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魔術師 チュウリィ・17 負け犬

 辺りがすっかり暗くなった頃、僕は父の館に着いた。

 アイマグの天幕を追い出されて、もうどこにも行き場がなくなった僕は。父を頼るより、他はなかった。

 僕は父に、チーリンとウェンバクに魔術用具を取り上げられたことや、監禁されたことを言い付けた。

 これで、アイツらも都で大きな顔は出来なくなるだろうと思ったが、それでも気分は晴れなかった。


 夜になって、父に呼び出された。父の私室に入ると、チーリンとウェンバクが先にその部屋にいた。

 僕は小さく舌打ちする。こいつらを懲らしめてくれるだけで良かったのに。直接対決なんて面倒なこと、僕は望んでいなかった。

「さて。ウェンバク。チーリン。チュウリィはこう言っているが、何か申し開きはあるかね」

 僕を隣に座らせて、父は二人に言った。

 チーリンは不満そうな顔を。ウェンバクはヘラヘラした顔をしている。


「父上。オレが何の罪もない弟を誘拐して監禁するなんて、そんな男だとお思いですか」

 そしてウェンバクはいつもどおり、ものすごく白々しい言い方で堂々とそんなことを言って。

「妹ならまだしも、弟を監禁して喜ぶような趣味はオレにはありません!」

 

 いつものとおり、ふざけていた。

 ウェンバクの母親は、父の妾達の中では身分のある方だと聞いているが、それにしても厳格な父の前でよくそんな冗談が言える。

 案の定、父は嫌そうな顔をした。


「ウェンバク。お前のその軽口はどうにかならないのか」

「なりません」

 ウェンバクは涼しい顔で言った。

「オレが黙る時はオレが死んだ時でしょう」


 父がますます苦い顔をする。

 チーリンが嗤った。

「確かに。ソイツは、眠ってる時も寝言がウルサイ」

 そして、冷笑を浮かべて父に。

「父上、俺たちも暇なわけじゃありませんでしてね。その愚弟を連れて行ったのにはちゃんと理由があるんですよ」


 と言うなり。ごく簡潔に、僕とシュラハの付き合いの概要を説明してしまった。

 父が顔をしかめた。


「そういうわけなんです父上。オレはただ、可愛い弟の身の安全を守るため、そして、この都の平穏を守るため、すすんで自分の館を提供してですね」

 ウェンバクが力説を始めた。

 父はそれを無視して僕に向き直った。

「チュウリィ。今の話は本当か」


 僕は歯噛みした。このままじゃ、アイツらの思うがままだ。


「ウソばっかり言うなよ。僕を、あんな日の当たらない半地下に閉じ込めて。あんなの、監禁以外の何でもないだろう」

 僕が言うと、チーリンが片眉を上げる。

「あのな。俺の魔術防壁にも限界ってモノがある。お前の痕跡を追えないようにするためには、あの部屋くらいの大きさが精一杯なんだよ。半地下ってのも防壁張るには願ったりだし。お前も魔術師なら、それくらい分かるだろうがよ」


 う。それはまあ、確かに、分かるけど。


「それに、陽が差さない以外は文句なんかなかったでしょう?」

 割り込んでくるウェンバク。

「オレの選んだ家具! オレの選んだじゅうたん! オレの選んだ壁紙! オレの選んだ調理人が腕を振るったゴハン! オレの選んだイイ女! 気に食わなかったとは言わせないよ?」


 う。まあ、確かに調度は豪華だったし、居心地も悪くはなかったけど。アイマグの師匠野郎のボロな天幕なんかとは比べ物にならなかったけど。

 ただし、ウェンバクの使い古しの女にだけは、文句がある。


「ふむ」

 父が冷たい声で言った。

 それだけで、背中をどやしつけられたような気がした。

 感情を表に出さない瞳が、僕を見た。

「どうやら、お前の方に非があるようではないか、チュウリィ。その女とは、当然手を切ったのだろうな」


 心臓がビクリとした。シュラハのことだ。

 手を切るって。シュラハと?


 シュラハは他人のモノだってもう分かっているのに。

 僕のものにはならないと分かっているのに。

 そう言われただけで、背筋が寒くなる。


「まあ、若い頃の恋はいろいろもつれたり絡まったりするものですよ。父上」

 したり顔で言うウェンバク。うるさい。黙れ。

「お前が言うと説得力あるな」

 まぜっかえすチーリン。消えろ、頼むから。


 僕は黙り込んだ。反論する言葉がない。

 父が重々しく言った。

「チュウリィ。私は、跡継ぎはお前だと思っている。その地位を盤石にしたいなら、軽挙妄動は慎むことだな」


 ゾクっ、とした。

 跡継ぎを僕に。それは、喜ばしい言葉のはずなのに。何だか冷水を浴びせられたようで。

 異母兄二人も冷たい眼差しになっている。豪華な部屋で、暖炉で火も燃えているのに、なんだか寒々しい。


「何だ。何か文句でもあるのか、ウェンバク、チーリン」

「いいえ、何も」

 ウェンバクが首を横に振った。冷たい声だ。

「あなたが嫡出子にこだわっていることは兄弟みんな知ってることですし。大貴族として体面がありますものねえ。妾が十何人いようと、正嫡を跡継ぎにする。いいんじゃないですかー、それで」


「俺ならごめんこうむりますがね」

 チーリンが肩をすくめた。

「チュウリィには、ご愁傷さま、と言いたいところですよ」


 そうだ。それでいいはずだ。僕だって幼いころから、父の跡継ぎになるのだと周りから言い聞かされて育った。異母兄たちがそれをわきまえているのは良いことのはずだった。

 なのに、どうしてこんなに。背筋が冷たいのか。


「お前たちには兄としてチュウリィを盛り立ててもらうことになる」

 父は、変わらぬ冷たい声音で言った。


「その力を振り絞り、我が家名のため働け。ウェンバクは、プヤンと何やらしがらみがあるようだが」

 冷たい目がウェンバクを見る。

「所詮、お前は私の息子。私に何かあればお前にも累は及ぶだろう。最後に頼れるのは肉親だけだと知れ」


「またまた。いくらオレが全年齢対象でも、プヤン女官長様は母親より年上ですって。そんなところまでは手を伸ばしていませんよ」

 ウェンバクはへらへらと笑った。

「まあ、プヤン女官長様は、あなたとのつながりこみでオレを使って下さる油断のならない、いや懐の深いお方だもので。まあ、誰だか知りませんが何かあったらまず庶子を弾除けに使おうと思ってる肉親気取りの人より、損得勘定でつながってる関係なんで分かりやすいですよ。なので、オレのことは、どうぞご心配なく」


 父の眉間の皺が、わずかに深くなった気がした。


 その目が、横で生あくびをかみ殺しているチーリンに向かう。

「ウェンバクはこう言っているが。チーリン、お前はどうなのだ。ウェンバクについていくつもりであれば、私も考えなければならぬが」


 チーリンの灰色の目が細くなる。

「そうですねえ。まあ、俺も出来ればその馬鹿とは縁を切りたいところですが。兄弟の縁だけではなく、その他いろいろこんがらがったものこみで、何もかもぶった切りたいと毎日思っているところですがね」


 ウェンバクと、父を対等に見比べる。

「ですが、俺は生来小心者なんです。より安全な方に行くのが本能みたいになっておりましてね。コイツの持ってくる仕事はセコイしたいていがアホらしいが、底が見えるから安心でもある。少なくとも」


 灰色の目がまっすぐに父を見た。刺すような視線。

「アンタに全てを預けるほどのバクチはしなくていい。その一点で、俺はこのドアホウと組んでるんですよ」


 挑むような口調。

「ふん」

 父は挑発されなかった。ただ、バカバカしいという様に鼻で嗤っただけだった。


「まあ良い。そういうことなら、この先何があっても私に助力など求めることはないだろうな。それを覚悟の上での言葉だと思っていいのだろうな」


「またまた。分かってらっしゃるくせに」

 ウェンバクは変わらずへらへらと言う。

「そんなもん、いくらだって求めるに決まってるじゃないですか。オレたちは血のつながった親子ですよ? 内実はどうあれ、世間は一味同心と思うんです。そして、オレたちのしでかしたことがあなたの名前を汚すと思えば、あなたは必ず力を貸してくれる。そんなこと、よく分かってますよ。オレはね」

 ウェンバクの顔から、一瞬笑いが消えた。

 そうすると、ヤツの整った顔はゾッとするほど冷酷に見えた。

「あなたに似て、計算ずくでしか動けない男なんです」


「まあ、そんなことにならんよう全力で気を付けることにしますよ」

 ウェンバクを押しのけて、チーリンが何でもないような口調で言った。

「アンタに借りを作るなんて、反吐が出るだけでなく危険な真似を進んでしたいほどバカではないのでね、幸いなことに。じゃあ、まあそういうことですから、今回の件はもう手打ちとしましょうや」


 父は、二人を氷のような目で眺め、もう一度鼻を鳴らした。

 二人はそれを退出の合図ととったのか。チーリンは素っ気なく、ウェンバクはいつも通り愛想よく。

「じゃあ、チュウリィ。今回のことは、貸しにしとくから」

 なんて言いながら、とっとと部屋を出て行った。

 僕は父と二人きりになった。


「身の程をわきまえぬ若造どもめ」

 父は呟いた。そして、僕に向き直った。

「チュウリィ。これに懲りたら、もう兄たちに弱みなど見せぬことだな。私の息子であれば、そのくらい当然理解しておることと思ったが、母の里ではその程度のことも教えられなかったか」


 詰問する目。怖い。体が動かせない。


「あれらにつけこまれるような隙を作ったことを恥ずかしく思うが良い。私の後継者たらんとするなら、私の名に傷を付けるようなことはするな」


 それだけ言って、父は部屋を出て行った。

 暖かな客間には僕が一人で残された。


 僕は、幼い頃からずっと、南方にある母の実家で育てられて。

 父に会うのは年に何回か、正式な行事のある時だけだった。

 

 その時は、僕はいつも庶子たちとは違う、父に近い席を与えられ。

 母も母の親族も、常に僕にこう言って育てた。

「あなたは父上のただ一人の嫡子。他の庶子たちとは違う」

「父上もあなたを特別に思っている。後を継ぐのはあなただ」


 僕はそれを頭から信じて。自分だけが父に愛されてると思って、今まで生きてきた。

 だけど。

 ああ、もう分っている。

 分かってしまった。


 父が尊重しているのは、僕という人間じゃない。「嫡子」という存在だ。

  あの男は、僕という人間になんか何の意味も認めていない。興味も持っていない。ただ、嫡子という存在に相応しい席を与えているだけのこと。


 僕は。父にとって、虫けらに等しい存在で。

 その父は、僕を守ろうなんて思っていなかった。

 今日、兄たちを呼んだのも。

 ただ、僕の注進で、ヤツらが自分に叛意を抱いていないか見定めようとしただけ。


 寒い。火は赤く燃え、肌は汗ばむほどなのに。体の芯が寒くてたまらない。

 僕はどうして、こんなところにいるのだろう。


 ここに比べれば、ウェンバクの屋敷なんかおもちゃ箱みたいな楽しいところだった。

 アイマグの天幕は、温かみのある優しい場所だった。

 

 敵地であったはずのその二ヵ所の方が。

 味方であるはずの、父の本陣よりずっと居心地が良かった。


 

 こういうことなのだ。


 頭の隅で、誰かが囁く。

 父の元で、跡取りとして生きるということは、この寒い場所で、父の決めた規範に従って生きるということだ。


 僕の気持ちも、想いも、考えも、愛する人も、僕自身も全て切り捨てて。

 父が見ている、「嫡子」という看板だけになって生きる、それが。

 

 定められた僕の未来。


 悪寒が止まらなくなる。兄たちは、これを知っていた。

 知っていたから。父の影を離れて。

 自分一人で生きて行けるよう、それぞれ策を練っている。


 監禁されたことを根に持って。父に処罰してもらおうと告げ口なんかした自分は、なんてバカだったのだろう。


 父がそんなことで動くと思ったことも。

 兄たちがそんなことで動じると思ったことも。


 僕は、フラフラと自分の部屋に戻った。

 豪華な寝台に身を横たえる。


 気分が悪い。悪寒が止まらない。


 僕を見た父の冷たい目。

 兄たちの憐れみを帯びた目。

 アイマグの責めるような目と声。

 

 何もかもに、徹底的に打ちのめされた気分で、僕は丸くなって掛布の中にもぐりこんだ。


 胸にかけた玉石だけが、温かく。

 その存在を主張していた。

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