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魔術師 チュウリィ・16 破局

 食事の後、僕はシュラハと二人で話をさせてほしいと主張した。

「僕はシュラハの客だ。それくらいの気遣いは当たり前だろう」


 アイマグは首を横に振った。

「客人は、戸口の主のもの。つまりお前は、私の客だ」

 というのがヤツの主張だった。

 納得いかないのは、それにシュラハが深くうなずいていることで。


「何だよ、シュラハ。こんなのおかしいだろう。ここに連れて来てくれたのは、シュラハじゃないか。僕を心配して連れて来てくれたんだろう、それなのに」


「ここにいれば、チュウリィ安全」

 シュラハは厳粛にうなずいた。

「悪い兄、チュウリィを取りに来ない。私、それ嬉しい」


 何だそれ。僕が、チーリンたちから無事でいるならそれで満足ってことか。

 違うだろう? 数日ぶりの再会なんだぞ。もっとこう、盛り上がってさ。いろいろ、あるだろう?


「話があるなら、三人でこうやって炉端ですればいい。何か文句があるのか、客人」

 そして、何でコイツの話し方はこう上からなんだ。

 異母兄たちと話しているようで苛々する。アイツらは、庶子といえども一応兄だから、その話し方に我慢もしようが、無関係のコイツにそんな態度を取られるいわれはないぞ。


「もういい。寝る」

 僕は、腹立たしくなって席を蹴る。

「寝たいなら、お前の勝手だ。シュラハ、灯りを持って行ってやりなさい」


 シュラハも立ち上がった。僕はといえば、自分の部屋に戻るため、重なり合った幕のどこをめくったらいいのか分からず、だいぶ難渋した。くそ、みっともない。何だよ、この家とも言えない家。余計に腹が立つ。何もかもが、僕をイラつかせる。


 ようやく、幕をかき分けて自分のあてがわれた寝台にいきつく。シュラハが燭台を持ってついてきた。都でも使われる、魔術で炎を灯すものだ。蛮族のくせに、いい物持ってるじゃん。


「シュラハ」

 僕は、燭台を寝台の横に置こうとしたシュラハの両手首をつかまえ、ささやいた。

「チュウリィ。ダメ、いけない」

 シュラハも小声で言う。何が面白くないって、この場所に着いてからずっと、彼女が僕を拒んでることなんだ。


「何でだよ。君は僕の、恋人だろう」

 僕は囁いた。言葉に熱さがこもる。


 シュラハは逡巡した。

「私。掟に縛られている」

 彼女は苦しげに言った。また、掟。まただ。

「何が君を縛ってる。君には」


 ウェンバクの本。そこに載っていた単語。僕はもう、苦しみを抑えられなくて。


「君に、婚約者がいるのは本当か」

 彼女たちの言葉で。その疑問を口にしていた。


 シュラハは、驚いたように目を見開いた。そして。

「私の婚約者。それなら、師匠」

 と。

 あっさりと。


 当たり前のことのように、言った。


 僕の手から、力が抜ける。視界が狭くなり、世界が揺れる。


「何だよ、それ」

 自分が吐き捨てるように言っている声が、耳に聞こえた。

「何だ。二人して、僕をからかってるのか」


 アイツが。あの魔術師が、シュラハの婚約者。ここは二人の家で。

 それなら。だったら。


「だったら、何で僕をここに連れてきた」

 自分の声が、高くなる。

「僕を嗤うためにか。シュラハ、君にとって」

 僕は。何なのか。


 絶望に目の前が暗くなる。こんな侮辱、受けたことがない。


「チュウリィ。どうした。おかしい」

 驚くシュラハ。


 おかしいって。オカシイって何だよ。おかしいのは、お前だろ。

 婚約者がいながら、僕にあんな風に笑って見せたお前の方だろ。

 それとも、お前はよっぽどの淫売なのかよ。


 気が付くと、僕は手を振り上げていた。その手を、シュラハに向かって振り下ろす。


 シュラハは。軽くそれを避けた。

 夢の中で、クロクラが白い衣の他の人間相手にしていた修練のように、軽々と。

 僕は不様に体勢を崩して、前のめりになる。


「チュウリィ。私は、お前を怒らせたか」

 シュラハは哀しげに言った。

 だから。僕をだました汚い淫売のお前が、どうしてそんな目をするんだよ。


 シュラハは胸元に手を当てた。と同時に。僕の胸の玉石が。

 熱くなる。

「私、チュウリィが大事。とてもとても大事。言葉、よく分からないけど」

 まっすぐに僕を見る目。


 僕は。混乱する。

 僕が彼女に渡した玉石は。相手を想っていないと発動しないもので。だけど、シュラハは。アイツの婚約者で。

 言葉と想い。そのどっちを信じたらいいのか分からなくて、頭がクラクラする。


「もういいか」

 冷たい声がした。

 そちらを見る。アイマグが、いつの間にかやって来ている。

「女に手を上げようとするとは最低の男だな、チュウリィ・フォング。招かれた天幕の中で、その家の女に手を上げようとするなんて、もう客人ではなく罪人として扱われてもいい状況だぞ。分かってるのか」


 分からない。分からないよ、この状況の何もかもが。


「シュラハ。大丈夫か」

 彼女をいたわる声。問題ない、と返すシュラハ。そうだよな。見事によけられたもんな。

 みっともないのは、バカみたいなのは僕ひとりで。


「で? 元客人」

 アイマグは手を伸ばして、僕の胸ぐらをつかんだ。

「私にはお前を問い詰める資格がある。ここで何があった? 私の弟子に、何をした」


 弟子。弟子か。

「弟子なんてさ。ゴマカすのはやめなよ」

 僕は。笑いながら言っていた。

「全部聞いたよ。シュラハはお前の女なんだろ。最初から、そうハッキリ言ってくれれば僕だっておかしな真似はしなかったのにさ」


 クスクス笑う。神経がどこかおかしくなっている。

 アイマグの表情が険しくなる。

「何の話だ。シュラハはボクの庇護者だぞ。お前、それに」


「だって、ずっと付き合ってたんだ。恋人だと思ってたんだ」

 僕は言った。笑ってるんだか泣いてるんだか。僕はもう分らない。

「ソイツ、都で毎日僕をと一緒だったんだぜ。僕は抱きしめて、何回も口づけをした。お前、裏切られてるんだよ。その女、僕とお前の両方を手玉に取ってたんだ」


 壊れるなら。もう、全部壊れてしまえ。


 アイマグの表情が変わる。シュラハを振り返る。

「シュラハ」

 続けて、蛮族の言葉で何事か。シュラハが返答する。は、言い逃れしてるのかな。出来ないよ。ここに、僕がいるんだから。


 しばらく何事かを話して、アイマグは僕に向き直った。厳しい表情だ。

「話は分かった。だが、お前のやったことは主の目をかすめて主のものを奪おうとする、盗人の所業だ。盗人を客人として迎えることは出来ない。疾く、去ね」

 僕の荷物を手に取り、投げ付ける。


 それから。ヤツは、僕を引き寄せて。低い声で言った。

「シュラハがどう思っていようと。私は、お前を認めない。女を殴ろうとするヤツはクズだ。女の名誉を守れないヤツもだ。お前は唾棄すべき下衆だ、チュウリィ・フォング」


 それからアイマグは僕を離した。足元が覚束なくて。僕は地べたに倒れ込んだ。

 はは、みっともねぇの。

「出て行け。お前の顔は二度と見たくない」


 やわらかな手が。倒れた僕の背中に当たる。

 シュラハが。僕に寄り添って、アイマグに何か言い返している。

 アイマグは蛮族の言葉でそれに答えた。僕からシュラハを引き離し、警告するような声音で何か言った。

 そして、もう一度僕に言った。


「出て行け」


 僕は、荷物を持ってフラフラと立ち上がった。

 それを持ったまま、天幕の出口へと向かった。シュラハの顔は見ずに。

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