹殺する方法なんていくらでもあるし」
って。何を言ってるんですか桐野くん。
「もしかして、篠田あたり? 何かされた? アイツ、キレやすいんだよな」
ピンポイントで名前を指摘されて、私は思わず反応してしまった。ビクリと一瞬、震わせてしまった肩は、もうなかったことには出来ない。
篠田さん、ゴメン。バラしちゃいました。
桐野くんはますます目を細めた。
「アイツか。アイツ、面倒くさいんだよね。一回デートしてやったら彼女気取りでさ。すぐ感情的になるし、人の話聞かないし。大したことないくせに、自分のことカワイイって思ってて鼻につくし。いつ切ろうかと思ってたんだけど。玄倉にちょっかい出してるんだったら、いい機会だから身の程を知らせてやろうか」
「や、ちょ、ちょっと待って」
私はあわてて桐野くんの方に顔を向けて。
その顔の余りの近さに、またビックリして。
そして、その瞬間、直感的に分かってしまった。
桐野くんが、彼女を作らない、ってみんなに言っている理由。
「桐野くん、みんなにこんなことしてるんだ……」
私は自分の胸元にある桐野くんの手首をつかんで、自分の躰から引き離した。
「やだなあ、そんなことしないよ」
軽く笑う桐野くん。
「こんな風に、自分からベッドに来てくれる女の子ばっかりじゃないもの」
むむ。
その言葉で、私は軽く桐野くんを突き放してベッドから降りた。
つまりなんですか、私が頭も尻も軽い女だと。そういうことをおっしゃりたいわけですか。
「アハハハ。本気にした? 玄倉、本気で怒った?」
大笑いしている桐野くん。そのうち、笑いすぎて腹が痛い、とか言い出した。
私はまったく面白くないけど。
なるほどね、女の子を片っ端からその気にさせてハーレム状態にしておく方が、ひとりの彼女を作って縛られるより楽しいでしょうとも。
桐野星太、心根は見切った。以後、あなたのことはそういう男として対処させていただきます。
「アハハ、アハハハ」
桐野くんはまだ笑っている。この姿を、篠田さん以下の女子たちにも見せてやりたい。
「冗談だよ、冗談。冗談も通じないの。玄倉、堅すぎ」
何を言われてももうその手には乗りません。
「だけどさ。篠田のことは本当」
急にマジメな声になって、桐野くんは言った。
「退院してからになるかもしれないけど、どうにかする。迷惑かけて、ゴメンな。玄倉」
私は思わず振り返る。桐野くんは笑って笑って笑いすぎて、今はベッドの上に大の字に横になっている。
そこから私を見ている桐野くんの目が、意外にマジメそうで。
迷惑かけるとか、ゴメンとか。そんな殊勝なこと、今まで言われたことがなくて。
私はつい、彼を見つめ返してしまう。
「ううん。大丈夫」
私は、気が付いたらマジメに言い返していた。
「大丈夫だから、私に任せて。こういうことは、女の子同士で解決した方がいいと思う」
というか、下手に桐野くんを介在させたりしたら、おそらく一生消えない遺恨が残る。
「ホントに?」
桐野くんはちょっと不満そうに唇を曲げた。
「つまんないの。玄倉は、ちっとも甘えてくれないのな。……まあ、玄倉は強いから、仕方ないか」
私のイメージは「強い女」らしい。まあ、別に、それでもいいけど。関係ないし。
「それで、どうするの? 篠田を投げ飛ばす?」
邪気のない笑顔で言い切る桐野くん。
「僕、見てたぜ。玄倉、三年生のこともぶんぶん投げ飛ばしていただろう。あの調子で、やっちゃうの?」
あの。先輩は、私の投げ技の稽古のために、あえて投げられてくれていたんです。
ひとのことを、野蛮人みたいに言わないでくれますか。
「いいなあ。ちょっとカッコいいよな。僕が退院してからにしろよ、そのイベント。見てみたい」
その瞬間。私は心から思った。
試合の時のように、この世の全ても一本取って解決できればどんなにいいことか。
篠田さんも。一緒に来ていた女の子たちも。
誰より、今、目の前でニヤニヤしているこの男も。
全部まとめて背負い投げして、審判に「一本!」のコールをもらえれば。
どれだけスッキリするだろう、と思わずにはいられなかった。