魔術師 チュウリィ・2 門をくぐる
面白くない。面白くないぞ。
結局、町中探し回ったが、あの異民族は見付からなかった。
夢の中のクロクラに似たまなざしの名残だけを残して。ただ、僕の体にも心にも重い疲労感だけが残っている。
今日は、待ちに待った魔術師試験の本番だって言うのに、なんだってこんな状態で受けなくちゃならないんだよ。
だからと言って、試験が延期になるわけでもなく。
仕方なく、僕は今までの勉強の成果を記した書物を背に担ぎ、交付された受験者の証を懐に入れて再び王城を目指した。
王城の周りには、昨日よりも人が多かった。これ、みんな受験者なんだろうか。北方だけでなく、南方や西方の異民族の装束を着た者たちも入り混じり、百人以上の人間が城門の前で列をなしている。
年齢も様々。もういい年の壮年の男、どころか老人までいるし、かと思えば子供じゃないかと目を剥くような相手まで。この人たちが全部、ここで仕えるために世界中から集まって来たのだから、国王の威光というのはやはり凄い。
僕はキョロキョロして、昨日の異民族の姿を探したが、それらしい姿はなかった。
やがて、僕が城門をくぐる番になった。前の受験者を飲みこんだ門扉は固く閉ざされ、目の前で槍が交差される。
槍の穂の先の、鋭利な金属の冷たい輝きにドキリとする。今、この将兵が気を変えて僕を串刺しにしてしまえば、何もかもそれでおしまいじゃないか。
僕はこの国の大臣の息子で、やがては国王を補佐して国を導く逸材だぞ。それに対して、この扱いはあんまりだと思う。他の有象無象ならともかく。
「名と用件を言え」
門番の雑兵は、権高にそう言った。
もう少し丁寧な対応が出来ないのか。繰り返すが、僕はこの国の大臣の息子だぞ。
「チュウリィ・フォング。魔術師試験を受験するために来た」
僕は冷たく、負けず劣らず上からものを言ってやった。フォングという姓に思い切り力を込めて。僕は、お前らみたいな下層民に乱暴な口をきかれるような身分の人間じゃないんだよ。
「受験者なら証を見せよ」
しかし、門番は動じることなく言葉を続けた。
何。コイツら、フォングの名前を知らないの。有り得る。知性のカケラもなさそうな顔をしてるもんな、二人とも。自分たちの使える場所を出入りする高官の名前くらい覚えておけよ。
僕は懐から受験者の印を取り出して二人に見せた。
透き通った、掌に載るほどのガラス玉で、中にはそれを光らせるための機巧が入っている。ガラスには王家の紋が精緻に、誇らしげに描きこまれている。
「証を見せよ」
門番たちが、重ねて問いかける。
はいはいはい。分かってますよ。これは魔術師試験だからね、ただガラス玉を見せただけじゃダメなんだ。
僕は証のガラス玉を高く掲げ、呪を詠唱する。必要な陣はもう、掌に墨で描いてある。
ちゃんと見てたんだ。僕の前に並んでいたヤツらは、どいつもこいつもガラスの中のこの機巧を術で動かして、ぼんやり光らせるだけだったけど。
この受験者たちの頂点に立とうって言うんだ、そんな地味なやり方でいいわけがないだろう……!!
詠唱を終える。魔術でしか動かない機巧が動き出す。その動きを阻むために、王城の魔術師たちによってあらかじめ定められていた妨害呪文を、掌の魔方陣がひとつひとつ破壊していく。
ガラス玉が細かく震え、熱を持つ。
一瞬それは、頭上の太陽よりも明るく、七色の光を放った。
破裂する寸前でその振動を止める。僕の手の中で、ガラス玉は急速に温度と光を失っていく。
急激に冷やし過ぎれば壊れてしまうそれを、繊細に制御しながら、僕はそっと両方の掌で包み込んだ。
「これでいい?」
笑顔でたずねた。
門番たちがうなずき、王城の扉が僕のために開かれる。
どうだい。つまらない手品だったけど。僕がそこらのクズみたいな受験者たちと違うことは、ここにいるみんなの脳裏にしっかりと刻まれただろう。
僕は堂々と、王城の中に足を踏み入れた。
後ろで扉が閉められる。
扉の内には、金のかかっていそうな装束を身につけた、中年のオバサン女官が立っていて、僕にうやうやしく名前を訊ねる。
ちょっと。ここは、絶世の美女が迎え出てくれるところじゃないの。何だよ、このオバサン。
言いたいことはいっぱいあったけど、仕方ないから僕はもう一度名乗った。
「フォング大臣閣下のご子息ですね」
オバサンはゆっくりと言った。ああ、門の内側にいるヤツはさすがに、門兵なんかとはちょっと違うんだ。
「参加されることは大臣からうかがっておりました。類まれなる素質をお持ちの優秀なお方とか」
そうそう。だからさっさと試験会場に案内しろって言うの。
「兄君様たちも、今回の試験に多く関係していらっしゃいます。チュウリィ様も、同じくご精進なさいますように」
僕は顔をしかめた。あんなヤツら、兄なんかじゃないって。そりゃ、父の血はひいているのかもしれないけど、アイツら所詮、庶子にすぎない。
「いいからさ。これから、どこに行けばいいの」
僕は苛々しながら言ってやった。
「さっさとしてよね。おしゃべりは好きじゃないんだ」
オバサンは、スッと目を細めて僕を見た。何だい、嫌な感じ。
それから右手を上げて、廊下の奥を指さした。
「このまままっすぐ進み、突きあたりを右へ。次の角を左、左、右とおすすみなさい。その突き当りに試験会場があります」
素っ気なくそれだけ言って、オバサンは僕に背を向けた。
何。いい態度じゃない。
イラッときたけど、面倒だから言い返すのはやめておく。僕はこんなオバサンとからみに来たんじゃなくて、魔術師試験を好成績で通過するために来たんだから。
僕はオバサンを置いて、サッサと廊下の奥へ足を運んだ。
*
ふざけるなよ。何だっていうんだ。
僕が件の壁にたどり着くまでかかった時間は、およそ二時間。その道のりの、ありとあらゆるところに罠が仕掛けられていて、そのほとんどが致死性のもの。
大臣の息子を歓迎するやり方としてはなっちゃいないんじゃないのか。それとも、あれか。これも試験の内なのか? 受験者を殺そうとするのが国家試験のやり口なのか。
あのオバサンは、父に敵対する勢力の手先だったのに違いない。だから、わざと僕を殺そうとしてあんな目に遭わせたんだ。これは暗殺だ。無事、宿に戻ったら。父に報告してやるぞ。
とにかく、僕は言われたとおりの場所にたどり着いた。
そこにあるのはただの壁。試験会場なんて、どこにもありはしない。
一瞬、気が遠くなった。まるっきりウソを教えられたんじゃないだろうか。僕を高官の座から遠ざけるために、そしてあわよくば命を奪おうと。あのオバサンが。
だとしたら、来た道を戻ってあの場所に戻るか。
ダメだ。あの道は死の罠だらけだ。何とかくぐり抜けてきたけど、もう一度無事に通れる保証は何もない。それに、戻ったら二時間はかかる。その間に試験が終わってしまったら、どうなる?
決めかねて壁をにらんでいると、軽い足音がした。
ハッとそちらを振り返り、僕は思わずつぶやいた。。
「クロクラ」
あの、異民族が。あんなに探して見つからなかった、夢の中の少女が。そこに立っていた。
やっぱり、似ている。夢の中でかいがいしく僕の世話をしてくれる、あの少女に。
少年か、少女か分からない異民族は、僕の顔を驚いたように見。それから。
「何か、あったか」
と、たどたどしい口調で問い質すように言った。
それで気が付いた。罠に次ぐ罠に翻弄されて、僕の装束はずいぶん乱れている。
僕は慌てて襟を正した。それから、バカバカしいと思った。魔術師試験を受けて任官できるのは男だけ。いかがわしい女魔術師なんて、国王は求めていない。
この場にいるってことは、コイツはやっぱり男なんだ。いくら夢の中の少女に似てるからって、男の前で恰好つけても仕方がない。
「何もない。何もないよ」
僕はぞんざいに言った。
ただ、気になることがひとつあって。
「お前、何であっちの道から来たんだ」
僕は訊ねた。コイツは、僕の後ろから来たんじゃない。廊下の別の角を曲がって姿を現した。
ということは、あの殺人的な道をコイツは通ってない、ってことになるんじゃないか。
異民族の少年は首を傾げた。
「立派な女の人、私に行けと言った。その道を来た」
立派な女の人って、あのオバサンか。あのオバサン、受験者それぞれに違う道を教えてるのか?
「ここまでどのくらいかかった。罠はあったか。お前、良く通り抜けられたな」
早口に言うと、相手はますます首を傾げ、
「言葉、難しいと分からない」
と言った。
なんだ。やっぱり蛮族なんだな、コイツ。僕たちの言葉がちょっとしか分からないんだ。
声まで夢の中のクロクラに似てるのが、なんか腹立つけど。男なら、もっと男らしくしゃべれよ。
「まあ、いいや」
僕は肩をすくめた。どうせ蛮族だし。僕には関係ないし。
「それで? 僕はここまでの道しか教わってないんだけど。僕たち二人とも、あのオバサンにだまされたのか?」
ひとりごとに近い。コイツがそんな言葉を知っているとも思えない。
いや、どうだろう。ひょっとして、ここに来るまでのあの殺人狂めいた道が試験だったりして? 他の受験者はみんな、あの罠にかかって命を落としたのかもしれない。
そうしたら、合格者は僕とコイツと二人だけ、ってことになる。
うん、そうかも。その線が濃いな。ただ、目の前のコイツが僕に張るくらいの術師だとは思えないことだけが、難点だけど。
「道、知らない? お前……ノイルゲノイエン」
蛮族の少年は、おかしな言葉で僕を呼んだ。訛ってるからよく分からないけど、前に勉強した北方蛮族の言葉で解釈すると、「夢」の何か、と言われた気がする。
何か、の部分が方言なのか、よく聞き取れないんだけど。
「チュウリィ」
僕は自分を指して、言った。変な名前で呼ばれるのは気に食わない。
「お前は? クロクラ……じゃなくて」
「クロクラ、違う」
相手はキッと僕を見て、それから蛮族の言葉で早口に何か言った。最後に、胸を張って自分を指し、
「シュラハ」
と、ひとこと言った。つまり、それがコイツの名前か。ヘンな名前。
「シュラハね。分かった」
僕が言うと、少年は嬉しそうに笑った。
その笑顔が、ちょっとだけ。夢の中の少女の笑顔に重なって。
僕はあわてて目をそらした。
「それはともかくさ。お前なんかと自己紹介している場合じゃないんだよ」
僕は早口に言った。
「勝ち残ったにしては、試験官も現れないし。僕もお前も道が分からないんじゃ、お手上げじゃないか。これからどうすればいいんだよ」
ため息をつく。
シュラハが、不思議そうに僕を見た。
「チュウリィ、合言葉聞いていない?」
「合言葉?」
僕はオウム返しに言った。何のことだ。
「秘密の扉、開く。立派な女の人、言った」
何だそれ。何か秘密の合言葉があるのかよ。何でコイツは知ってて、僕には教えられていないんだ。
あのオバサンだな。やっぱり、僕を陥れようとしたんだな。
そう思って見てみると、この壁の周りには魔力の香りが濃厚に立ち込めている。
別な場所とこの場所をつなぐ魔術的な仕掛けがあるか、本当は扉があるのに障壁が施されて感知できないのか。そのどちらかだろう。
「私、道を開く。チュウリィ、一緒に来る?」
シュラハがたずねた。
つまり、何だ。この僕に、この言葉も満足に話すことが出来ない蛮族の得体の知れない術に、先行きを預けろと。
うわ、何だその運頼み。魔術師試験についてはいろいろな状況を想定してみたけど、こんなのは思ってもみなかったぞ。
「シュラハ。その合言葉を、僕に教えろよ。僕が道を開く。その方が成功する確率が高いだろ」
彼女……じゃなかった、彼は僕をまっすぐに見た。
それから、首を横に振った。
「ダメ。シュラハの言葉はシュラハのもの。譲れば命を失う、かもしれない。シュラハの言葉はシュラハが使う。それが理」
ちょっと、何だその頑迷固陋な論理。コイツ、きっと頭が固いんだ。
そういうことじゃ、国家の先行きを決める立派な魔術師になんてなれないと思うな、僕は。
「どうするか。私は試す。チュウリィは、チュウリィの道を行く?」
そう、あっさりと僕に決断を迫ってくるシュラハ。何、コイツ。自分勝手な論理を展開しておいて、それを平然と他人に押しつけて来るのかよ。
シュラハは僕の返答を待っている。あー、どうしろって言うんだよ?
コイツについて行くのは、間違いなくバクチだ。
だけど、コイツと袂を分かつのもやっぱりバクチ。ここでひとりで壁を見ていたって、試験を受けられる保証は何もないし。
「シュラハは、どうして僕に肩入れするわけ?」
とりあえず、僕は聞いてみた。
だって、僕たちは試験の受験者だ。言うなれば、敵みたいなもの。お互い、助け合う必要なんて、少しもないだろう。
それを聞いて、不意にシュラハの頬がサッと赤くなった。
その鮮やかな赤色と、どこか恥らったような表情。僕は不意に、シュラハがとても綺麗な顔をしていることを改めて思い出して。
「シュラハ。お前、女だ。そうだろう」
気が付いたら、そんなことを口にしていた。
だって、今のシュラハは。とっても可愛くて、とても男なんかには見えなくて。
そうだ。どうして、装束なんかに惑わされて、一瞬でもコイツを男だと思ったりしたんだろう。きめの細かい肌、小柄で柔らかそうな線を描く躰。どう見たって、女にしか見えないじゃないか。
僕は手を伸ばし、シュラハの手首をつかんだ。骨が細い。
その先の、小さな両手に手を滑らせ、そっと包み込む。柔らかい手だ。男の、まして戦士の手じゃない。シュラハは戦士の装束は着けているけれど、断じてそんな殺伐とした人間じゃないんだ。
シュラハは困ったように手を引っ込めようとした。僕はそうはさせない、と力をこめてその手を握った。
「本当のことを言えよ。そうなんだろう」
僕は言った。
異民族の衣装はごわごわした布地で出来ていて、ハッキリと言えるわけじゃないけど。でも、多分、きっとそう。
今まで気付かなかったのは、コイツ、目くらましの呪術でも使っていたのかもしれない。その類の術は、相手に認識されてしまえばきかなくなる。
今の僕には、シュラハは女の子にしか見えない。
いっそ抱き寄せて、触ってみようか。そしたら、何もかもハッキリする。
夢の中のクロクラが、コイツと同じ顔をして、なかなか豊かな胸をしていたことをなんとなく思い出した。
ドキドキした。
「チュウリィ。困る」
シュラハが、言った。本当に困り果てたような表情だった。
「何がだよ?」
僕は口早に言う。気持ちがはやっている。
「シュラハにはシュラハの理由が、ある。部族の誇り。誓い。恩」
何言ってんの、コイツ。意味がサッパリ分からない。
けど、理由があるって言うのは。それは、つまり。
「やっぱり女なんだ。そうだろ?」
僕は決めつけた。
女は、王城の魔術師にはなれない。女が出来るのは、女官の仕事だけだ。
コイツは理由がある、と言った。それは、女のくせに男のフリをして、魔術師試験を受けなきゃいけない事情がある、ってことじゃないのか。
シュラハは答える前にすごく長く考え込んだ。それは、僕にとってはもう、答えのようなものだったけど。
ずいぶん長く黙っていてから、シュラハはやっと、うなずいた。
「そう。私、女」
やっぱりね! そうだと思ったんだ。
「何で男のフリなんかしようと思ったんだ。それに、そのウソ、大して続かないと思うな。だって、お前どう見ても、男には見えないし」
シュラハの顔にまた赤みが差す。彼女は横を向いて僕から視線を外して、
「それは、私だけの誓い。チュウリィには、関係ない」
と、断固とした口調で言った。
何だそれ。かわいくないの。
「私のこと、関係ない」
シュラハは重ねて、「関係ない」を強調した。殊更に僕から距離を置こうとするかのように。
「私、術を使う。チュウリィ、一緒に来る、どうするか?」
ああそうか。そもそも、それが論点だったんだっけ。うっかり忘れていた。
どうしようか。シュラハのことは、信用してもいい気がする。何となく。
少なくとも、彼女が僕の手助けをしようとするのは好意からなんだろう、多分ね。根拠はないけど。
後は、彼女に魔術師として、それだけの能力があるかどうか、なんだけど。
「本当に、信用して大丈夫なんだろうな?」
僕は訊ねた。シュラハは僕を見上げて、心外そうな表情になり、
「扉開く、簡単。合言葉分かってる」
と言い切った。
まあ、たしかに鍵となる言葉が分かっている解呪なんて、どんな術式であれ単純なものになるに決まっている。だけど、シュラハは女の子だしなあ。
けれど、実際問題他に選択肢はなさそう、だった。これだけグダグダしていても、誰かがここに現れて僕たちの合格を宣言してくれる様子はないし。
「分かった」
仕方なく、僕は肩をすくめた。
「お前に乗るよ。その代わり、失敗したらヒドイぞ?」
「失敗、ない。チュウリィ、そのまま私の手、握っている。離さない」
シュラハはたどたどしい口調で言った。
要は接続を切るな、ということだろう。
自分ではない別の人間に術の効果を及ぼそうとするためには、フツウは何らかの儀式や術式で聖別するか、高度な精神感応を行って自己の精神との一体化をはかるものだけど。
シュラハはそういう高次な魔術を否定して、肉体的接触という原始的な手段を選んだらしい。ま、扉の解呪程度ならその程度でも問題ないか。
シュラハは蛮族だから、そんな程度の低い魔術師か知らないのかな。
それとも、ただ僕に手を握っていてほしいだけだったりして。やだな、そっち? そんなこと考えてる場合じゃないだろ、シュラハ。
考えている間に、シュラハは滑らかな動作で僕たちの周りで空中に円を描く。それは空間を遮断する動きだ。
そして、同じ軌跡をなぞるように没薬をふりかける。豊かな花の香りが辺りにたちこめた。
シュラハは、僕には分からない蛮族の言葉で二、三言何かつぶやき、それから。
「この道は鳳凰に続く道、開け、扉よ。我らまからん」
と、すごく綺麗な発音で宣言した。
目の前の壁が光る。壁の映像が見る見るうちに崩落して行き、古びた木の扉が僕たちの前に姿を現す。
シュラハは、僕を見上げて得意げに微笑んだ。
「扉。行こう、チュウリィ」
もちろん、そうすることに異論は何もない。
シュラハが結界を解除するためらしき仕草をする。そして、描かれた円の中から一歩を踏み出す。僕も慌てて後に続いた。
景色は変わらない。扉はそこにある。シュラハは完全に、解呪に成功したらしい。
そして扉に手を伸ばそうとする彼女を、僕はつないだ手を引っ張って制した。
なんだ、つまり今度は。僕が先陣を切るべきところじゃないのか。
今は、シュラハが活躍したわけだから、次は僕がいいところを見せる番だと思うし。
女の後からノコノコついて行くなんて、男としてみっともないし。
何より、扉が試験会場につながっているというなら、僕が一番に堂々と入っていかなきゃダメだろ。
だから、とにかく。前には僕が立つ。
そして僕は、シュラハの手を引いたまま。空いた右手を、扉へと伸ばした。