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女子高生 玄倉新・16 傷あと

「か、母さん」

 そう言った星太くんの声は、少しうわずっていた。


「そうよ。何か悪い?」

 言い放つキレイな女の人。ははあ、この人が、星太くんのお母さん。そう言われると、どことなく似ているような。


「星太、趣味変わったのね。ずいぶんダサい子を相手にして」

 前言撤回。間違いなく星太くんのお母さんだ、この人。言いにくいことをスパッと。

 確かに見た目はあまり気にしてないけど、いささか傷付きました、私。

「ち、違うんだ。新はメガネ取ると、すごく美形で。新、メガネ取れよ」

 何か、あわてている星太くん。イヤです。何かすごくヤダ。


「じゃなくて!」

 不意に、星太くんが口調を変えた。私の手をギュッと握ってくる。痛いくらいに。

「何の用だよ。僕が入院してから、もう十日以上経ってるぜ。今さらやって来て、母親面?」


 そうか。そうだね。私は毎日来てるけど、この人に会ったのはこれが最初だ。


 だけど、女の人……星太くんのお母さんは気にしなかった。

「何、拗ねてるの星太。悪いけど、時間ないの。そういうの、面倒くさいからやめてちょうだい」


 一刀両断。そうなのか、今のは拗ねていたのか?

「バッ……! 違うよ。拗ねたりするか、バーカ、ブース」

 星太くんにしてはレベルの低い切り返しが、彼の動揺を物語っていると思う。さすが母親、お見通しってヤツですか。


 そして、間髪入れずにハンドバッグが宙を舞った。

「うごっ」

 バッグで顔を殴打され、ベッドに沈み込む星太くん。うわ、むごい。

「私はこの顔で稼いでんのよ。その金でご飯食べてるアンタに、そんなことを言う資格はない」

 うん、まあ星太くんが悪かったとは思いますが。そこまでする必要はあったのでしょうか。ブランド物の頑丈そうなバッグだし。


 ところで、ここに至るまで私は完全に挨拶するタイミングを逃してしまっているのです。

 ううむ。ここで挨拶すべきか否か。迷うところではある。


「ええと。星太くん、看護師さん、呼ぶ?」

と一応聞いてみた。返事がなかったので、お母さんに顔を向ける。立ち上がって、頭を下げた。

「初めまして。星太くんの友人で、玄倉です」

とだけ、言っておいた。他に言うべきことも、別にないし。


 星太くんのお母さんは、私のことを頭の上から爪先までジロジロと眺めた。なんと言うか、親子だなあ。

「彼女面しないところはマシね。まあ、その見てくれでそんなことされたら殴り飛ばしたくなるけど」

 また見てくれですか。柔道一直線であんまり気にして来なかったんだけど、少しは考えた方がいいのかなあ、見た目。


「まあ、いいわ。関係ないから、帰って。ジャマ」

 うん。なんか、桐野星太という人格が形成された過程が手に取るように分かる気がするよ。

 まあ、言い方はともかくとして。身内の話があるかもしれないし、ここは。席を外した方が良いか?

「星太くん?」

 私は星太くんを見た。彼は、お母さんを見つめたまま。固い、にらみつけるような表情。

 私の手を強く握った手は、離れない。


「ちょっと。なんだっけ、クロクラだっけ。早く帰ってよ」

 急かされた。だけど。


「すみません。私は星太くんの友人で、星太くんの見舞いに来たんです。だから」

 キレイな顔を、まっすぐに見つめる。

「星太くんが私にここにいてほしいと思っている間は、ここにいます」


 星太くんが、パッと私の顔を見た。緊張が少しだけ和らぐ。ホッとした表情。

 それだけで、今の自分の言葉は間違っていないんだな、と思えた。

 私は、彼を見て微笑み返した。


 もちろん、それでおさまらないのはお母さんの方だ。星太くんのお母さんは、唇をグッと歪めて不機嫌そうな表情を作った。うわあ、ものすごく見覚えのあるカオ。今、この人すごく私に怒ってるな。

「ちょっと。図々しいわね。星太、こんな女に好き放題言わせておくの」

 口調まで不機嫌そうになってる。ああ、どこまでも親子だなあ。


「う、うるさい。新は僕の彼女だ。毎日見舞いに来てくれてるんだ。ここにいて、いいんだよ。それに僕は、アンタなんかに用はないんだ。新が気に食わなければ、アンタが帰ればいいだろう」

 星太くんが抵抗する。


「何ソレ。何て言いぐさよ」

 お母さんは鬼のような形相になった。美人が怒るとコワイ。すごい迫力。

「女作ったくらいで、何調子こいてんの。アンタなんかまだ子供で、私の思うままになるしかないんだから。それくらい分かりなさいよね」


 それから、星太くんのお母さんは小脇に抱えていた封筒を逆さまにした。中に入っていたパンフレットがバーッとベッドの上に散らばる。


「何すんだ。散らかすなよ」

 星太くんは怒ったが、私はそこに印刷してある文字の方が気になった。

「芸能事務所?」


「そうよ」

 お母さんが、きっぱりと言った。

「星太。次の日曜日に来るから、どこにするか決めておきなさい。口をきいてあげるから。私と同じ所なら一番いいけど、そこまで無理強いする気はないし」

「な……! やめろよ、そんなの興味ないって、昔っから言ってるだろう」

 反抗する星太くん。でも。

 星太くんが苛立っているのに対し、お母さんは冷静だった。

「弁護士から聞いてるのよ。もう、バスケだ何だって言ってられないでしょ。元からアホらしいと思ってたけど、もう限界よ。売り込むなら十代のうちなのよ、ダンスが踊れなくったって、モデルとか歌とか、やれることはいろいろあるんだから。現実見なさい」


 星太くんは。歯噛みする。

 反論しないということは。脚の状態は、やはりかなり悪いのか。


 それにしても。

「夢、あきらめて芸能事務所って。珍しい発想ですね」

 私はついつい、呟いていた。

 フツウ、芸能界というのは夢を持って入って、それからそんなに甘くないと思い知らされるところではないのだろうか、あくまで素人の思いこみだけど。


「新、何言って」

 星太くんが不思議そうに言いかけて。それから何かに気付いたように。

「お前。コイツ、誰だか分かってるか」

 自分のお母さんを指さす。


「え。星太くんの、お母さん」

「じゃなくて。まさか、ホントに気付いてないのか」

「何が」

 その瞬間、星太くんは心底おかしそうな顔になった。

「何だ。お前、ホントに知らないし、気付いてないんだ。おい、コイツあんたを知らないってよ」

 せせら笑うようにお母さんを見る。


 お母さんは。

 何でだか、今までで一番悔しそうな表情をしていた。

 私。何かマズイこと言った?


「新。中村マリアって知ってるか?」

 からかうような口調で言う星太くん。何なんだ。

「昔のアイドルの人でしょう。私だって、名前くらい知ってるよ。すごく人気あったんでしょ」


「そうそう」

 星太くんはおかしそうに笑う。

昔の(・・)アイドルで、人気あった(・・・)んだよな。過去の人だよな。知らないよな」


「るっさいわね!」

 お母さんが。キレた。すごい声でわめく。

「これでもまだ、CD出せばオリコンチャート一けたに乗るんだから!!」


 あれ。

 今の会話の流れって。

 もしかして。


「星太くん。星太くんのお母さんって」

「そう。そいつの芸名、中村マリア」

 そう言って星太くんは、何がおかしいんだか膝を叩いて大笑いした。

 ヤバ。気まずい。


 私の経験から言って、偉い人というのは「自分が知られていないこと」を大変な侮辱と受け取る傾向がある。まだ、父の会社がうまくいっていた時も、お得意先のお偉いさんの顔を忘れないよう、幼い私もしっかりしつけられたものだった。

 おかげで、当時の父の取引先の人の顔は今でも忘れていないが。

 夫婦とも芸能界に興味のなかった両親に育てられた私は、往年の大アイドルの顔など知るわけもなく。


 ていうか、こういう時は星太くんが間に入ってフォローすべきだと思う。大笑いしている場合ではなく!


「ええと」

 黙っていても、ますます気まずくなるばかりなので、私は口を開いた。

「あの。申し訳ありません」


 星太くんのお母さんは、ますます顔をひきつらせた。ヤバい、傷口に塩を塗りこんじゃったのだろうか。

「もういいわっ。星太、コイツ最悪の女ねっ」

 そう言って、お母さんは私から顔を背けた。うう、スミマセンってば。星太くんはまだ笑ってるし。

「とにかく、今度来るまでに決めておきなさいよね! 決めてなかったら、ただじゃすまないわよ!」

 怒鳴るなり、背中を向けて。病室を、出て行ってしまった。


 まるで台風一過。

 私は、ぽかんとして彼女の消えた戸口を見つめる。

「ははっ、新、スゲーなお前。スゲー破壊力。あいつを追い返したじゃん」

 星太くんが嬉しそうに私の肩を叩いてくる。何がそんなに嬉しいんだか、意味が分かりません。


「って。お母さん帰っちゃったんだけど」

 呆然として言う。

「まずいんじゃないの?」

「まずくない。いいんだよ、あんなヤツ来なくたって」

 星太くんは、お母さんが置いて行った芸能事務所のパンフレットを憎々しげに眺めた。

「自分勝手な都合ばっかり押し付けて。来ない方がマシだ」


「でも。来てくれたじゃない」

 私は、言った。

「遅くなったけど、ちゃんと来てくれた。今まで来られなかったのは、だから、本当に忙しかったんだと思うよ」


 星太くんは、不可解という目で私を見る。

「何だよ、新。アイツのこと庇うのかよ」

 私は首を横に振った。

「ただ、本当にそう思うだけ。私の両親、私が中学の時に入院した時、一度も顔を見せなかったもの」


 いや、それどころか。

 両親の離婚以来、どちらにも一度も会っていない。


「私の父親、私が中学の時に会社経営が破綻して。破産して、母とも離婚したの。それで、父は多額の借金の返済があるから私を手元に置けない、って言って。母も、これからは自活して行かなくちゃいけないから、子供の面倒まで看られないって言って。それで私、施設に行くことになったのね」


 それは。初めて語った、身の上話。

 あの時以来。誰にも語ったことのなかった、自分の境遇。


「で、施設に入ってすぐ、ストレスとかだと思うんだけど、胃がおかしくなっちゃって、手術して、予後も悪くて、一カ月くらい入院したの。施設の人は両親に連絡を取ってくれたんだけど、結局、どっちも来なかった」


 あの時。ああ、本当に自分はひとりになったんだなあ、って。


「それに比べれば、さ。来てくれるってことは、さ。お母さん、ちゃんと星太くんのこと思ってる」


 星太くんは。すぐには返事をしてくれず。

 しばらく経ってから、

「それ。本当の話?」

と、ポツリと聞いた。


「本当だよ」

 と言うと、

「証拠は?」

 と聞いてきた。疑り深いなあ。


「手術の痕ならあるよ。見る?」

 と聞くと、うなずいた。


 私は。制服のブラウスのボタンを外していく。

 ブラジャーの少し下あたり。鳩尾の辺りに、その傷はあって。


「触ってもいい?」

 星太くんが聞いた。私は、うなずいた。


 星太くんの指先が。私のおなかの傷痕を、なぞる。

 しばらく私たちは、どっちも黙ったままでいた。


 おなかに触れた星太くんの指先。くすぐったくて、温かい。


「お前、親いないのか」

 と、星太くん。

「うん。まあ、どこかで生きてるとは思うけど」

 と、私。


「僕も同じようなもん。親父とは、僕が小さい時に離婚して、顔も覚えてない。アイツもいつも仕事だ何だっていないし」

 指先が。私の傷痕をなでる。

「そう」

 とだけ、言った。


「聞かないのか」

 と、聞かれたので。

「何を」

 と、答えた。

「いろいろ」


 うん。いろいろ、気になることはあるけど。でも。

「いいよ。星太くんの話したい時で」


 星太くんが、意外そうな表情をする。

「いいのかよ、それで」

「うん」

 無理に聞き出しても。星太くんには近付けない気がするし。

 あ。でも。


「ひとつだけ」

「何」

 星太くんが顔を歪める。

「アイツのこと? ケガのこと? いいよ、何でも答えてやるよ」


「ホントね?」

 確認する私。それは。良いことを聞いた。

「さっき。彼女、って言った?」


「え」

 意表を突かれた顔。たった今まで憎々しげに私を見ていた表情が、不意に無防備になる。


「さっき、私のこと。彼女、って言った?」


「い、言った、けど」

 星太くんは赤くなった。赤くなって、私から目をそらす。

「何だよ。イヤだったのかよ」

 責めるような口調。


 ああ。星太くんは、頭いいし、スポーツも出来るし、人当たりも良くて学校の王子様で。

 世慣れて大人に見えていたけど。


 本当は、私と同じくらい。

 ひとと触れ合うことに不器用で。ひとの一挙手一投足にビクビクしているのかな。


 もしそうだったら。私は、彼を。

 とても身近に感じる。


「ううん。イヤじゃない」

 私は、首を横に振った。

 そして、笑った。

「嬉しかった」


 それを見て、星太くんはちょっと照れたように。

「新、バカ」

 と言って。


 私を胸に抱いた。


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