女子高生 玄倉新・12 接触
私は速足に桐野くんの病室へ向かう。
入り口をくぐって、ベッドの傍に駆け寄るのももどかしく、声を出していた。
「桐野くん、チュウリィは無事?! どこにいるの!?」
桐野くんは、とても厭そうな顔をしてから、目をそらした。
「桐野くん、聞いてる?」
私はついつい、問い詰めてしまう。今朝は大変夢見が悪かった。たかが夢の話とはいえ、ハッキリしないと落ち着かない。
「ウルサイな。たかが夢だろう。何、興奮してるんだよ、玄倉」
桐野くんは私の思ったとおりのことを言った。
「夢って言ったって」
私は言い募ってしまう。
「急にいなくなったら、心配するよ。そりゃ最初はシュラハも、忙しいんだろうな、って思ってた。でも、何日たってもチュウリィは姿を見せないし。あのお屋敷まで探しに行ったら、誰もいないし、荷物もないし。屋敷の人を問い詰めたら、どこかへ連れて行かれた、って」
「へえ。無理矢理聞き出したんだ。夢の中でも玄倉は乱暴だな」
桐野くんは唇を歪めた。
「力づくで聞きだしたの? それで相手が本当のことを言うと思ってる? 大体、シュラハって言葉がろくにしゃべれないじゃないか。間違って聞いたんじゃないの?」
「間違ってないよ。連れて行かれた、くらいの言葉はシュラハにだって分かる」
私は言った。
桐野くんは途端に機嫌の悪い顔になる。
「ウルサイ、ホントにウルサイよ、玄倉。チュウリィにだってチュウリィの都合があるんだ。放っておけよ」
「そんなこと、言ったって……」
私は言葉に詰まる。チュウリィの都合がある、と言われてしまえばそれまでだけど。
今まで、夢の中のシュラハとチュウリィはいつも仲が良くって。
桐野くんに嫌われてしまってからも、私にはそれが救いで。まだ絆は残ってる、そんな風に思えていたのに。
あの魔法大会以来、毎日のようにシュラハを訪ねて来てくれていたチュウリィが姿を見せなくなってしまった。初めはシュラハも、チュウリィも忙しいのだろう、くらいにしか思っていなかった。だけど、何日経ってもそれは変わらなくて。段々、心配になってきたシュラハは、いつもチュウリィがいた、大きなお屋敷を訪ねて。
そこには、何もなかった。チュウリィがいた部屋はキレイに片付けられていて、彼の姿はどこにもなかった。
ただ、チュウリィがシュラハに買ってくれた、綺麗な衣装だけが残されていて。
桐野くんには乱暴だ、って言われたけど。それには返す言葉もない。シュラハは、魔術を使って。半分以上無理に、お屋敷に勤めている人たちからチュウリィの行方を聞きだしたのです。けど、少しはシュラハの気持ちも察して欲しい。お屋敷の人たちは、シュラハが異民族で言葉もロクにしゃべれないからって、初めほとんど相手にもしてくれなかったんだもの。
言葉って、大切だよね。私、もう少し英語がんばろう。
まあ、それはともかく。聞きだせたのは、そしてシュラハに理解できたのは、チュウリィが誰かに「連れ出された」ってことだけ。それ以上は分からなかった。
師匠くらいの語学力があれば、もう少しあの人たちから何か聞きだせたのかもしれないけど。
ただ、シュラハが帰ろうとした時。その人たちは、あの綺麗な衣装をシュラハに持って行かせようとして。
チュウリィが、それを託したんだ、ということは分かった。でも。それを渡すということがどういう意味なのか、それがシュラハにも、私にも分からない。
シュラハは、チュウリィのことを心配して心配して。何か、恐ろしいことに巻き込まれているのではないか、ひどい目に遭わされているのではないか、と。食事ものどを通らなくて。
だから。
私は。
「シュラハ、チュウリィのことをすごく心配しているんだよ。すごく、すごくだよ。もし、何か困ったことに巻き込まれてるんだったら、助けに行くと思う。だから、お願い。チュウリィがどうしているか教えて」
はん、と桐野くんはバカにしたような声を出した。
「チュウリィチュウリィ、ってうるさいな。あのさ、玄倉。バカじゃないの。それを僕から聞きだしたとして、どうするのさ。玄倉が夢の中に入ってアイツを助け出すのかい。何、頭の悪いこと言ってるんだよ」
「バカげてないよ」
私は反論した。
「私がシュラハのことを夢に見るように、シュラハは私のことを夢に見てる。だから、今ここで桐野くんがチュウリィの居場所を教えてくれれば、そのことは夢できっとあの子に伝わるよ」
桐野くんの冷たい目は変わらなかった。
「へえ。夢でシュラハにね。あのさ、玄倉。アイツが姿を消したのは、シュラハに居場所を知られたくないからじゃないか、って思わないの」
ザクリ、と音がしたような気がした。
私の胸の中。切りつけられたような気分。
思わなかったわけじゃない。シュラハも、私も。
シュラハだって、いつまでもチュウリィと一緒に居られると思っていたわけじゃない。
チュウリィはまるで王子様みたいで。シュラハとは違う世界の人って感じで。
だからこの恋がいつまでも続く、なんて。シュラハだって思ってはいなかった。
だけど、シュラハは嬉しくて。王子様みたいなチュウリィに優しくされるのが嬉しくて。
一緒にいられる時間が、少しでも長ければいいと、ずっと思ってた。
ずっとうまくいってたから、だから。
魔法大会が終わるまでは、一緒にいられるかな、って。思っていたのに。
「もう、会わないってことかな」
私の声は、思った以上に震えていた。
まるで、私が。玄倉新が、チュウリィに別れを告げられたみたいに。
「もう、シュラハのことキライになったのかな」
「さあね。自分で考えたら」
嘲るように降ってくる、桐野くんの言葉。
「もう、会いたくないから。つきまとわれたくないから、姿を消したの? ひとことも言わないで?」
「さあ。僕はチュウリィじゃないから、アイツの気持ちを代わりに言う気はないよ。でもさ、何も言わないで消えたってことは、言いたくなかったってことじゃないの。フツウ。少しは空気を読めば?」
うわ。マズイ。
桐野くんの言葉がキツいのなんて、いつものことなのに。
その言葉が、思った以上に胸にこたえて。
自分のことですらないのに。
涙が、出る。
「あれ、何? 玄倉、泣いてるの。へえ、そんなにチュウリィが好きだったんだ」
面白がっているような声。
「夢の中の男を好きになるなんて、変わってるね。ああ。もしかして、僕に良くしてくれるのは、僕がチュウリィに似てるから、とか?」
そんなこと。
声が、出ない。涙が喉につかえて。声にならない。
そんなことなくて。むしろ、私は。シュラハとチュウリィが仲良くしているのを見るのが、好きで。
頑張れば、自分と桐野くんも、またそんな風に出来るんじゃないか、と。戻れるんじゃないか、と思って。
そんな不純な気持ちで。だから私は、今。
桐野くんに何も反論できないでいる。
そんなあさましい気持ち、言えない。誤解されたままもイヤだけど、本当のことも言えなくて。
私は。黙るしかなくなる。
「ふうん。そうだったんだ。残念だったね。悪いね、僕じゃお役に立てなくて」
なぶるような声音。違うのに。私はただ、桐野くんと仲直りしたかっただけで。
桐野くんといる時間が、好きだっただけで。
そうだ。こんなことになって思い知る。
私は。中学で、親にも友だちにも見捨てられて、ひとりになった私は。
ひとりで生きて行こうと思っていた私。ひとりで大丈夫だと、ひとりでやっていけると思っていた私は。
本当は、ひとりが寂しくて。
声をかけてくれた桐野くんの存在が。そばにいさせてくれた桐野くんの存在が。
とても、大事で。
とても、嬉しくて。
強引さにとまどいはしたけれど。それでも、離したくなくて。離れるなんて思いたくなくて。
嫌われたと思ってからも、だから見苦しくしがみついて。
それが恋なのかは分からない。だけど。
桐野くんは私にとって、とっても大切なひとで。
出来る事なら。抱きしめたい。
のに。実際の私たちはこんな風で。
空回りして。滑稽に、ひとりで踊りまわって。
バカみたい。
「でもさ。玄倉。そんなにチュウリィが好きなら」
甘く響く桐野くんの声。
「僕が代わりになってやろうか?顔は同じなんだろ。だったら、僕でもかまわないよね」
その響きは、刺のように私に突き刺さり。
「ほら玄倉」
桐野くんの手が伸びる。私の両腕をつかむ。
そうじゃない。そうじゃない。
桐野くんの顔が私の顔に近付く。
違う、言わないと、言わないと。
私は、チュウリィを好きなわけじゃない。
私が、好きなのは。
私が、大事なのは。
「桐野くん、ちが」
違う、と言おうとした時。
不意に、桐野くんがビクリと顔と体を強ばらせた。
そのまま、私から離れて、ベッドに倒れ込む。頭を抱え、うめき声を上げる。
ひどく苦しそうだ。
どうしよう。どうしたのか。何があったというのか。
どうすれば……。あ。ナースコール。
ベッドの枕元にあるそのスイッチに気付き、私は手を伸ばそうとする。
その腕を。桐野くんがもう一度つかんだ。
さっきより力任せで、痛い。
「桐野くん、離して」
声をかけるが、返事はない。
桐野くんは痛みで朦朧としているのかもしれない。
だから、こんなに強く。
どうしよう。無理やり振りほどこうと思えば、出来るかも。
でも。私を頼ってくれているのなら。
それを振り払ってしまって、本当にいいのだろうか?
迷っていると。
不意に桐野くんの頭が、すごい勢いで後ろにガックリと垂れた。ゾンビ映画じみた動き。
そのまま、彼はしばらく動きを止めていた。
私は。その異常な動きに、どうしたら良いか分からなくなってしまい。
ただ、つかまれた腕が痛いと思いながら。桐野くんを見守るだけで。
やがて、桐野くんの頭がゆっくりと上がった。
通常の位置に戻る。機械仕掛けのように、ゆっくりと回転し辺りを見る。
まるで、景色を確認しているみたいに。
それから、焦点の合わない目が、じっと私を見た。
「クロクラ」
ハッキリと、発音した。音を確かめているみたいな言い方。
「う、うん」
私はうなずいた。
桐野くんが、にいっと笑った。
私は、なぜだか背筋が寒くなる。
違う。これは、いつもの桐野くんじゃない。
「クロクラ、――――――」
もう一度私の名前を呼んで、桐野くんが何か言った。それが聞き取れない。
まるで外国語のようで。意味のない音の羅列にしか、私には聞こえない。
その音の中。
「チュウリィ? チュウリィって言った、桐野くん。それに、シュラハって」
私は聞き返す。桐野くんは怪訝そうな顔をして、もう一度繰り返す。
やっぱり、聞き取れるのは「チュウリィ」という言葉のみ。
「桐野くん。どうしちゃったの。しっかりして」
私はなんとか彼を正気に戻そうと声をかける。だけど、彼の反応はなくて。
ああ。ナースコールが、とても遠い。
すぐ傍にあるのに、つかまれた腕が動かせない。桐野くんの手首はとても強くて。さっきは外せると思ったのに、今は腕がピクリとも動かない。力任せに、痣になりそうな勢いでつかまれている。
投げ技でも放たない限り、私はこれを振りほどけない。もちろん、ケガ人の桐野くん相手にそんなことが出来るはずがなく。
桐野くんが舌打ちをする。「セイタ」という音が聞こえた気がする。
「クロクラ。――――――セイタ――――――――」
私の苗字と、桐野くんの名前。それが聞こえて。
唐突に、天地が逆転した。私は、ベッドに押しつけられて。病室の天井を見ている。
私と、その天井の間に。桐野くんの顔をした、誰かの笑顔が。
その顔は、とても独善的で、私のことなんか考えてないようで。私は、それが怖くて。
桐野くんの指が、私のブラウスのボタンをはずしていく。気ぜわしげに、少し乱暴に、手がブラジャーの内側に差し入れられる。
「やっ」
私は抵抗しようとするが、腕をひねり上げられる。
耳元で、何かささやかれる。その響きがひどく卑猥に感じられて、私は彼をにらみつける。
桐野くんの顔で、桐野くんの体だけれど。これは、違う。
誰かまったく、桐野くんとは違う人が彼の中にいて、彼の体を動かしている。
「誰なの。桐野くんはどうしたのよ」
私は、必死でそう言った。
相手は、何も言い返さず、不気味に黙って。
ただ、嗤った。




