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魔術師 チュウリィ・19 最終試験

 そんな夢を見た。

 僕は寝台から身を起こす。


 セイタは母親に対して小さな我を通したことで笑っており。そんなセイタをクロクラは優しい目で肯定した。そして、セイタは自分の傷さえ肯定した。自分の運命を変えた傷を。変わってしまった運命を、それでも良いと肯定した。


 頭を振る。夢の残滓を追い出そうとする。


 分からない。分からないな。どうして、あんなことで二人は笑っていられるんだろう。

 何が解決したわけでもない。セイタの母親は、一時的な衝撃から回復すればまた同じ難題を彼に突きつけて来るだろうし。セイタの夢も、砕けたままだ。ボロボロになった脚の機能を回復するまでの訓練は困難に違いない。

 なのに、どうしてセイタは「二人なら大丈夫」なんて思ってしまっているのか。

 クロクラは、「自分たちはずっと四人だった」なんて言うのか。


 僕たちは、誰もが一人ぼっちだ。バラバラで、孤独に怯え、ひとりじゃないという幻想にすがって生きている。

 そう、友情や愛情なんて幻想だ。誰だって自分のことしか考えてない。頭の中を開いてみれば、セイタもクロクラもきっと全く違うことを考えて生きている。「ずっと一緒」なんて、嗤うべき夢でしかない。

 だから。

 僕を認めてくれる誰かに。僕を肯定してくれる誰かに。ずっと傍にいて欲しいなんて願望は、くだらない唾棄すべきものに過ぎないのだ。


 僕は、セイタの母親を面と向かってなじってやりたかった。まとわりついてくるのが気色悪くて、張り倒してやりたかった。

 セイタがどうしても肉体の主導権を譲らなかったので術は失敗に終わったけれど、あの不快さはまだ胸に残っている。

 魔術を知らないセイタに、いとも簡単に術を防御されたという敗北感が、胸にくすぶる。


 顔を洗い、口をゆすぎ、髪を結い直す。

 ああ。こんなサイテイな気分の時でも、世界はフツウに回ってて。

 今日は魔術師登用試験の最終日。国王陛下の御前での、第三試験の日なのだ。


 チーリンの予言どおり、試験に国王陛下が立ち会うことを知った父は目の色を変えて僕にいろいろなことを教え込みに来た。陛下の前でどのように振る舞ったらよいか、どのように受け答えすべきか。礼儀作法を教え込まれる子供のように、僕は毎日何時間も父の前で特訓をさせられた。

 僕としては、誰が立ち会おうがやることは同じだし。そんな時間があれば、魔術の勉強をしたかったのだが。


 そうして、父が用意させた立派な馬車に乗せられて、試験会場へ向かう。第二試験までは気楽なものだった。宿から自分で歩いて会場へ向かったのだ。


 会場は、静かなものだった。初めの試験の時のように、ごった返してはいない。

 それでも何人か、受験者らしき人間が入口へ向かっている。


「チュウリィ」

 声をかけられた。反射的に振り返りながら、誰の声だか理解していた。

 シュラハ。

 今までの戦士装束ではない、赤い花模様のキレイな服を身にまとったシュラハが、そこにいた。


「チュウリィ。会いたかった」

 彼女がまっすぐに僕に近付いてくる。

 僕は彼女から目をそらした。

 今。彼女の姿を見るのは、辛い。


 そんな僕に向かって。

「チュウリィ。私が間違っていた」

 意外にも。まず、シュラハは頭を下げた。

 え。何が。


「師匠のこと。黙っていて悪かった。ゴメンナサイ」

 もう一度、僕の目を見て言う。

「師匠と話した。いろいろ、たくさん。師匠が私に羊をくれて、私も師匠も掟から解放された」


 ええと。確か、夢の中でクロクラがセイタに話したことによると。財産を積むことで、婚約はナシに出来るんだっけ?

 と、いうことは。


「婚約、解消しちゃったのか?」

 僕は思わず声を上げていた。シュラハが生真面目に頷く。

「バカ! 僕はそんなこと求めていないだろ!」

 往来で怒鳴る僕に。


「これは、私とアイマグで決めたこと。チュウリィは関係ない」

 シュラハは僕の目を見つめたままで言う。

「アイマグは私の師匠。私の家族。だけど恋人ではない。アイマグは私に財産を与えた」

 シュラハの言葉は相変わらず紋切型だけど。クロクラの話で補完すれば意味は見えてくる。


 やっぱり、コイツは師匠野郎との婚約を解消しちゃったんだ。なんだよ、僕がせっかく身を引こうと思ったのに。そうすれば何もかもが丸く収まる、そう思ったのに。


「何しに来たんだよ」

 僕は低い声で言った。

「セイタたちの夢を見たなら、分かってるはずだろう。僕と君はもう無関係だ。そんなことされたって、僕には」

 何も出来ない僕には。

「君に返してあげられるものがない」


 シュラハはしばらく黙っていた。


 それから、口を開き。

「私は、チュウリィが好き。一番大好き」

 と。

 いつもの優しい声で言った。


 それは。

 僕の耳の中で、天女の声のように響く。


「これを言うために来た。今の言葉をこの石に誓う」

 シュラハは。僕の上げた玉石を両手で包み込み、誇らしげに言った。

 僕の胸元、装束の下の双子石が温かく反応する。

「モクの女は誓いを裏切らない」


 シュラハは言った。誇らしげなのはいいんだけどさあ。

「信じられないな。君、たった今、婚約を財産取引でナシにした、って言ったばかりじゃないか」


 彼女の表情が悲しそうになる。

 僕だって。シュラハの言葉を信じたいけど。理性が。知性が。疑いの心が、それの邪魔をする。


「説明したいけれど、今は出来ない。今度話す。また聞いて欲しい」

 そう言って、シュラハは一歩僕から離れた。

「今日、言いたいことは全て言った。帰る」


 くるりと。潔いまでにアッサリと、彼女は背を向ける。え。ちょっと。

「待てよ。今日は最終試験だぞ。君だって、二次試験に合格したはずだろう。どこへ行くつもりだよ」


 シュラハは僕の方を向いた。

「私は受けない。私は、役人に、ならない。なりたくない」

 きっぱりと、言った。え。え?


「セイタがアラタに言った。私が間違えていると。これは大会ではなく、役人になる試験だと。それなら、私はここには用がない」

 確かに、あった。そんな会話があった。え、けど本気で?


「本気かよ? 七百人以上も志願した中で、ここまで残れるのは十人といないんだぞ。王国最高の魔術師と認められるのに、その機会をフイにする気か」

 シュラハは目をパチパチさせた。あ、また言葉が聞き取れていないな。


 だけど彼女は、いつものように「言葉、わからない」とは言わずに、別のことを言った。

「私は役人にはならない。都人の走狗にはならない。モクの女は誇り高い」

 って。何言ってんだよコイツ。限りなく広がるこの平原と森全てを支配する国王陛下に仕えることを拒否するなんて、どんな誇りだよそれ。あんな、ほとんど布だけで出来たボロ屋に住んでる蛮族のくせして。


 だけど、そのやりとりで。僕は一つのことに気が付いた。

「シュラハ。言葉が。今までより、流暢になっていないか」

 それを聞くと、彼女は実に嬉しそうに笑った。

「私、師匠と言葉、たくさんたくさん練習した。少しだけ上手くなった。気が付いてくれて、嬉しい」


 僕は。それを聞いて嬉しいというよりは、呆れたよ。

 この女は。世界最高峰の術師として認められる機会を得たというのに、その試験に備えて魔術を勉強することをせず。

 僕と話すためだけに、言葉の練習なんかをしていた、って言うんだ。

 何考えてるんだ、この女。理解できない。どんなにキレイで可愛くても、しょせん蛮族だからか?


「本気か?」

 と聞くと、笑ってうなずく。


 ああもう、コイツ。

 夢の中のクロクラにも似たようなところがあるんだけど、コイツら割り切っちゃうと実にイイ笑顔で笑うんだ。その、割り切る基準が僕にもセイタにも理解不能なんだけど。


「チュウリィは、試験に行く。頑張る。うまくいくよう祈っている」

 また、鮮やかな笑顔。

 ああもう。なんなんだよシュラハのヤツ。


「試験が終わったら、戻ってくる。その、少し話そう」

 気が付いたら僕は、そんなことを口走っていた。

 シュラハは少し驚いたような顔をして。

 それから、うなずいた。


「ほら。これで、そこの茶店でお茶でも飲んでろ」

 なんて言いながら金を渡してるし。

 ああもう、僕ときたら何をやってるんだ。これから大切な試験だ、っていうのに。


 シュラハはうなずいて去って行った。

 僕は、彼女が町の無頼漢に声をかけられたりしないように、なんて考えてる。それどころじゃないんだってば。これから試験なんだよ、国王陛下が臨席するんだよ。集中しろ、集中。


 建物に入ると、綺麗な装束を身につけた小姓二人にうやうやしく案内され、建物のかなり上の方の、立派な部屋にまで連れて行かれた。

 するとそこには。

 いつも通り仏頂面のチーリンが暇そうにブラブラしていたので、シュラハに会って浮ついていた僕の気持ちも落ち着いた。というより萎えた。


「ああ。やっぱり来たのか」

 明らかに落胆した様子でチーリンは言った。コイツ、受験者全員にこんな応対してるんじゃないよな。

「来たよ。来るって言ったろ。何か悪いか」


「おや」

 チーリンは片眉を上げた。

「ちょっと元気が出たみたいじゃないか。何かあったのか」

 う。コイツ、自分で勘がいいというのは伊達じゃないな。

 僕は慌てて目をそらした。

「何が。何もないよ。当たり前だろう」


 チーリンはじろじろ僕を眺めたが、そのうち興味を失った様子で肩をすくめた。

「ま、仕方ないか。来ちまったものは仕方がない。まあ、好きにするんだな。合格した暁には、兄として先輩として、宮廷魔術師として芽が出ないように全力で潰してやる」


 ろくでもないことを言い捨てて、姿を消してしまった。

 ていうか、もうイヤガラセは始まっているのか。僕、試験の段取りについて何一つ知らされていないぞ。

 他の受験者もいないし、ここで待っていればいいのかどうかも分からない。


 仕方がないから通りかかった女官をつかまえて尋ねた。その際、「チーリンという魔術師が不親切にも僕をここに置き去りにしたのです」と、十分に訴えておいた。

 その女官は僕を別の立派な部屋まで案内してくれた。そこには、もう三人の受験者が来て椅子に座っていた。

 何人かは、今までの試験で見覚えていた顔だ。どいつをとっても相当の術者なのだろう。

 シュラハに朗報を持って帰るためには、僕も相当気を引き締めてかからなければならない。


 この最終試験は悪名高い。ひとりの合格者を出すこともなく試験が終了したことも過去にあったという。そうかと思えば、複数の合格者が出たり。

 まだまだ、何が起こるのかが分からないのがこの魔術師登用試験だ。

 僕としてはかねがね、どうしてチーリンやタイスーみたいなヤツらがこの試験に受かって宮廷に登用されているのか疑問なのだが、その辺もこの試験の難解さということにしておこう。


 かなり待たされてから、そのタイスーが室内に入ってきた。相変わらず尊大な態度だ。

「時間だ。諸君らを試験場の傍の待合室に案内する。なお、今回は五名の魔術師が選出されていたが」

 鋭い視線が、僕の隣の空いた席を一瞥する。

「五人目は棄権だ。ここまで選ばれていながら、宮廷に足を踏み入れる栄誉を投げ捨てるような真似をする輩が受験者の中に混じっていたことは大変遺憾である。もはやそのような不心得者は含まれていないだろうな」


 ムダにデカい目玉でぎょろぎょろ睨みつけて来るから迫力がある。僕はこういうヤツだと分かっているからいいけど、最初の試験とここでしか会ったことのない他の受験者たちは、これだけで萎縮してしまうだろうなあ。

 ちなみに、棄権した五人目の魔術師というのはシュラハだろう。

 

 僕も最初はもったいないと思ったけれど、考えてみればチーリンに女だっていうことを知られちゃったしな。この登用試験は女魔術師を対象にしていないから、途中でバレたら大事になるし。まあ、シュラハの判断は正しいと思う。


「では、名前を呼ばれた者から順番に隣りの部屋に入るように。言っておくが」

 威嚇するような口調。

「本日の試験には、いとやんごとなきお方が同席なされる。くれぐれも、失礼のないように。もし、そのお方に対して無礼があった場合は、最悪の場合諸君の首が飛ぶことになる」

 タイスーはそう言うと、血を好む猛獣みたいに喉の奥で笑った。

「なお、今言ったことは比喩ではない」


 何で、魔術庁は試験の監督役にこの男を選んだんだろうな。

 他のヤツはビビったかもしれないけど、僕はどっちかというと白けた。だいたい、タイスーは昔から無意味な脅し言葉とかが多いんだ。

 こんなヤツじゃなくて、もっとマシな人材はいなかったものなのか。雑用係はチーリンだし。アイツも多くの人の前に出すには向いてないよな。人材不足なのか、魔術庁。

 そんなことを考えているうちに、チーリンが後ろの扉から入って来て、トリン・バウという名を呼んだ。


 僕の右側に座っていた、色白でガリガリに痩せた、本の虫みたいなヤツがフラフラと部屋を出て行った。

 アイツのことは覚えている。一次試験で、誰より早く席を立ったヤツだ。

 てっきり、途中で回答することを投げたのかと思っていたから、二次試験で姿を見かけた時は意外に思った。


 何ごとも起きないまま時間が過ぎていく。正面を見ると、タイスーのぎょろぎょろした目を視界に入れなければいけなくなるので、僕は横を向いてため息をついた。


 かなり時間が経った後、またチーリンが入って来て今度はアルマード・ガイフォンというヤツを連れて行く。

 これは、年の頃三十くらいの、日に焼けた体格のいい男で、一次試験の時から目立っていた。

 あと、僕の他に残っているのは、名前は分からないが古ぼけた着物を着た顔色の悪い男だ。さっきからしきりに貧乏ゆすりをしている。

 どうでもいいけど、この呼ばれている順番は何順なんだろう。受験番号順か? 今日の受付順か?

 まさか、成績順ではないよな。


 そんな事を考えている間に、僕の名前が呼ばれた。

 次に考えるべきことは、チーリンについていって大丈夫なのか? ということだ。

 こいつのことだから、全然違う部屋に僕を案内しかねないが。


 だが、心配するまでもなかった。僕が通された部屋は立派な広間で、チーリンが僕を案内すると同時に、たくさんの目がいっせいにこちらを見た。

 

 正面に、立派な服を着た高官らしき人たちがズラリと並んでいる。

 真ん中にいるのが、長官のドゥルドク・ザカハンだ。真っ青な瞳が、僕を射るように見ている。

 端の方には父もいた。いつもどおり苦虫をかみつぶしたような顔をしている。考えてみると、父の笑った顔というのを、僕は見たことがなかった。


 だけど、僕はその人たちの後ろが気になった。


 ザカハンのずっと後ろ。広間の奥の方に席がしつらえてあり、色とりどりの衣装で身を飾った美しい女たちがその周りをひらひら動いている。

 その席に座っていた、肥った中年の男がぴょこんと立ち上がり、不格好な足どりでこちらに向かってきた。そして、チーリンが僕の名前を読み上げるのも待たずに声を上げた。


「そ、その者じゃ。その者じゃ。覚えておるぞよ。巻き毛の美しげなる若者であった」

 甲高い、この場には不似合いな声。僕は不快さに顔をしかめた。なんだ、コイツ。宮廷付きの道化か何かか。そういえば、コイツ、アレじゃないか。二次試験の時に、楽団と一緒に踊っていたヤツ。あの時にもジャマだと思ったけど、なんだってこんなところにまでしゃしゃり出て来ているんだ。


「これ、そち。魔術師よ」

 肥った男は、ザカハンの後ろの方から金切り声で叫ぶ。手に持った扇で、ぶしつけに僕の顔を指した。

 何でコイツを誰も止めないんだ。

「この前の花火は見事であった。またあれを見せよ。今すぐじゃ。わしは、そのために今日ここまで出てきたのじゃぞ」


「出来ません」

 僕は素っ気なく即答していた。本当なら、出来るかバカ、と言い捨ててやりたいところだったが、目の前に並んだ高官たちの手前、それははばかられた。

「あれは、協力してくれる魔術師がいたから出来たこと。その人は、今回の試験には参加していないからもう再現は不可能です。だいたい、こんな屋内で火の術が使えるわけもなし。ここはそういう場でもないと思いますが」


 肥った男が動きを止めた。顔色が見る見るうちに蒼くなる。

 ガタン、と大きな音がした。見ると、父が椅子を蹴立てて立ち上がっていた。優雅典麗を旨とする父なのに、こんな乱暴な動作をするなんて珍しい。


 父は肥った男に駆け寄った。だが、父の手が男に届く前に、相手は泡を吹いてぶっ倒れた。

 後ろの女たちが、きゃあとけたたましい叫び声を上げる。

 他の高官たちも立ち上がって、広間の中は大騒ぎになった。


 僕はと言えば。何が起きたか分からないまま、茫然としている。

 何なんだ。あの男は、病気持ちか?

 そしてどうして、あんな男が倒れたくらいでこんな騒ぎになっているんだ。

 元々、厳粛であるべきこの最終試験の場に似合わない、おかしな男だったじゃないか。


 右腕をグイ、と引かれて我に返った。チーリンの顔がすぐ傍にあった。いつも不愛想な顔をしている男だが、今は見たこともないほど機嫌の悪い顔をしている。

「バカ、何を突っ立ってる。早くこっちへ来い」

 チーリンは僕を引っ張った。


「でも、僕、試験が」

 僕が言うと、

「バカか。そんなもん中止だ。急げ」

 と抑えた声で、だが頭ごなしに言われた。

 そのまま僕は、チーリンに広間から連れ出されてしまった。

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