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魔術師 チュウリィ・1 夢の境界

 ひどい夢を見て、目が覚めた。

 固い寝台から起き上がって、夢であることを確認しても、しばらく心臓がバクバクいっていた。


 魔導師の見る夢といえば、何らかの意味合いを持ったものが多いとされているが、それでいけば僕の見た夢は何に当たるのだろう。

 目覚めてすぐ、夢の残した不快な感触にイライラしながら夢判断の古書をひもといた。だけれど、僕の見たような夢の例は載っていない。


あんな夢。

 光る眼をした、けたたましい音を立てる鉄の怪物に下半身をかみちぎられるような夢は。

 

 ああいや、本当にかみちぎられたかどうかは分からない。。光る眼が近付いてきて、下半身にひどい痛みが走ったと思ったらすべてが暗転したのだ。

 気が付いたら僕は、寝台の中で叫び声を上げていた。

 だから、そこまでしか分からないんだけど。


 とにかく、とんでもなく現実っぽく、とんでもなく不愉快な夢だった。


 僕は頭を振って、思考の転換をはかる。いつまでも夢に囚われていても仕方ない。

 あれだな、これは。僕が過去の魔導師たちの遺した古臭い枠にとらわれない、スケールの大きな術師だってことかな。多分。きっとそう。


 自分の才能の豊かさに感心しながら、僕は窓から外を見上げる。この宿屋に着いたのは昨夜遅くだから、僕はまだこの街をキチンと見て回っていない。今日は一日、あちこちを見て回ろうと前々から決めていた。

 夢のことは忘れよう。そして明日からは真剣勝負の決戦だ。楽しめるのは、今日しかない。



 身支度を終え、外に出る。王府の街路は、吹く風に砂が舞って歩きにくい。

 それでも、さすが都だ。道行く人たちの数は、僕の生まれ故郷の比ではない。見たこともないくらい大勢の人々が、ある者は忙しげに、ある者は所在なさげに往来を行き来する。


 砂の中、街路をまっすぐに歩いて行き王城に至る。見たこともないような壮麗な建物。幾つもの塔に華やかな色彩の旗が翻り、城門はがっしりとした石造りで、普通の建物の三倍もの高さがある。城門を守る兵士たちが、じろりと僕を見た。


 ここが、この国の王の住む王城。この国で最も華やかな、富と財が集まる場所。

 ここで明日から行われる、魔術師試験に僕は挑む。

 

 僕の家は代々続く高官の家系だが、この国では高官の子息だからといってその地位を継げるわけではない。魔術師試験か文官試験。国家規模で行われる、どちらかの試験に合格しなければ王城に仕えることは出来ない。もちろん、魔術師試験の方が難しい。

 あ、後は一兵卒から叩き上げて高位の軍人になる手もあるけれど。僕はそんな野蛮な真似が出来るような下種な人間じゃないし。

 まあとにかく、この城で国王に仕えたかったら、試験に受かること。そして、受かっても最下位の官吏から始めなければいけない。出世は、個々の才能の多寡による。


 僕は魔術師試験を一番で通過すると決めている。

 国王の下で大臣を務める僕の父も、それを望んでいる。

 僕には十三人の異母兄姉がいるけれど、そのうち二人が文官試験を通り、二人が魔術師試験を通っている。軍隊畑にいるヤツもいるし、女官(こっちは職に就くのにコネがきく)をやってるヤツらもいる。


 僕はソイツらの誰よりも、高い地位につかなくてはならない。だって僕は、唯一の正妻の子なんだから。


 どんな手を使っても、明日この場所に集まるどの男よりも上の成績で合格してやる。そして、過去にこの試験を通っている異母兄たちの成績にも、負けない。

 王城を彩る五つの軍団旗と、七つの政庁旗。あの一つを担う人間に僕はなる。当然、なれるはずだ。


 戦いの場は、十分見た。後は明日の勝負だ。

 気合が入ったところで、僕は身を翻す。


 とたん、傍に立っていた人間と肩が触れ合った。

 ソイツは僕のすぐ傍で、バカみたいにこの大きな王城を見上げていたらしい。ちっとも気が付かなかった。

 何やってんだ。こんなところで立ち止まっていたら、通行の邪魔だろう?


 そう言ってやろうと相手の顔を見て、僕は動きを止めた。


 北方の異民族の着る派手なビーズ飾りのついたフードつきのマントに、戦装束と見まがう質素な衣装。僕の肩ほどしか身長がない小柄な体。


 異民族の戦士?


 残虐無比といわれるソイツらの評判が頭をかすめ、僕は身を固くする。

 ああ、いや、でも。

 戦士の募集は王城ではやらない。各地にある城塞ごとに行われる。

 だから、コイツは王城に仕えようとやってきたのではない……はずだ。


 コイツも、明日の試験を受けにやってきた魔術師見習いなんだろうか? とても、そうは見えない。でも、そうだとしたらこんなところにいる理由が分からない。単なるおのぼりさんの都見物か?


 僕の生まれ育ったところには、異民族なんていなかった。だから、ちょっとビックリしただけで、断じて怯えたわけではない。

 僕には幼いころからこの身に叩き込んだ魔導の知識がある。こんなチビ蛮族に怯えたりなんか、断固としてしない。うん。


 ふと。

 ソイツが頭を動かした。かぶりものがずれて、顔が露わになる。

 黒い長い髪が、サラリと流れた。

 今度こそ僕は、凍り付いたようになって相手を凝視した。


 見慣れない異民族の衣装をつけた、初めて会うはずの相手の顔に。

 僕は確かに見覚えがあったのだ。


「クロクラ?」

 気が付けば、僕は思わず、そう口走っていた。

 

 クロクラ。

 今までに学んだどんな言語に照らし合わせても意味をなさない言葉。

 それは、名前。


 夢の中の人間の名前だ。

 

 足元がふらつく。世界が揺れる。

 僕は、とっさに足を踏み出して、体の平衡を保つ。

 目の奥が痛む。耳の中に、あの。夢に出てきた鉄の怪物の叫び声がわんわんと響く。

 違う。そんなこと、あるわけがない。あれは夢だ。ただの夢だ。

 それに、夢の中のクロクラは。女、だった。目の前のコイツの衣装は、男装束だ。


 チビ蛮族は、僕の顔を訝しげに見てから、口を開くことなく背中を向けた。

 そのまま、小走りに立ち去っていく。


 僕はそのまま、遠ざかっていく背中を見送っていた。

 心臓が、ドキドキしている。柄にもなく、動揺していた。


 僕の夢。今朝、起きる直前に見ていた夢。

 赤い眼をした鉄の怪物に襲いかかられて終わった夢。

 その中に、確かにさっきのアイツの顔がある。


 今朝の夢の中、僕は。

 知らない世界で、学生になっていた。


 僕が「僕」だと思っているヤツは、本当の僕とは似ても似つかなくて。

 伝説の、戦士国の人間みたいに、同じ年頃の少年が集められた牢獄のような館で生活をしている。

 昼間は学び舎、夜は牢獄。自由なんて一つもない世界で、平気なカオでヘラヘラ笑って生活している。ホントは、ちっとも平気じゃないくせに。

 

 その夢の中で「僕」は、いつもクロクラが気になっていて。

 普段は顔を隠しているけど、実は学び舎の中で一番きれいな女の子なんじゃないか、っていつも思っていた。

 クロクラは誰ともつるまなくて、いつもひとりでいて、手の届かないところに咲いているキレイな花みたいで。

 それでも夢の中の「僕」は何とか背伸びをして、その花に手を届かせて。そして。


 そして「僕たち」は。

 ……赤い目の怪物に。


 不意に強い眩暈を感じて、僕は足を踏ん張り直した。


 右手を上げて、両目を強く抑える。

 視覚を遮断しているうちに、段々に呼吸が落ち着いてくる。

 夢の残滓は、潮が引くように僕の頭の中から消えていく。


 まったく、何をやってるんだ。僕は、この国の頂点に立つ(はずの)男だぞ。何を動揺している?

 夢に出てきた人間が現実に現れたから、って。


 そもそも本当にあれはクロクラだったか?

 僕の肩までしかない身長、長い黒髪、ぱっちりした黒い目は夢の中のままだけど。

 いや、それだってもう曖昧だ。ちょっと雰囲気が似ていただけ、かもしれない。


 クロクラに似たヤツをたまたま見かけて。彼女本人を見つけた、と思いこんだんじゃないのか。

 夢の中の彼女はとても魅力的だったから。僕の心の底に現実でも彼女に出会いたいという願望があって、それで。

 そう考えた方が筋が通る。


 常識で考えろ。夢は夢だ。夢の中の人間が、現実に存在するはずがない。


 国試に通って、この国一番の術師になることを目指している僕が、そんな有り得ないことを信じてどうする。

 予知夢? 予知夢だとしたって、夢の中に出て来たかわいい女の子とそっくりなヤツに出会った、ってだけじゃないか。

 天下国家を思いのままにしようとする術師の夢が、そんな卑小なことでどうする、って話だよ。


 うん。違う。さっきのは一時の気の迷いだ。

 夢の中に出て来た人物と面影の似たヤツを見かけて、つい動揺してしまった、それだけの話だ。


 それは僕だって、クロクラが実在するなら会ってみたいけど、そんなおとぎ話が現実にあるわけはなくて、いや、じゃなくてアレは夢なんだって!


 そう、夢だ。この埃っぽい都とは違う、瑞々しい香りのする空気の学び舎の中で、「僕」がクロクラの横顔をそっと見ていた、などというのは夢だ。

 どういう経緯があったのか、それまで口をきいたこともなく、近付くこともなかった彼女と、学び舎でも、牢獄のような収容施設でもない場所を歩いていたのも、全部夢のカケラ。


 そうして、僕目がけてまっすぐにつっこんできた鉄の怪物も、全て夢。夢。夢でしかない。


 そんな脈絡のない夢に、意味も何もないだろう。支離滅裂な、ただの夢。

 何も訝しむこともなく、忘れて行くべきもの。


 ただ、あの異民族の少年の存在さえなければ。


 ああ、畜生。これから僕はバザールを回り、異国の珍奇な商品を見て回ったり、都の美しい女性たちが集まる目貫き通りを楽しんで行き来するつもりだったのに。

 なんてことだろう、僕はどうしても落ち着いてその場にいることが出来なくて。


 夢と現実の境界が溶け出していくような感覚を味わいながら。

 クロクラの面影を持つあの少年を探し求め、気が付けば雑踏の中を走り出していた。


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