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魔術師 チュウリィ・12 失敗

 殴られたような衝撃。事実、僕の体は後ろ向きに倒れ、背中と後頭部を寝台の背板に思い切りぶつけた。

 燭台が倒れている。蝋燭の火が勢いで消えた。とりあえず、火事にはならずに済みそうだ、と頭の隅で呟いた。

「何の音だ?」

 足音がして、ガチャガチャと鍵が鳴る。扉が開いて、ウェンバクの気取った顔が部屋を覗いた。

「どうした、チュウリィちゃん。何があった」


「別に、何も」

 僕はゆっくりと寝台から身を起こす。まだ、頭の芯がクラクラする。

「ちょっと、転んだだけだ」


 ウェンバクは、信用できないという顔で僕と、倒れた燭台と、床に描いた魔方陣を次々に眺めた。

 それから、重苦しい声で言った。

「チュウリィ。オレが魔術にうといと思って、言い抜け出来ると思うなよ。怪しいと思ったら、オレはいつでもチーリンを呼ぶし、呼んだらアイツはすぐに来る手はずになっている」


 僕は哂った。乾いた哂い。

「チーリンが来ても、何も出ないよ。魔術の痕跡なんて」

 これから消すからな。


 ウェンバクはしばらく黙って僕を見下ろしてから、

「とにかく。オレたちは、キミに良かれと思ってやってるんだよ。そこのとこ、しっかり理解しておとなしくしていてほしいな、九弟ちゃんよ」

と言い捨てた。

 そのまま、再び明るい廊下に出て行く。ヤツの姿が部屋から消え、重い扉が閉まると、また鍵がかけられる音がした。


 僕がこの部屋に幽閉されてから、もう何日経ったのだろう。

 初めは父上の屋敷に滞在してもいい、なんて言っていたチーリンとウェンバクだが、途中で気が変わったらしく。僕を薬で眠らせて、この裏通りにあるらしい古い屋敷に連れてきた。

 建物自体は、ウェンバクが何やら後ろ暗い用途に使うための私邸らしい。だが、部屋にはチーリンの手で二重三重の防御が施されていて、魔術用具を根こそぎ取り上げられてしまった僕には逃げ出すことも出来ない。


 初めのうち、ウェンバクは女を何人か送ってよこしたりしたけど。面倒くさいから、全部追い返した。

 僕はさ。ウェンバクのお下がりの女なんかでゴマカされたりはしないんだよ。

 今、僕が欲しい女はシュラハだけ。彼女に会って、真実を聞きだすことが僕の望みなんだ。


 ここから出せ、って何度も言った。僕だって一人前の魔術師なんだ。危ないと分かっているのに、みすみす蛮族なんかに殺されたりしない。シュラハとのことは、僕が自分でケリをつける。そう言っているのに。

 あの二人は、聞く耳を持たずに。

 畜生、いまいましい。


 僕は枕を壁に投げ付ける。そのまま、もう一度寝台に寝転がる。チーリンの来訪に備えて、魔術の痕跡を消すのは……もう少し後でも、良いだろう。

 今は、少し疲れた。


 ここで何があったか、なんて簡単なことだ。

 どうしても、シュラハについて自分の手でカタをつけたかった僕は。最後の手段、に訴えた。


 僕とシュラハの不思議なつながり。セイタとクロクラの夢を通して彼女の真実に迫ろうと考えたのだ。

 クロクラ。彼女なら、きっとシュラハのことを何もかも知っている。

 僕がセイタのことを何でも知っているように、彼女とシュラハはお互いのことが分かっているはずだ。


 もう、セイタに頼るつもりはなかった。アイツはダメだ。僕の度重なる懇願を無視してる。それが何のためか、って言えば、アイツのちっぽけな自尊心を守るためなんだ。バカバカしいことこの上ない。だけど、とにかくセイタはクロクラに、シュラハの真実を聞いてくれるつもりは毛ほどもない。


 だから、僕は思ったんだ。

 それなら、僕が自分で聞けばいいではないか、と。


 夢の回廊を通って、別の世界と接触を持つ魔術は古くからある。僕は試験のために様々な古文献も読みこんでいたから、そのうちの一つを思い出すことが出来た。

 僕自身が触媒となっているから、接触はたやすいはずだった。


 僕は、試み。そして成功した。

 セイタの体に入って、別の世界の空気に触れることが出来た。

 だけど。そこで誤算が。


 そうまでして、会いに行ったクロクラに。僕の言葉は、一切通じなかったのだ。

 衝撃だった。そんなことは考えてもみなかった。夢の中では、セイタとクロクラの話していることの意味が全て僕には分かるのに。


 だから僕は。次善の策を取ることにした。

 セイタが、シュラハのことをクロクラに聞いてくれないのは。セイタが怯えているからだ。

 

 クロクラは、一度セイタを拒否した。

 だからセイタは。クロクラが自分を嫌っているのではないかと。もう、彼が軟禁されているあの白い建物に来てくれなくなるのではと、いつもひどく恐れていて。

 だけど自分から謝ることは。自尊心が邪魔して出来なくて。


 イヤ、結局それも怯えなのかもしれない。謝って、頭を下げて、そして許してもらえなかったら。アイツの脆弱な心は、陶器みたいに砕けてしまうだろうから。


 だから、その垣根がなくなってしまえばきっと。セイタは屈託なく、クロクラにシュラハのことを聞けるだろう、と思った。


 方法? 簡単だよ。抱いてしまえばいいんだ。

 クロクラだって、セイタを拒否した後も足繁く彼のところに通って。

 本気で嫌ってるわけはない。

 女っていうのは時々、わけのわからないワガママを言い出すから。

 あれもきっと、そんな女のワガママだったんだ。


 あれはセイタの体だし、何も問題はないはずだったんだ。

 僕は彼女を押し倒し、彼女もそれに逆らわなかった。

 

 それなのに。セイタ、が。


 僕は歯噛みする。

 どういうわけだか分からない。セイタは魔術師じゃないんだ。僕に体の主導権を奪われて、脳みその隅っこで怯えていることしか出来なかったはずのヤツが、突然。

 突然体の主導権を取り戻して、僕の意識を追い出した。


 僕は術の反動で、ひどい衝撃を受けて寝台に倒れ込んだ。その音を聞きつけてウェンバクが現れた。そういうわけだ。


 何が起こったのか分からないが、今はどうやらセイタとの夢でのつながりも切れているようだ。時間が経てば、また回復するものかは分からないが。

 とにかく、ひどく打撃を受けた。しばらく、僕も休みが取りたい。


 セイタは心も体も弱っていて、憑依しやすい状態だったのに。どうして急に、あんなに気力をみなぎらせたのか。


 とにかく一息つきたくて、壁の棚に置いてあった水差しを取る。少しずつ少しずつ、注いだ水を喉に流し込む。


 あれから、向こうの世界ではどうなったんだろう。結局僕は、クロクラからシュラハの情報を引き出すことが出来なかった。


 夢の回廊を通ってつなげる道は、細く脆い。ちょっとした衝撃で壊れてしまうことが、今回の実験でよく分かった。もし、また道がつながっても。セイタが警戒していれば、あんな風にたやすく体を乗っ取ることはきっと出来ないだろう。

 それに、術者である僕への負担も想像以上だ。さっきの接触の切り方は、マズかった。一歩間違えば、僕は死んでいたかもしれない。

 ダメだ、この方法は危険がありすぎる。


 シュラハは僕を心配して探してる、とクロクラは言っていた。

 まだ僕がセイタの体を乗っ取る前。いつもの夢のつながりで二人の会話を聞いていた時だ。

 チーリンのことだ。シュラハが探していても見つからないように、何らかの手を打っているんだろうけど。


 夢を使ってシュラハの真実を探る方法は失敗だ。だとしたら、僕にはやっぱりシュラハに直接聞くしか方法は残っていない。

 そして、シュラハに会うためには、ここを出るしかなくて。


 呼吸を整えながら、僕は考えた。

 まだだ。まだ、あきらめない。僕はチーリンやウェンバクの言いなりにはならない。

 必ず、真実を解き明かして見せる。


 そのために何が出来るのか、僕は天井をにらみつけ、考え続けた。

 

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