エピローグ・2 高く高く
そんな、長い夢を見た。
明け方、寮の狭いベッドで身を起こし、薄明りの射すカーテンの向こうをうかがう。
私たちをつないだ不思議な夢は、段々間遠になってきている。
その中でも、今日の夢は。不思議に余韻があって。
まるで、シュラハが私にお別れを言っているような。
「は? 何言ってるの」
と、星太くんに話したところ全否定されました。
「向こうは僕たちの夢、普通に見ているみたいだし。僕だって、こんなつながりうっとうしいからいい加減に終わりにしてもらいたいけどさ。つながっちゃってるものは仕方ないだろう」
だそうです。
そうなのかな。このまま、私たち、つながっていられるのかな。
「新、僕の話聞いてた? 僕はうっとうしいから切れるモノなら切りたい、って言ったんだけど。リハビリと部活で疲れて眠ったら、夢の中で出て来るのはアイツだろ。たまんないよ。眠った気がしないよ。僕の頭の中から出て行ってほしいよ」
相変わらず、仲は悪いらしい。
私は気に入ってるんだけどな。ひとりじゃない気がして、心強い。
だけどきっと、いつまでもこのままじゃいられない。
「ああそう。お前とシュラハは仲がいいからいいよな。で、ねえ。いい加減にこんなつまらない話やめない? せっかく二人きりなんだからさ」
二人きりだから、この話を振ったんだけど。
他人のいるところで「共通の夢の話」なんか始めたら、完璧イタイ人たちだと思われるよ?
まあ、そういうわけで。星太くんの退院以来、久々の二人きり。
つまり、いわゆる「デート」状態である。
星太くんが退院してからは。私は、今までの分を取り返すため、猛稽古の日々で。
星太くんは星太くんで、リハビリやら補習やら部活やらで忙しそうで。
教室では入院中の分を取り返すぞとばかりに、いつもたくさんの人に囲まれているし。
同じ教室、同じ体育館で時間を過ごしながら、ほぼ接点なしという。
あの日の前に戻ったような日々が続き。
篠田さんにまで、
「玄倉、アンタたち大丈夫なの?」
と心配される始末。
メールはやりとりしていたけれども、向こうも疲れているんだろう。
「部活終わった」
「飯食った」
「寝る」
とかの、状況報告的なメールがほとんどで。
まあ、それに対する私の方も。
「今、部活終わってご飯食べて部屋に帰って来たよ。私も寝るねーおやすみなさい」
などという、ほぼご同様の内容で。
ラブラブ甘々な生活とはほぼ対極の、体育会チックな毎日をひたすら過ごしているわけである。
「そう言えば。お母さんとは、あの後話した?」
思いついて、聞いてみた。
星太くんは、イヤな顔をする。
「何で、チュウリィの話が終わったらマリアの話? 新、ひょっとして僕にイヤガラセしてる?」
そういうわけではないのですが。
「何回かメール来たけど、無視してる。僕がかまうから付け上がるんだ、って分かったからさ。僕はもう、じゅうぶん大人で、アイツが期待してるようなかわいいペットじゃないって思い知らせてやらないと、って思ったんだ」
「それはそれで、マリアさん可哀想な気がするけれど」
星太くんの無視攻撃、結構こたえるからなあ。
「さっきから、何なの。お前、どっちの味方なわけ」
「いや、別にどっちの味方っていうわけじゃないんだけど」
どうなったのかなー、と思って聞いてみたのだ。
そうしたら、その答えはお気に召さなかったらしく。
「何だよ。新は僕の味方だろ。僕だけの味方をしなきゃダメじゃんか」
と、ふくれられた。
「そんなこと言うなら、こっちだっていじめてやる。お前、自分の親に手紙書くって言ってたけど、あれどうしたのさ」
う。逆襲されてしまった。それも、かなり的確にイヤなところを突いてる。
うう、それは。
「書けてない……」
いざ、書こうとすると。やっぱり、いろいろな気持ちがあふれてしまって。
長くなりすぎたり、恨みがましくなってしまったり。かといって、ディティールを全部省いてしまうと、時候の挨拶だけみたいになってしまって、何のための手紙だか分からなくなってしまい。
「やっぱりさ。難しいよね、ひとり立ちするって」
頭では分かっていても。もう納得したつもりでいても。
まだ、どこかでくすぶっている感情があって。
どこかに、親を求める幼い私がまだいて。
「そうだろう」
この問題の権威のような顔で重々しくうなずく星太くん。
私は、空を見上げる。公園の木立の間から、五月の青い空が見える。
「まあ、少しずつやっていくしかないね」
「だろう? そうなんだよ」
なんて、大人の顔してうなずく私たち。
私はまた、夢の世界に思いを馳せる。
夢の世界では。チュウリィは、結局お父さんやお母さんと話もせずに出奔してしまい。
シュラハは、ずっと家族の代わりをしてくれた師匠と泣いてお別れをした。
師匠との間のことを、シュラハはすごく軽く考えていたのだけれど。チュウリィとのことをはっきりさせるために、話をして。初めて、師匠がとても深く彼女のことを考えてくれていたことを知った。
たぶん、「商用に連れて行けないから」という理由でシュラハを手放した本当の両親より、ずっと深く彼女を愛してくれた人だったのだ。
チュウリィへの彼女の想いを聞いた時、彼はあっさりと、「それじゃあ私が君に羊を贈ろう。それで問題は解決する」と言った。
それは、掟と誓言で結ばれた彼女との関係を清算するということで。
自分からそうするつもりだったくせに、シュラハは。それにすごくショックを受けた。
それは自分がやるべきことだ、と言うと。彼は。自分が彼女にしてやれる最後のことだから好きなようにやらせてくれ、と言った。
そこに、避けようのない暗い予感を感じて。
「それを受け取ったら、私はその後どうしたら良いのですか、師匠」
なんて、聞くべきじゃないことを聞いた。
「さあ。それは、私の関知するところじゃない。羊を受け取ったら君はこの天幕を出て行き、自分で自分の運命を切り開くんだから」
それを聞いて。シュラハは、自分がすごく子供だったことを知った。
どれだけ、彼に大事にされていたか。それを、どんな風に自分が台なしにしたか。
だけど、やっぱり。彼とずっとこの天幕で暮らす、と言う選択は彼女には出来なくて。
それは、彼女が育った草原に冬は北風が吹き、夏は南風が吹く。それと同じように、決められた動かせないことで。
たくさん泣きながら、たくさんあやまりながら。彼女は長い年月を過ごした天幕を後にした。
って、思い返すとシュラハって私より幸せなヤツ。
親に置いて行かれたっていうところは私と同じでも、その後ずっと家族の代わりをしてくれた、優しい師匠が傍にいたんだもの。
師匠と結婚できれば、それが一番おさまりが良かったのかもな。
だけど、彼女にそれは出来なくて。
まあ、今はチュウリィと一緒だから、きっとそれで良かったんだと思う。
それにしても。師匠の天幕を出た時の彼女は、本当にぶざまで情けなかった。
社会が違うけど。価値観も違うけど。同じ年でも、もう大人として扱われ、自分でもそう振る舞っているシュラハたちだけど。
やっぱり親から離れるということは、とっても痛くて。悲しくて。不安で。ぶざまで。情けなくて。
いっぱい醜態をさらしながら、やっていくしかないのかな。
「だけど、手紙は書くよ」
私は言った。
シュラハも頑張ったんだから。彼女が見てるなら、私も頑張らないと。
いつか、親とうまく距離を取って付き合えるように。
「そうか」
うなずく星太くん。
彼も、自分だけの戦いをしている。マリアさんと、大人どうしの関係を築けるように。
「頑張れよ」
だから、背中を押してくれる。
だから、私も頑張ろうと思う。
「うん。頑張る」
私は、手を伸ばして彼の手を取る。ギュっ、と握る。
彼は私の顔を見る。
「何」
「何でも。つなぎたかったから。ダメ?」
「ダメじゃないけど」
目をそらす星太くん。
「ま、いいか。ちょっと恥ずいけど」
頭をかく。
こうやって、受け入れてくれる人がいるから。
自分がひとりだと思っていた私は、淋しくなくなった。
教室で孤立していたのも。
自分がみんなを拒否していたんだって、分かるようになった。
星太くんみたいに、いつも人に囲まれてるってわけにはいかないけれど。
私の世界も、広がりつつある。
手をつないだまま、ゆっくり歩く。
松葉づえはいらなくなったけど、星太くんの脚はまだ完全に元通りになったわけじゃない。
「映画でも、行くか。何か面白そうなのやってたかな」
「面白い……」
私は首をひねる。
「星太くんは、どういうのが好きなの?」
「んー、何でも見るよ。面白ければさ。新は」
言葉を切って、私の顔をまじまじと見て。
「暑っ苦しいスポ根ものしか見なさそうだよな」
どんな女だ、私は。
「私だっていろいろ見るよ。コワいのは苦手だけど」
小さな声で付け加えると。
「あれ?」
何か、とてつもなく面白いものを見つけたような顔をしたヒトが私の隣りにいるな。
「新、ホラー系ダメ? 人をばんばん投げ飛ばしてるくせにオバケがコワイわけ?」
だから、何でそんなに嬉しそうなんでしょうか。それと、人を投げ飛ばし魔みたいに言わないでほしい。
「そういう映画って、こう人を驚かそう、驚かそうとしてくるじゃない。それがイヤっていうか」
「そりゃ、盛り上げようとするからね。演出で驚かそうともするだろ。ふーん」
もう、口ぶりからも表情からもイヤな予感しかしないんだけど。
「じゃ、今日の映画はホラー系な」
ホラ来た。どうして、そういうこと言うかな。
「ヤダってば。何でわざわざそういうことしようとするの」
「ん? 新が怖がってる顔が見たいから」
直球ですね。
ああもう、私はどうしてこんなヒトと付き合ってるのかな。
星太くんは、もうすっかりホラー映画を見る、と決めてしまった。うう、イヤだよお。
「いつか、さ」
私の顔を見ないで、星太くんが言った。
「何?」
少し黙り込む星太くん。そのまなざしは、明るい空を見つめている。
「いつか、僕がまた走れるようになったら。海岸でも、川べりでもいい。一緒に行って、思いっきり走ろう」
その言葉で。
私の中に、風が吹く。
思いっきり風を切って走る時のあの感覚が、体中によみがえる。
私は。彼の手を握る手に、力を入れる。
「うん。行こう」
ハッキリと言う。頼りない、言葉だけの約束が。力のある言葉になるように。
「一緒に走ろう。その時になって、部活で死ぬほど走ったからヤダ、なんて言ってもダメだからね」
「はは。僕、言いそう」
そう言って、星太くんは嬉しそうに笑った。
私たちの前に、未知の驚きをたくさん内包して広がる世界。一寸先の予断も許さず、襲いかかってくる運命。
その中で、ささやかに。
私たちは手を取り合って、前に進もうとする。
シュラハも。チュウリィも。
星太くんも。私も。
それぞれの世界で、それぞれの道を切り開くため、戦っている。
ぶざまでもみっともなくても、愚かでも学習しなくても。
少しでも前へ。少しでも高く。
進むために、頑張っている。
だから、この手を離さずに。
私は進んでいく。
遠く遠く。高く高く。
一緒に、跳ぶことが出来たら。
天国にだって、手が届くから。
読んでいただいてありがとうございました。
これで、お話はすべて終わりです。
次話のスペースを使って、あとがき的な企画をやろうかな、と思っておりますので、よろしければまたのぞいて見てやってください。




