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女子高生 玄倉新・10 不安

 面会時間終了間際。

 私は、病院の廊下をそっと盗み見る。腕の中には、桐野くんのパジャマ。一度、寮に帰ってアイロンをかけてきた。

 これを手渡して。ひとこと、あやまりたい。


 そうだ、ガンバレ私。まずは、あやまることから始めないと。


 私は桐野くんに面会拒否されていて、看護師さんたちもそれを承知しているから。人目につかないように行動しなくてはいけない。

 制服から私服に着替えてきたから、少しは目立たないかもしれないけど。


 それでも、ナースステーションに人影がなくなるまで慎重に待ち。

 人気のない廊下をドキドキしながら歩いた。

 桐野くんの病室まで、十メートル弱。見回りの看護師さんに見つけられたらアウトだ。


 桐野星太、と名札のかかげてある部屋に飛び込む。心臓はもう口から飛び出しそう。

 まずはノックをしなかったことをあやまろうと思って顔を上げると、そこには誰もいなかった。落ち着いて見れば、部屋の中も暗い。

 手探りでベッドを触ってみる。温かくはない。

 どこへ行ったんだろう。


 違う意味で胸がドキドキする。

 桐野くんのことだから、病院内で誰か友達を見つけたのかも。私のことなんて、もうこれっぽっちも必要としていないかもしれない。


 って、私ヒドイ。

 桐野くんに友達が出来るなら、それはいいことじゃないか。それなのに、こんな風に。置いて行かれたみたいな気分になるなんて、それこそ私は桐野くんの何なんだ、って話。

 友達かどうかすらもアヤシイのに。


 他の人と、桐野くんが笑って過ごしてると思うと。

 寂しくって仕方ない。

 

 待っていたのは、多分ほんの数分。

 それが、ものすごく長く感じられて。


 廊下をカツ、カツ、という音が近付いてきた。

 なんだろう、と思っているうちに。

 部屋の入口に、影が差す。


 私の心臓が、ドキリと音を立てる。


 松葉づえを両脇に挟んだシルエット。固い音を立て、不器用な足取りで、ベッドに近付いてくる。


 ドキドキする。


 その影は。近くまで来て、暗い中に立っている私に近付いて。

 驚いたように歩みを止めた。


「何してんの、お前」

 しばらくしてから、低い声が言った。


「あの、これ」

 私は立ち上がって、パジャマを差し出した。


 桐野くんは、それを見て唇を歪める。

 それから松葉づえをあやつって二、三歩進んで、ベッドの上にドスン、と腰を下ろした。


「それだけ?」

 ゆがめた唇で、冷たく言って。


「あ、あの」

 私は口ごもる。あんなに練習してきたのに、言葉が出て来ない。


「何。ちゃんと言いなよ」

 桐野くんの言葉には、思いやりや優しさがない。


 言葉に困って、黙っていると。

 彼の表情がいっそう、歪んだ。

「あ。もしかして、また僕にしてほしくなったの? 驚いたなあ、玄倉って意外とエッチなんだ」

 乾いた笑い声。こちらを見下した笑い方。


 カッと、頬が熱くなる。

 この部屋で、この病室で、彼とかわしたくちづけ。彼の指が私の躰をまさぐった感触が、ありありとよみがえる。


「そ、そういうんじゃなくて」

 私は早口に言った。

「ただ、あやまりたくて。昨日は、ゴメン」


 桐野くんの表情は変わらなかった。

「昨日、って? 何のことかな。分からないなあ」

 声はやっぱり、せせらわらうようで。


「そんなこと言ってないでさ、玄倉。僕に何かしてほしいことがあるなら、ひざまずいてお願いしなよ。そうすれば、僕だって考えてやらないことはないんだよ?」

 暗闇の中、私の方へ体を動かす気配。


「消灯時間の見回りが終われば、十二時まで誰も来ないしさ。玄倉は、僕の脚がこんなだから役立たず、って思ってるかもしれないけど、そうでもないんだよ? ほら、抱いて下さい、って頼んでみろよ」

 彼の顔は、廊下の明りが逆光になって、私からは良く見えない。

 見えないことが余計に、私の不安をかき立てる。


 その時、不意にひらめいた。

 そうか。こんなに不安なのは。


 一緒にいた時、どんなに笑っていても。どんなに体を寄せ合っていても。どんなに近く感じても。

 桐野くんは、自分の想いを口にしない。

 私は、桐野くんの想いに、少しも近付けていないから。


 だから、離れてしまったら桐野くんのことがちっとも分からなくなってしまった。

 本当に私たちが友だちだったかどうかすら、自信が持てなくなってしまった。


 みんながお見舞いに来ないのも、同じなのかもしれない。桐野くんに拒絶されてしまったら、自分が必要な人間なのか分からなくなってしまって。

 だから、近付くのが怖くなる。

 一歩が踏み出せなくなる。


 そんな時に、踏み出せるのは。

 私みたいな、バカだけなのかもしれない。


「桐野くん」

 私は、ひとつ息をついてから、言った。


「桐野くんは、私のこと抱きたいの?」

 言った。言ってしまった。


 顔がどうしようもなく赤くなる。ものすごく大胆なことを言ってしまった。

「桐野くんがそうしたいなら、私」

 うわ。何を言っている、私。


 桐野くんの表情が変わった。

 見下した、嗤うような歪んだ表情から。純粋な怒りの表情に。


「何ソレ。何言ってるの玄倉」

 怒りを押さえつけているような低い声。

「そんなこと、僕が思うわけないだろ。こっちはケガで入院してるんだよ。お前、何様。自分のこと、よっぽどセクシーか何かと思ってる? バーーカ、お前なんか大したことないよ」


 恥ずかしい。そうですよね。分かってるけど。だったら。


「ちょっとこっちが下手に出たらつけあがってさ。ホント、腹立つよね」

 松葉づえを突いて、立ち上がる桐野くん。暗がりの中にぼんやり立っている私の前に、立つ。

「ふざけるな。バカ」

 右手が松葉づえを離れて、振り上げられる。シュッと、風を切る音。


 あ。


 思わず、よけてしまった。くせで、つい。

 よけない方が良かったかな。松葉づえ一本にすがっていた桐野くんの体は、バランスを失って大きく揺らぐ。右手側の松葉づえが倒れて、床にぶつかって大きな音を立てる。


 私は。倒れそうになった桐野くんの体を支えて。

 まるで、抱き合っているかのように。

 重い。男の子の体って、重いんだ。

 

 頭半分背の高い、桐野くんの息遣いが耳元にかかる。

 私の両腕は桐野くんの体を抱いて。

 桐野くんは、体重の半分を一本だけになった松葉づえで何とか支えて。


 耳元で、奥歯をかみしめる音。

「離せよ」

 悔しげに言う桐野くん。

「離せよ、クソ力女……!」


 私は、どうしたらいいのか考えながら。桐野くんの体重を支えながら、少しずつ少しずつ、ベッドの方へ進んでいき。

 やがて、桐野くんは私の手を離れて、ペタン、とベッドに座り込んだ。

 私は床に落ちた松葉づえを拾い上げ、渡した。


 桐野くんは黙っている。すごく悔しそう。

 

 ああ、そうだよね。

 あんな風に、バスケットコートを風のように駆け回って、跳んでいた桐野くん。

 それが、片脚を骨折してしまって。

 焦らないわけないんだ。不安じゃないわけ、ないんだ。


 桐野くんがそのことに少しも触れないから。

 命が助かって良かったなんて笑ってるから。


 私はそのことに思い至らなかった。

 我慢強い人だなんて、誤解していた。

 なんて、無神経だったんだろう。


 ただ、強がってただけだなんて思いもしないで。


「松葉づえで、動けるようになったんだね。良かったね」

 と、私は言った。答えは返って来ない。


「今日も、この前のことも、いろいろゴメン。また、明日くるから」

 私は、もう一度言った。

 暗闇に沈む表情は見えない。


 初めて、彼に一歩近づけた気がする今夜、それは痛く苦くて。

 私の体温で彼を温められるなら、温めてあげたかったけど。


 それは、きっと違うから。

 それじゃ、きっと届かないから。


 夜の中に彼を残して、私はその部屋を後にした。


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