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女子高生 玄倉新・13 蜘蛛の巣

 動けない。体を動かせない。

 ここは、夕方の病院で。


 開けっ放しの扉の向こうの廊下は、忙しげな看護師さんたちの足音。見舞客たちの話し声。入院患者のぺたぺたいうスリッパの音。そんなものであふれているのに。


 私は、ベッドの上に押しつけられて。互いの息遣いだけを聞いている。


 私の右腕は、頭の上に。ひねられて、押さえつけられて。

 にんまりと嗤う、妙に焦点の合わない目付きの顔が、私の顔に近付く。


 桐野くんの顔だけど。桐野くんじゃない。


 私はそれを確信している。


 唇を、重ねられた。むさぼるように唇が動く。舌が私の唇をなめまわす。

 一生懸命、歯を食いしばって拒否するけれど。息が苦しくなって、少し口を開けたところにぬるりと入り込んでくる。

 それと同時に、ブラジャーの中へ這い入った手が、興奮したように動きを速める。


 ああ、蹂躙されている。

 同じことは、桐野くんにもされたけど。あの時は、とまどいながら、ドキドキもしていた。

 けれど、今はただ、イヤなだけで。


 だけど、振り払えない。だって今無理に振り払って、相手がベッドから落ちでもしたら。

 体は、桐野くんの体なのだ。これ以上ケガでもさせてしまったら。


 私の体を好きにもてあそぶ手の動きに。思わず声が出そうになる。

 その声は、私の唇をふさいだ別の唇が飲みこんだ。


 こんなにイヤなのに、どうして。抵抗できないのか。

 イヤだ。イヤだ。


 相手の手が、胸を離れて下の方へ滑っていく。制服のスカートをめくり上げ、下着の上からその部分をなで回し。


 あ。やだ。

 下着が下ろされる。


 私は大きく身じろぎする。それは、いくら何でも。

 でも。桐野くんのケガは脚なのだ。ここで私が暴れて、ケガが悪化してしまったら?


 ああ。桐野くんを人質に取られてるみたいで、本当に。本当に、動きがつかない。


 私の太腿に。パジャマのズボン越しに。桐野くんの、が触れる。熱くて固い。

 頬がカッと熱くなる。

 こんなの。


「やだ……。やめて」

 私はふさがれていた唇をもぎ離し、低い声で必死で訴える。


「あなた、誰なの。私は、桐野くんがいいの。桐野くんの中から、出て行ってよ!」


 言葉が通じないのに。ムダな訴え。だけど、言わずにはいられなくって。

 なんとか、相手にダメージを与えず振り払えないかと。ムダな試みを続けてみる。ひざを折って体を丸くし。横にして。


 不意に、私の上にいる男の動きが止まった。私の体から。両手が離れる。

 初めに、桐野くんの様子がおかしくなった時みたいに、唸っている。頭を抱えている。苦しそう。


「桐野くん?」

 違うと分かっていながらも、私はそう声をかけた。だって、体は桐野くんのものだ。苦しんでいるのは、中のヤツではなく桐野くんなのかもしれない。

「桐野くん、大丈夫?」

 私は少しずつ相手から身を離す。どうしよう、今度こそナースコールだろうか。


 うがあっ、と相手が吠えた。私は身をすくめる。

 怖い。やっぱりナースコールを。


 だけど、それきり相手は動きを止めている。息遣いだけが荒く、肩を上下させている。

 それから。下を向いていた顔がゆっくり上がり。

 焦点の合った目が、私を見た。


「玄、倉」

 それは。さっきまで私を蹂躙していた、あの焦点の合わない眼をした怪物ではなくて。

「桐野くん?」

 私は聞いた。

 桐野くんは、うなずいた。

 まだ頭痛がするように、少し顔をしかめて、こめかみを揉みながら。


「良かった……!」

 ホッとして。私は。

 気が付いたら、桐野くんにすがりついていて。


「バッ、バカ! 玄倉、バカ離れろ!」

 桐野くんは慌てたように。真赤になって、私を乱暴に押しのけた。

 あ。私、すごい恰好で。どこもかしこも。

 

 乱れた着衣を慌てて直す。

「言っとくけど、僕じゃないからな」

 半分向こうを向きながら、桐野くんは赤くなって言う。

 もう半分の目は、剥き出しの私の胸元にいっていた気がするのだが、自意識過剰だろうか。


「僕じゃないんだ。アイツの言ってたことも、全部ウソだからな。分かってるだろ、玄倉」

 桐野くんは繰り返す。

「うん」

 私はうなずいた。


「分かってる。違う人だった。あれは、誰なの」

 答えが返ってくるとは思わずに、私は尋ねた。だけど桐野くんは、

「チュウリィだよ」

 と忌々しげに答えた。


「チュウリィ?」

 私はびっくりして桐野くんを見た。

 だって、チュウリィは夢の中の人で。それに、いつも王子様みたいで、上品で優しくて。


「そうだよ。アイツ、どうやったんだか向こうから僕の体を好きなように操りやがったんだ。玄倉も聞いただろ。僕の代わりにお前を犯すって、そうしたらお前ももっと素直にアイツの質問に答えるだろうから、って」

「そんなこと言ってた?」

 私には。あの人の言うことは名前以外、聞き取れなくて。


「言ってたって。最初、アイツがシュラハのことをお前に聞いて、お前が無視してるからアイツ、キレて」

「分からなかったの」

 私は、言った。

 桐野くんは怪訝な顔をする。


「分からなかったの。あの人が言っている言葉、一言も」

 今なら、分かる。夢の中では当たり前みたいに相手の言うことが分かっているけれど。多分。

「言葉が、違うんだわ」


「そうなのか? 僕は、普通に分かったけど」

 首を傾げる桐野くん。

「それは、桐野くんの体の中にあの人が入っていたからじゃないのかな」

 私は言った。


「夢を見ている時と同じような感じだったんじゃない? だから、桐野くんにはチュウリィの考えることが分かったんだと思う」

「うーん。そうなのかな。確かに、半分夢を見ているみたいな、ぼんやりした感じだったから。耳で音を聞いたか、って言われたら、確証はないな」

 髪をかき上げる桐野くん。

 というか。あの間の記憶や知覚があるのか? 桐野くん。


「うん、まあ。ぼんやりとだけど、覚えてるよ」

 そう言って、桐野くんはニヤリと笑った。

「玄倉、めちゃくちゃエロかった」


 うわあ。そんな記憶はなくていいから。

「わ、忘れて」

 私は慌てて目をそらす。


「うん、まあ。あんまり思い出してると、ヤバいんだけど」

 もう一度髪をかき上げ、私から目をそらす桐野くん。


「でも、玄倉、最初抵抗もせずに言いなりになってたよね。玄倉って、ああいうことされるの好き? かなりエッチなんだ」

 な、何てことを。誤解も甚だしい。


「あれは、違うの。だって、私が暴れて、もし桐野くんの体がベッドから落っこちて、またケガでもしたらと思ったら、抵抗したくてもできなくて」

「あれ、そうなの」

 きょとんとする桐野くん。

「何だ、つまらない」

 つまらないって、人をどんな女の子だと思ってるんですかアナタは。


「まあ、その辺は今度また、じっくり開発してみてもいいかな」

 何やら呟いている。何やら聞き捨てならないセリフのような。


「ちょ、ちょっと待って。なんでそんな話になってるの」

「ん? だってさ」

 嗤う桐野くん。あの、さっきの人と大差ない邪悪な笑みなんですが。


「玄倉、アイツは嫌でも僕ならいいんでしょ? ちゃんと、聞こえたよ」


 カッと、顔が赤くなる。

 そう言えば、そんなことを口走った、ような。

 うわ。ものすごいことを言っちゃったな、私。


「玄倉さ。ヘンな意地を張るから誤解してたけど、やっぱり僕のことが好きなんじゃないか。な、そうだろ?」


 うう。恥ずかしくて、桐野くんの顔が見られない。

 だけど。

 ここは誤魔化しちゃ、いけないところだろう。

「す、好きだと、思う」

 私は自分のひざを見つめたまま、一息に言った。


「やっぱり」

 桐野くんの満足したような声が横から聞こえる。

 やっぱり、って何だ、やっぱり、って。決死の想いで告白した女子に対して何となく失礼な感想な気がする。何となくだけど。


「けど!」

 私は力をこめて言った。言わなきゃいけないことは、ちゃんと言わないと。

「ええと、あの。さっきみたいなこととか、いろいろ。あんまり、急がれると、困る。と言うか、どうしたらいいのか、分からない。から」

 お手柔らかにお願いします、と私は、何だかわけのわからないことを言った。


 桐野くんは唇を曲げ、ふうん、と少し不満そうに言った後。

「分かった。ゆっくりなら、いいんだろ。ね、玄倉」

と笑った。

 その笑顔が何だかコワイ気もするが、せっかく仲直りできたことなので、ここはツッコまないでおく。


 二人ならんで、ベッドの端に腰掛けて。

 私たちの間には、人一人分の距離が。


 だけど、それは。ついさっきまでみたいな冷たい距離ではなくて。いつでも、手を伸ばせば届かせることのできる温かい距離に変わっていて。

 私は、桐野くんに向かってぎこちなく笑顔を返して。


「玄倉。……じゃなくて、新」

 桐野くんが私の方に手を伸ばす。

「もうちょっと、こっちに来て」

 せがむ口調。


 私は、ためらいながらも彼の傍に寄る。


 桐野くんの手が。私の肩に。髪に。頬に触れ。

「いいだろ。仲直りのキス」

 唇が近付いて。


「ま、待って」

 あわててのけぞる私。

「ま、まだ、大事なこと聞いてない」

 早口で言う。


「大事なことって、何」

 心底不思議そうに首を傾げる桐野くん。

「新は、僕が好きなんだろ。だったら」


「わ、私は桐野くんが好きでございまするが!」

 動揺したあまりおかしな敬語になっていますですよ。

「桐野くんは、私のことどう思ってるの。それ、まだ聞いてない」

 この前は。その辺を曖昧なまま話を進めたから、おかしなことになったのであって。


「何だ、そんなこと」

 桐野くんは呆れたようにため息をつく。

「前にも言ったろ。僕も、新のこと好きだから」

 そう、軽く言って、軽く笑う。


 がっくり。軽い。軽すぎる。そう言えば、前にもこんな落胆を味わったことがあったような。


「ね、だから、さ。何も、問題ないだろ?」

 もう一度ささやいて。桐野くんの顔が近付いてくる。


 けれど、好きと認めてしまった私に、それ以上逃げ場があるわけもなく。

 蜘蛛の巣に囚われた獲物のように、私は。


 彼とくちづけをした。

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