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魔術師 チュウリィ・13 脱出

 また数日が経った。もう時間の経過の感覚もない。


 セイタの夢は、また見るようになっている。

 あの後、何があったのか。セイタとクロクラは、また親密な仲に戻っているようだ。

 二人はあの白い部屋で顔を合わせ、笑ったり話したり、手を握ったりくちづけしたりしている。僕がシュラハと今できないこと。それをセイタは楽しんでいる。


 そのくせ、セイタは僕がアイツの体を使ったことをひどく恨んでいて。

 クロクラ……今は、セイタはアラタと呼んでいるが……が、シュラハの話をしようとするとそれをすぐに止めるのだ。

 もちろん、僕にシュラハのことを知らせたくないからで。

 ヤツは、僕がこの場所に幽閉されていて、シュラハに会うことも出来ないこと。会いたくて、彼女に触れたくてたまらないでいること。

 彼女の婚約者について、知りたくてたまらないこと。


 それを全部知りながら、わざと。僕に知らせないためだけに。シュラハの情報を自分の耳に入れないようにしているのだ。


 なんて性格の歪んだヤツだ、セイタ。このことを思うと、僕は腸が煮えくり返りそうになる。

 僕はただ、アイツの体を借りて、アイツがしたくても出来なかったことを代わりにしてやろうとしただけじゃないか。セイタがクロクラにどんな欲望を抱いてるかなんて、僕は全部知っているんだ。

 それに何があったのか分からないけど、どうせ、クロクラとの仲が元に戻ったのも、僕のおかげに決まってる。そのことを感謝もしないで、勝手に体を使ったことだけをいつまでも恨んで。

 最悪だな、アイツ。本当に最悪だ。

 どうして、僕がこの夢を媒介に接触できる相手がよりによってアイツなんだ。本当に腹立たしい。

 僕がクロクラと話さえ出来れば。話は何もかも、とてもスッキリするのに。


 言葉。

 いつもそれが、僕の壁になって。


 シュラハのことだって、言葉が通じさえすれば、なんてことはなかったのかもしれないのに。


 僕は。ウェンバクが置いて行った本の山に目をやる。

 たいていが、毒にも薬にもならない流行小説。だけど、その中に。モク族の言葉を学ぶための書が、まぜてあって。


 僕がここで生活するようになって、結構ショックだったのは、ウェンバクが本当にモク族の言葉を達者に操れたことだ。アイツが僕のところに送り込んできた中にモク族の女が何人かいたんだけど、(僕はシュラハが好きなだけであって、蛮族好きってわけじゃ別にない)ウェンバクはその女とモク族の言葉で流暢に話していた。僕も、宮廷に仕えることを志す者として蛮族の言葉はひととおり勉強しているけれど。数十種類もあるその言葉の中で、一つとしてそんな風に自在に操れるものはない。


 僕はウェンバクが言っていることの意味が半分も分からなかった。

 チーリンはそんな僕を、バカにしたような目で見ていた。


「お前は分かるのかよ」

と聞くと、

「宮廷に仕える者として、当たり前だ」

と返事が返ってきた。


「じゃあ訳せよ」

と言ったら、

「イヤだ。バカバカしすぎて舌と脳が腐る」

と返事が返って来たから、本当かどうか分かったものじゃないけど。


 ウェンバクの言うことは言うことで。

「宮廷に仕える者として当然の心得? バカ言っちゃいけません」

 わざわざタメを作って、

「オレがいろいろな民族の言葉をしゃべれるのは! 世界中の女の子とお友だちになるために磨いた技芸に決まっているではないですか。それ以上の目的なんかありません。まあ、仕事にも便利は便利だけどね」


 アイツはつくづく骨の髄までクズだと思う。公務より女遊びの方が大事だと公言するバカが、アイツの他にどこにいるよ。

 あんなヤツと半分でも血がつながっていると認めるのがイヤでたまらない。ああ、いや。チーリンやタイスーについても同じなんだけど、ウェンバクの嫌さはまた別もの、と言うか。

 そして、そんなウェンバクとつるんでいるチーリンもクズだと思う。


 ここに、この本を置いて行ったのは、間違いなくウェンバクの嫌がらせだ。

 自分に出来ることが僕には出来ない。そのことで、僕を見下して嗤っているのだ

 僕たち兄弟は、互いに憎しみ合い、嫌いあっている。相手の悪意には敏感だ。この点にかけて、僕が相手の意図を読み違えることはあり得ない。

 アイツは、モク族の女の子と恋に落ちながら、その子とろくに会話も出来ないでいる僕をバカにしていて、これで勉強でもしろ、と言いたいのだ。

 それが分かっているから。この本に手を触れたくはない。ない、けど。


 掟……トゥハイ・フーリ

 婚約者……シュイ・ビュスギュイ


 パラパラとめくって、そんな言葉が目に入ると。

 いつの間にか心の中で、蛮族の言葉でたどたどしく文を組み上げている僕がいて。


「君は掟に縛られているのか」

「君には婚約者がいるのか」

 問い詰めたい、そんな言葉が。


 僕とのことは、遊びなのか。

 口に出来ない、その問いが。


 自分の中にいっぱいになって。胸をかきむしりたくなる。


 手が首からかけた玉石に触れる。シュラハにあげた双子石の片割れ。手を当てて、想いを込めればお互いの石が暖かみを帯びるモノ。

 ここ何日も、冷たいままのその石を触ってみる。


 冷たいのは、チーリンのせいだと。この部屋にアイツがかけた魔術防壁のせいだと、思いたい。

 だけど、疑いは晴れず。


 クロクラは、シュラハが僕を探していると言っていたけど。

 だけど、本当は。シュラハは消えた僕のことなんか、気にしておらず。婚約者の腕に抱かれて笑っているのじゃないかと。そんな思いが。消えず。


 本がウェンバクの悪意なら、この石を取り上げなかったのはチーリンの悪意だ。

 僕の心を乱すため。苦しめるため。アイツは僕の手にこの石を残した。


 チーリン。ウェンバク。アイツら。僕がここから出たら、必ず目に物見せてやる。

 父上に一部始終話して、宮廷に仕えていられないようにしてやって、それから。


 それから。


 僕は、考えるのをやめて耳を澄ます。

 今の音は、何だ?

 何かがぶつかるような激しい音が、扉の向こうでしたような気がしたが。

 ウェンバクのヤツ、何かやっているのか?


 寝台の上で少し身を起こして、身構える。ヤツらがまた何かたくらんでいたとしても、今度はしてやられないように。

 魔術の道具がなくても使えるような簡単な術で、有効なものをいくつか頭の中に思い浮かべる。


 ドアが激しい音を立てて開いた。

 両手を高々と挙げたウェンバクが中に入ってきた。その首筋に、刃物がつきつけられている。

 つきつけているのは。


「シュラハ」

 信じられない思いで、僕は呟いた。

 彼女がここにいる。戦士装束で、いつも肩から下げている守り刀をウェンバクに突きつけて。

「チュウリィ! 探した、とても」

 彼女はパッと表情を輝かせた。


「おーい、チュウリィ。これがウワサの彼女かい?」

 ウェンバクは辟易したように言った。

「頼むよ。キミから言ってやってよ、オレはキミの優しい六兄様で、キミの安全を願ってるからこそ、こうやって別邸のひとつで大切に大切に匿ってるんだ、って」


「フザケるな」

 よくそういうことが言えるな、日も差さない半地下室に放り込んでおいて。監禁以外の何でもないだろう、この状況。少しでも僕に対する優しさがあれば、もっとマシな待遇にするだろうがよ。


「お前、モク族の言葉が得意なんだろう。自分で言えばいいじゃないか。僕は片言程度だぜ」

 認めるのはちょっと悔しいが、言い返してやる。

 するとウェンバクはいっそう情けない表情になった。


「言ってるよ。さっきから情理を尽くして言ってるんだけど、彼女強情でさ。これ以上何か言ったら、オレのこのキレイなキレイな顔に傷を付けるって言うんだ。正気の沙汰じゃないだろう?」


 うわあ。これ、正気で言っているんだろうか。大の男が、顔に傷くらいでそんなに騒ぎ立てるなよ。

 しかし、目が本気だ。バカじゃなかろうか、コイツ。こんなろくでなしが、宮廷でいったい何の役に立つって言うんだろう。

 あまりのことに僕は眩暈がした。

 が、ここでくじけている場合ではない。これは、好機だ。


 僕は身の周りの物を急いでまとめ、戸口の二人に近付く。何日もロクに歩いていないから、少しクラクラした。


「チュウリィ。少し、やせた?」

 シュラハが心配そうに聞いてくる。廊下の奥の方に、女が二人ほどいてこちらの様子をうかがっている。風体からして、今日はモク族の女たちではなさそうだ。いったい何人、付き合っている女がいるんだ、ウェンバク。


「ひげ」

 ナイフを持っていない方の手を伸ばして、シュラハが僕の頬に触れた。僕はあんまりひげが生える方じゃないんだけど、目立つんだろうか。少し恥ずかしい。


「うむうむ。えーとですねお嬢さん、せっかくの再会ですから客間あたりでゆっくり語りあったらいかがですかねえ。お茶いれますし、お茶菓子も用意しますから、あのー、その刃物ひっこめてもらえません? 可愛い女の子にそんな凶器は似合いませんよ」

 この期に及んで益体のないセリフをベラベラ並べるウェンバク。


「シュラハ、そのまま剣を突きつけてろ。コイツ、縛り上げる」

 僕は寝台の敷布を少し裂いて細い布を作り、下げさせたウェンバクの両手首を後ろでグルグル巻きにしてやった。ついでに足首も縛り上げる。

「痛っ。痛いっチュウリィちゃん、もうちょっとお手柔らかに! オレのキレイな手首にアザが出来る!」


「バカか。こんなの、ゆるくしたら意味ないだろう」

 復讐の意も込めて、力いっぱい縛り上げてやった。シュラハが刃を下ろす。


「そっちの女たちも来い。おとなしくしていれば、手荒な真似はしないぞ」

 のぞいている女たちをにらみつけ、声を張り上げる。

「あっ、チュウリィちゃん何てことを。罪のない女の子にまでこんなことをする気か? お兄ちゃんは、そんな弟を持った覚えはありませんよっ」

 ウェンバクがわめくが。


「お前の弟だなんて、生まれてから一度も思ったことはない」

 僕は言い捨ててやった。

「それに、お前の女だって時点で、こいつらお前と同罪だ」

 僕の態度に怯えたのか、シュラハの短剣に怯えたのか。女たちは素直に僕の傍にやって来て、素直に縛られた。


「チュウリィ」

 女たちを縛り上げたのを見て、シュラハはとまどった表情で僕を見る。彼女も、女たちを縛るのには反対なようだ。

 甘い。甘すぎるね。ウェンバクはチーリン以上に非力だが、抜け目はないヤツだ。もうとっくに、チーリンなり他の誰かなりに助けを求めていると思った方がいい。


「シュラハ、ここを出るぞ」

 僕は言った。

 だから、これ以上僕たちの邪魔をしないよう、ウェンバクたちの自由を奪っておいて。急いで、この場を離れなくてはならない。


 シュラハはうなずいた。

「待て、チュウリィちゃん。早まるな。話せば分かる」

「誰が。お前と話し合うことなんて、ひとつもないんだよ」

 僕はそう言って、床に転がったウェンバクの体をひと蹴りしてやった。


 シュラハと目を見交わし合う。それだけで僕たちの心は通じた。僕たちは身を翻し、ウェンバクたちを置き去りにして、屋敷の廊下を走った。


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