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魔術師 チュウリィ・14 賓客

 入り口で、ウェンバクの外套を失敬して頭からかぶった。シュラハには、女たちの一人の外套をかぶらせる。ウェンバクの趣味でド派手なのが気に食わなかったが、とにかく顔を隠すことが重要だ。

 館を飛び出し、裏通りをしばらく歩いて表通りに出たところで、チーリンが馬車から下りるところを目撃した。

 危ういところだった。危機一髪というヤツだ。

 だが、幸いチーリンは目立つ服装をした僕らには目をやることなく、大慌てでウェンバクの屋敷の方へ走っていったので、助かった。

 これで、しばらくは安心。僕らに出来るのはこの外套を脱ぎ捨てて、少しでも遠くへ逃げること、だ。


 けど。

「どこへ、行こうか」

 僕は、聞くともなく呟いた。


 あの宿屋に戻るのはダメだ。もうチーリンに知られているから、同じことの繰り返しになる。行くとしたら父上のところか。だけど、厳格な父上はことの成り行きを聞いたら最後、僕とシュラハを引き離そうとするだろう。

 それでは困る。それでは困るんだ。


「チュウリィ。行くところ、ない?」

 シュラハが首をかしげて訊ねた。

「シュラハの家、来るか?」


 僕は驚いた。その選択は、考えの中になかった。

 何より。

 ウェンバクとチーリンは、僕がモク族の男たちに殺される、と言って。僕をあの屋敷に監禁していたのだが。


「大丈夫、なのか」

 たずねた声音が、少し不安げだった。みっともない。シュラハの前で。


「大丈夫。客を迎える、私、師匠に頼む」

 シュラハは力強くうなずいた。

 僕は、少しためらったけれど。

 シュラハのその、自信ありげな表情に力付けられて。都の街路を、彼女に手を引かれて。モク族の野営地がある方向へ、歩き出した。



 モク族の野営地の傍には。シュラハを誘いに何度も来たけれど、その中に自分が入る日が来るとは思わなかった。中央に大きな天幕がある。シュラハはそれを指して、「戦士の天幕」と言った。言葉どおりの意味なのか、それ以外の意味があるのか。僕の語学力では判別がつかない。


 シュラハは、僕を連れて幾つもの小さな天幕が並んでいる辺りを歩いて行った。城門を抜けた辺りから、僕とはもう手をつながない。手をつないでいるところを見られちゃ何かマズイのか? 勘繰ってしまう。何か、面白くないな。


 天幕の連なりを抜けた。どうするのかと思っていたら、その先にひとつだけぽつんと立っている小さな天幕があった。シュラハはそれを指して、

「私、行く。チュウリィ、ここで待つ」

と言った。


 置いてきぼりかよ。それはないだろう。

 と、不安が顔に出ていたのか。シュラハは僕を安心させるように微笑んだ。

「これを、持つ。シュラハの客と分かる」

 シュラハは肩から下げていたあの短剣を外し、僕の手に押しつけた。


 それから、軽やかに身を翻して、小さな天幕に向かって走っていってしまった。

 僕はひとりきりで残されて、不安この上なかった。

 

 確かに、この野営地の中へウェンバクやチーリンが探しに来ることはないだろう。ここへ入った時点で、あの二人の追跡は振り切ったと思っていい。

 だけど、他の危険は?

 あの二人は、僕がモク族に狙われる理由があると思っていた。


 シュラハはそれを分かっているのか? ノコノコついて来てしまったけれど、この場所の方が僕にとって危険ということは十分に有り得る。

 周りを通るモク族たちは男も女も、明らかに異民族と分かる僕のことをさっきからジロジロと眺めている。

 僕はシュラハの短刀を、出来るだけ目立つように持ち直した。


 魔術が十全に使えれば、こんなところでビクビクする必要はないのに。僕の魔術用具を全部取り上げたチーリンのせいだ。クソ、チーリンのヤツ、返す返すも憎たらしい。


 しばらくして、シュラハが消えた天幕から人影が出てきた。近付いてくる。シュラハじゃない。男だ。

 なよっとした感じのその男は、僕のすぐ傍まで来て足を止めた。見たところ、チーリンくらいの年。蛮族の装束でなく、僕たちの普通着るような衣装を身に着けている。


 コイツは。二次試験の時、シュラハの「補助者」だった男だ。


「お前か」

 男は、僕の顔を眺めて言った。試験の時はチーリンの術のせいでか無表情だったが、今はハッキリ言える。コイツ、今思いっきり僕を見下したぞ。しかも、嫌そうな顔をしてる。


「シュラハは、お前を友人だと言っているが。本当か?」

「だ……だったら、何か悪いのかよ?」

 思わず食ってかかってしまった。だって、悪いと言わんばかりの口調だったんだ。


「悪い。お前は典型的な、貴族のドラ息子だ。大事な弟子がお前に利用されているのを黙って見ているのは耐えられん」

 誰がドラ息子だよ。コイツ、試験の時より言葉が流暢になってないか。


「帰れ。お前など客として迎えられん。お前の場所はここにはない」

 追い払う仕草。むう。何だコイツ、感じ悪いな。そんな風に言われて、おとなしくしているほど僕も人間が出来てな……。


「師匠」

 シュラハの声がした。

 振り返ると、男の後ろにシュラハが立っている。怒った表情。


「―――――――!!」

 シュラハは蛮族の言葉で何かを言い立てた。

「――――――――」

 男が言い返す。

 それに向かってシュラハは更に何事かまくしたてた。すごい勢い。全然聞き取れない。

 だが、とにかく男が言われっぱなしになっているのは確かだ。

「――――――――――――――――!!!」

 最後にシュラハが何か言い放って、男がガックリとうなだれた。何だか知らないが、シュラハが勝ったようだ。シュラハ強い。


「お前」

 男が僕を振り返った。恨めし気な表情。

「仕方ない。我が天幕に客として招き入れよう。私はダルハの魔術師、グルシュク・アイマグ」


 なんか、急に態度が変わったぞ。思うに、シュラハが僕のためにコイツを説得してくれたんだろう。シュラハすごい。


「おい」

 アイマグという名の魔術師は、苛立ったように言った。

「何をボーっとしてる。こっちは名乗ったんだ。客として滞在する気があるのなら、お前も名を預けないか」


「え。ああ」

 それもそうか。

「チュウリィ・フォング」

 僕は名乗った。アイマグはうなずいた。


「その名、預かった。今より、魔術師アイマグはチュウリィ・フォングを客として己が天幕に招き入れる」


 それは、呪術的な意味があるやりとりだったのか。単なる形式的なものなのかまでは、区別がつかなかったけれど。

 彼らにとって、大切な言葉であることは察することが出来た。


「行こう、チュウリィ」

 シュラハがホッとしたような表情で手招きをする。

 アイマグは、サッサと僕に背を向け、天幕へ向かって歩き始めた。


 こうして、わけが分からないままに、僕は。モク族の客となった。

 

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